入党のために性上納、生理用品すら配給されない…128万人を有する北朝鮮軍で横行する“女性兵士”への“凄惨な人権侵害”(文春オンライン)
〈「腹痛にはアヘン、風邪には覚醒剤」…住民の7割が“薬物経験者”? 北朝鮮で違法ドラッグが万能薬になった“絶望的な理由”〉 から続く 【写真】この記事の写真を見る(2枚) 北朝鮮が誇る、総兵力128万人の朝鮮人民軍。しかし、その内実は核開発の犠牲となった「飢えた労働力」に過ぎない。月給はタバコ1箱程度。副食は「塩漬け大根」のみで、栄養失調や餓死が頻発。さらに軍規の乱れは深刻で、出世を餌にした賄賂や、女性兵士の「性上納」までもが横行しているという。 いったいどれほどまでの惨状なのか。国際政治に詳しい牧野愛博氏の著書 『金正恩 崖っぷちの独裁』 (文春新書)の一部を抜粋。北朝鮮の人権問題に取り組む韓国の研究者、李基チャン氏の証言をもとに紹介する。 ◆◆◆
軍に所属している間、ILO(国際労働機関)条約が禁じる強制労働が日常的に起きている。 李は「全ての軍事基地や関連施設を建設するほか、農村支援や一般建設作業などにも駆り出される」と語る。韓国の北朝鮮研究者によれば、北朝鮮では冬季などの農閑期に軍事演習を集中的に行い、農繁期になれば田植えや農作物の収穫作業に駆り出される。最近では、金正恩が主導する、元山葛麻海岸観光地区のホテル群や平壌総合病院などの建設、24年に発生した水害の復興作業などにも投入されている。死亡事故の原因で「作業中の事故」が一番多いのもこのためだ。
食料不足も慢性的に発生している。 調査結果によれば、主食は白米かトウモロコシだが、毎年、秋の収穫期前の7〜9月になると、主食から米が消え、トウモロコシや麦に頼るケースが増える。さらに、副食では安定供給されているのは大根だけだという。李によれば、長期間、北朝鮮軍に勤務した兵士たちの合言葉は「塩漬け大根を食べたか」だという。栄養失調が原因で病気にかかる事例が相次ぎ、ひどい場合は死んでしまうケースもある。兵士たちは飢餓から逃れるため、実家から仕送りしてもらう場合もあるが、民家への窃盗事件も頻発している。実家に仕送りなどを求める手紙は自由に書けるというが、いつ届くかはわからない。回答者らの話を総合すると、早くて1〜2カ月、普通で3カ月、長いと1年もかかり、途中で紛失するケースもある。 北朝鮮では、こうした食料難を解決するため、軍事基地や軍人が動員された建設現場などの周辺に住む市民に食料の供出を強要するケースも頻発している。 不足しているのは食料だけではない。軍服と軍靴は夏季用と冬季用がそれぞれあるが、一番恵まれている部隊でも、1種類あたり年2回程度の支給にとどまっている。 女性の生理用品の不足も深刻だという。備品不足を補うため、部隊内での窃盗も相次いでいる。 月給は兵士がタバコ1箱程度、将校でも米1キロに満たない程度しか支給されず、誰も関心を示さないほどだという。 別の北朝鮮軍服務経験者によれば、不足する備品や食料を補うため、軍需物資の横流しも頻発している。横流しの燃料を買い取る専門業者も存在する。検査を逃れるため、普段は燃料タンクに水を入れて量を偽装することまでするという。
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こうした劣悪な環境から、自然と軍紀は緩み、殴打など軍隊内の暴力行為が頻発する悪循環に陥っている。誰もが少しでも良い環境の部隊への配属を求め、「事業」と呼ばれる賄賂と人脈を使った裏工作を行う。上官たちは強い立場を利用して私腹を肥やすほか、男性将校による女性兵士への性暴力が多発している。妊娠や堕胎などで問題が発覚するという。 そんななか、兵士たちへの最大の恩恵が、朝鮮労働党への入党だった。党員になれば、除隊後に待遇の良い職場に配属される可能性が高まるからだ。だが、李は「最近では入党条件が厳しくなり、不満が増えている。入党するために、賄賂や性上納も発生している」と語る。李は「北朝鮮軍は128万人もいる。国の規模からすれば、米軍の約130万人と比べても異常に多い数字だ。非合理的で無理な部隊運営が、こうした深刻な人権侵害を生んでいる」と説明する。同時に「北朝鮮軍は北朝鮮体制の核心だ。北朝鮮軍の人権問題を提起すれば、北朝鮮は体制への脅威だと受け止める可能性が高い」とする。 軍人たちが苦しんでいるのは、核開発の代償として国際社会による制裁が科せられ、経済発展が停滞したという事情にもよる。国際社会から孤立し、経済が発展しないため、軍人たちを「ただの労働力」として安易に利用した結果とも言える。
牧野 愛博/文春新書