もう、他人と比べなくていい。比較癖を手放すために知っておきたい脳の仕組み

社会のなかで生きている以上、他人を見て「うらやましい」「悔しい」といった感情をもつことは避けられません。そういった感情が「自分も頑張ろう!」という推進力になってくれれば好ましいですが、逆に大きな精神的ダメージを負ってしまえば問題です。そこで、『幸せを手にできる脳の最適解 ウェルビーイングを実現するレッスン』(KADOKAWA)を上梓した、東北大学准教授で脳科学者の細田千尋先生が、過度な比較癖を手放すための方法を、脳科学的見地から解説してくれました。

構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/塚原孝顕(インタビューカットのみ)

【プロフィール】細田千尋(ほそだ・ちひろ)医学博士・認知神経科学者・脳科学者。東北大学加齢医学研究所および、東北大学大学院情報科学研究科准教授。東京医科歯科大学大学院医歯学総合博士課程修了。国立精神・神経医療研究センター流動研究員、(株)国際電気通信基礎技術研究所(ATR)専任研究員、東京大学大学院総合文化研究科特任研究員、JSTさきがけ専任研究員などを経て、現職。仙台市教育局「学習意欲」の科学的研究に関するプロジェクト委員会委員、日本ヒト脳マッピング学会委員などを務める。著書に『脳科学が教える 一瞬で心をつかむ技術』(PHP研究所)、『幸せを手にできる脳の最適解 ウェルビーイングを実現するレッスン』(KADOKAWA)がある。

脳の構造が自分と他人を比較させる

ビジネスパーソンに限った話ではありませんが、特に多くの他人と関わりながら仕事をする社会人の場合には、「自分よりも成果が出ていないのに、あの人のほうが評価されている」というように、「他人と比較」することで精神的なダメージを負ってしまうケースがよく見られます。

このことに関係するのは「ドーパミン」という神経伝達物質です。「ドーパミン報酬系」という神経ネットワークは、目標を達成したり好結果が得られたりしたときに活性化され、私たちは快楽を得ます。それも、自分で立てた目標に対して自分が予測していたよりもうまくいったという、「予測誤差」が起きたときにより強く活性化される特性をもっています(『【脳科学で解明】「頑張っているのに報われない」と感じる人に足りない、あの“幸せホルモン”』参照)。

ところが、この社会に存在するのは自分だけではありません。いくら自分なりに頑張ったとしても、「あの人よりも自分は優れている」という、他人に対する相対的な優位性がない限り、ドーパミンがそれほど分泌されないという厄介な特性も有しているのです。

しかも、他人と比較する傾向が強い人は、職業や学歴、収入、居住地域といった社会的地位が近いグループに属する他人と自分を比較します。そのため、たとえなんらかの成功によってAというグループからBというグループに行ったとしても、またその瞬間からBグループのなかで他人と自分を比較し始めます。要するに、永遠に終わらない比較のループに自分を追い込んでしまうのです。

比較癖が強い人ほど自己肯定感が低い

他人との比較癖を手放し、その苦しいループから抜け出すにはどうすればいいでしょうか。キーワードとなるのは、いわゆる「自己肯定感」です。他人と比較しがちな人ほど、自己肯定感が低い傾向があることは想像できるのではないでしょうか。

自己肯定感が低い人は、自分で自分を評価できません。自分を評価するために、自分以外の誰かからの承認が必要になるのです。そのため、「他者承認」が足りなければ、強い不安を抱くことになります。本来は自分を評価するために他者承認を求めたにもかかわらず、結果的には他人と自分を比較するなかで「なぜあの人ばかり評価されるのか……」といった苦しさを感じてしまうのです。

そもそもの話になりますが、比較癖を手放すためということ以前に、自己肯定感は私たちにとってとても大切なものです。なぜなら、自己価値を感じられるかどうかは、あらゆる意思決定に大きな影響を及ぼすからです。

自己価値を高く感じられれば、「きっと自分にはできる!」と積極的なチャレンジを選択し、目標達成への意欲も高まります。一方、自己価値が低ければ消極的な選択をしがちで、「どうせ自分にはできない」とチャレンジを避ける傾向があります。つまり、自己肯定感の高低により、能力や才能は同じような人であっても、その人生には大きな違いが生まれるのです。

その自己肯定感を育てるには、客観的な視点が欠かせません。誰かと比較することなく、客観的に見て「自分にはこういうことができた」という成功体験を積み上げていくことで自己肯定感は高まっていくことを忘れないでほしいと思います。

比較対象の情報から「注意を外す」

もう少し脳科学的な視点からも、他人との比較癖を手放すためのアドバイスをしておきましょう。脳の仕組みから見た場合、他人と自分を比較してひどく落ち込んでしまうような強いストレスを感じているときには、脳の「扁桃体」という部分が活性化しています。

扁桃体は、不安や恐怖などの感情を認識し、それらに対応する役割を担っていますが、その活動が過度になると些細なことでも強い不安や恐怖を感じやすくなり、場合によっては不安障害やパニック障害などの原因にもなりえます。

そのように扁桃体が過度に活性化すると、思考や言語、感情制御、冷静な判断といった高次な認知機能を司る「前頭葉」の活動が落ちてきます。そのため、不安や恐怖といった感情をコントロールできなくなり、冷静に客観的に自分を見て評価することがますます難しくなってしまうのです。

そのような状況に陥らないためのポイントは、「注意を外す」ことに尽きます。比較対象に注意を向けるからこそ比較してしまうのですから、周囲からの誰かの評価といった比較対象の情報はインプットしないというように、注意を外せばいいだけの話なのです。

「それは難しい」と思った人もいるかもしれません。でも、ダイエットや禁酒をするときに、好きなお菓子やお酒を家に置かないようにしたといった経験は多くの人にあるはずです。それと同じことをすればいいだけだと考え、取り組んでいきましょう。

【細田千尋先生 ほかのインタビュー記事はこちら】【脳科学で解明】「頑張っているのに報われない」と感じる人に足りない、あの“幸せホルモン”【心理テクニックで解決】「無自覚ハラスメント」をしてしまう人の脳科学的特徴(※近日公開)

【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)

1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。

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