水素は失敗すると分かっているのに…
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昨年11月のニュースだが、関西電力が丸紅などと豪州で計画していた水素製造事業から撤退するとの報が流れた。プラントや収支計画などの基本設計を詰める中で、製造コストが想定以上に高く、採算に合わないと判断したという。
その前の10月にも、豪州では国を挙げて推進する水素事業の停滞が鮮明になっているとの報道があった。豪州最大の電力会社オリジン・エナジーは事業停止を決め、エネルギー最大大手ウッドサイド・エナジー・グループも一部で事業を断念した。これもまた製造費が高く、採算が見込めていない。豪州は水素産業の振興目標を変えていないが、視界不良は続いているとされる。
欧州でも、デンマークとドイツを結ぶ水素パイプラインの計画が数年延期された。当初、建設は2028年に完了する予定であったが、新たな目標時期は2031年になった。またドイツのエネルギー会社ユニバーは、スウェーデン北部で持続可能な航空燃料を製造する200MW規模の水素プロジェクトの計画を中止した。同じドイツで、総額9500万ユーロの投資が計画された野心的な「ツェルプスト発グリーン水素プロジェクト」が挫折している。これらを報じる表題が「ドミノ倒しのように倒れる水素プロジェクト」となっているのが印象的だ。
これらは豪州・欧州いずれも、水力・風力・太陽光などの再エネ電力から水素を製造する、いわゆる「グリーン水素」事業の試みであるが、一様に挫折の憂き目に遭っている。
水素先進国ドイツの現実と課題
さらには、ドイツの水素充填ステーションで起きた爆発事故も、ドイツ全土に波紋を広げている。ドイツでは全国82ヶ所の水素ステーション中、36ヶ所が限定的な営業しかしておらず、燃料電池車の走行に影響を与えているとされる。
つい最近も「水素移行:ドイツは高価な大失敗に直面している」との記事が出た。7つの研究機関による最近の調査によると、ドイツの産業界における水素への転換は、他国に比べてかなり高価になる可能性があるとされる。つまり、産業界で水素利用を進めると、製造原価がかなり高くつく見込みになると。これはある意味当然である。安い石炭や天然ガスの代わりに高い水素を使うのだから、不利に決まっている。
水素先進国ドイツでは、上記のように様々な水素計画を実行に移そうとして非常に真面目に努力したが、多くは報われず、現場では爆発事故さえも起きて種々の困難に直面しているのが現状だ。
私の考えでは、ドイツはこれから水素計画を根本的に見直すことになると予想する。過去の技術開発の例を見ても、ドイツは石炭液化や高速増殖炉などの開発にいち早く取り組んで一時は最先端に立ったが、技術的・経済的な見込みが立たないとなると見切るのが早く、さっさと撤退しているからだ。何につけ、一度決めるといつまでもしがみついて離さない日本とは対照的である。
その日本では、東京都と東京商品取引所が、昨12月23日に再エネ電力で製造されるグリーン水素のトライアル取引の入札結果を公表している。供給側は300円/m3で落札、一方利用側の価格は89円または230円/m3で、その差額は都が支援して解消すると言う。つまり、税金で高い水素を買い支えると言うわけだ。
この種の試みは、どれもこれも先進国ドイツで失敗に終わっていると言う教訓を全然活かせていないし、なぜ税金をつかってまで高い水素を支援するのか、何の説明もない。
グリーン水素が抱える根本的な問題
私は以前から何度も指摘しているのだが、再エネ電力から水素を作る「グリーン水素」には、本質的な欠陥がある。元々二次エネルギーである電力を使って水素を製造することそれ自体だ。
再エネで作った電力を、そのまま使うのが最も効率的であることは、子供でも分かる。しかも、水素はそのままでは使えず、燃やして熱にするか、燃料電池で発電して電力にしないと使えない。つまり、電力と違って水素は純粋な二次エネルギーとも言えない存在なのだ。当然、その変換過程でエネルギーは目減りし、その分コストは高くなる。電力による水素製造という本質的な矛盾がそこにあり、技術開発などでは解決出来ない性質の問題だ。
水素は燃やしてもCO2が出ないともて囃されるが、それならば電力の方がずっと優れている。使ってもCO2はもちろん水さえも出ない。電線1本で輸送でき、そのままで各種機器を動かせる。
グリーン水素の「言い訳」として、貯蔵が効く点が挙げられるが、それならば他の蓄電方法と比較してコスト的またはエネルギー的に有利であることを実証すべきだが、そうした例にはお目にかかっていない。
概算だが、電力→水素→電力の変換効率は、実用レベルで約6割(燃料電池使用の場合)なので、2段階経ると約36%に落ちる。水素を燃やして発電したら、その効率は40%台なので総計20%台に下がる。水素を途中で圧縮などすると、もっとエネルギーは減る。
これに比して、揚水発電では効率がほぼ70%である。貯水用のダムが必要だが、大規模な燃料電池発電所よりは建設・運転が楽なはずだ。そもそも、大規模な燃料電池発電所などというものは、今の所、構想さえもない。その昔、サンシャイン計画の頃に一時検討されたが、見込みが立たず断念するしかなかった。要するに、グリーン水素の言い訳に「電力貯蔵可能」を挙げても、所詮は無理筋なのだ。
電力貯蔵手段として使えないとなると、グリーン水素は、従って、日本国内では使い途が殆ど無いことになる。水素を経由するよりも、その前に再エネ電力を直接使えば良いからだ。日本国内ならば、水素をパイプライン輸送するなどよりも、電力を電線で輸送する方が断然楽である。
グリーン水素が使えるとすれば、それは豪州その他の遠隔地で水素を作り、長距離電力輸送が出来ないので水素またはアンモニア等の化学物質に変換して運ぶケースだけである。それが、冒頭に挙げた豪州での水素プロジェクトで、これが挫折するとすれば、日本ではグリーン水素の生きる道はどこにもないはずだ。東京都と東商取は、何を考えてこんな落札をしたのであろうか?
世界の水素の潮流は、天然ガス等の改質で得られる「グレー」または「ブルー」系の水素に見切りをつけ、再エネ電力に頼る「グリーン」系にシフトしつつある。化石燃料から水素を作ると、その際に必ずCO2が発生するので、CCS(炭素固定・埋立)などを併用しなければならず、エネルギー的にもコスト的にも不利になるからである。
世界で実際に供給されている水素の大部分は化石燃料由来だが、それらは元々エネルギー供給のためではなく、アンモニアその他の化学物質製造の原料を得るために作られていた。化石燃料を使うのなら、それを直接使うのがもちろん最も効率的であり、わざわざエネルギーをロスして水素を作る意味は元々ないのである。
しかしもう一つの道であるグリーン水素にも上記の困難がある。日本では御用マスコミが相も変わらず脳天気なグリーン水素礼賛記事を載せているが、水素先進国の欧州・ドイツや豪州の現状を見るならば、現実は非常に厳しいことを認識しなければならないはずだ。
その一方で、例えばアジアのシンガポールでは「水素燃料に対応する複合火力発電所」を建設する計画が発表されている。初期段階の発電の30%以上に水素燃料を使用し、将来的にはすべての発電を水素で行うことが可能になると。
シンガポール最大の「水素発電所」計画が始動、総工費1160億円規模
しかしこの記事には、その水素燃料なるものが、どこからどんなルートで入手できるのか全く書かれていない。その水素を化石燃料から得るのなら、それを直接火力発電に用いるのが断然効率的だし、グリーン水素だと、再エネ電力→水素→火力発電で電力と言うただ愚かしいループになるだけだ。シンガポールのような島で、こんな計画が出されること自体が不思議である。
光触媒による新しい水素製造への期待と課題
別の水素製造ルートとしては、水を光触媒により太陽光で分解して水素を得る方法がある。特に最近、光触媒方式で水を分解して水素を得る方式が注目を集めている。いわゆる、人工光合成の第一段階に相当する、水から水素を得るプロセスだ。
従来は効率が低くて実用性がないと見なされていたが、最近は技術開発が進んできている。私はこの方式が注目に値すると思う一方で、エネルギー供給にどの程度寄与できるかに関しては疑問を抱いている。
まずは、太陽光からどの程度の効率で水素が得られるのか、という点がある。なぜなら、水素は上記のように、燃やすか電力変換しないとエネルギーに使えないので、太陽光からエネルギーを得るならば、太陽光パネルで直接電力を得る場合と競合できなければならないからだ。
今の太陽電池は効率15%程度は達成している。燃料電池で水素から発電する効率は約60%程度なので、その分の目減りを考えると、太陽光から水素を15/0.6=25%程度の効率で得なければならない。現在の効率は1%行くかどうかの程度なので、これはかなり壁が高い。
また設備コストを考えても、光分解装置自体は太陽電池より安く作れるとしても、燃料電池で発電するとなれば、トータルの設備コストで有利になる保証はない。これを火力発電に使うようでは、効率が40%程度に落ちるので、光分解の効率を38%近くまで上げないと競合できない。
それでも、水から光分解で水素を安く得られるなら、意義は大きいと私は思う。水素は貴重な化学物質なので、これを化石燃料由来でなく入手できることには意味があるからだ。水素は二次エネルギー(=エネルギー媒体)として使うことには種々の難があるけれども、現代化学工業の中では重要なカギ物質の一つであるから。
以上をまとめよう。水素を二次エネルギー(=エネルギー媒体)として使うことには、エネルギー収支的にも経済的にも困難が大きい。現在の水素の二大供給方法である、化石燃料系統と再エネ電力による電気分解のいずれにおいても、である。
故に、現在国策として進められている水素政策は、すべて速やかに廃棄すべきである。国家予算の無駄遣いであるのだから。経産省はじめ中央官庁は自らの誤りを決して認めないとの「伝統」があるようだが、そんな伝統はすぐに捨て去るのが良い。論語にも、間違えたらさっさと改めなさいとあるではないか。
片や、第三の道である水を太陽光分解して得られる水素は、エネルギー源とするには太陽光発電との競争に勝たないといけないので前途は厳しいが、化学原料としての用途があるので技術開発を進めるのが良い。