戦争がもたらす「環境破壊」というコスト…ガザでもウクライナでも、想像を超えたその「深刻度」(ニューズウィーク日本版)
戦争は破壊を伴うものだ。なかでも環境破壊は、南北戦争で北軍が展開した焦土作戦から、ベトナム戦争で米軍がジャングルや畑を焼き払った作戦まで、重要な戦術の1つとされてきた。そしてその影響は、戦後も長く続いた。 【動画】チェルノブイリの立入禁止地区で目撃された「青く変色した犬」 生態系の破壊も広範かつ長期に及び、その影響は社会や経済に及ぶ可能性があると専門家は指摘する。 「戦争は、一般に考えられているよりも、はるかに複雑な環境破壊をもたらす」と、米カリフォルニア大学マーセド校の土壌学者であるアスメレット・ベルヘ教授は語る。 「爆撃で土壌の構造が破壊されることもあれば、戦車などの重機に踏み付けられて土壌が圧縮されることもある。爆弾や不発弾によって土壌が化学的に汚染される場合もある。時の経過とともに、地中の残留物から重金属やトリニトロトルエン(TNT)などの有毒物が溶け出すのだ」 米ブラウン大学の「戦争のコスト」プロジェクト共同創設者で、英セントアンドルーズ大学のネタ・クロフォード教授によると、1970年代末に採択された環境改変技術敵対的使用禁止条約やジュネーブ諸条約および追加議定書など、戦時の自然保護に関する国際ルールは確かに存在する。しかし現代の紛争は、こうしたルールの限界を試しているかのようだ。 例えば、ジュネーブ諸条約および追加議定書は、市民生活に不可欠なインフラの攻撃を禁じている。「井戸に毒を入れてはいけないし、ダムを破壊してはいけない。全て違法だ」と、クロフォードは語る。 「それでも、こうした攻撃は起きている。ロシアはウクライナのカホフカ・ダムを破壊して、農地を含む広大な土地を浸水させた。現在だけでなく、次の戦争に向けて、敵を弱体化させるためだ」 2023年10月に始まったガザ戦争も、深刻な環境破壊をもたらしてきた。国連環境計画(UNEP)が25年に衛星画像などを調べたところ、同年9月までにパレスチナ自治区ガザの建造物の約78%が損壊し、6100万トン超の瓦礫が生じた。その多くは、アスベストや重金属、不発弾を含んでいる可能性がある。 水道やトイレなどの衛生設備も破壊され、樹木作物の97%、灌木地の95%、1年生作物の82%が失われた。このため、ガザにおける食料生産は事実上ストップした。 UNEPは早くも22年に、ウクライナ戦争がもたらした環境破壊についての予備調査を実施している。それによると産業、エネルギー、下水処理のインフラがダメージを受けたほか、石油火災や砲撃、そして戦争瓦礫による環境汚染のリスクが高まっている。森林、農地、自然保護区への影響も確認された。その後の調査報告書は、こうした自然破壊の多くが長期的な影響を及ぼすか、取り返しがつかないと断じている。 紛争環境監視団(CEOBS)は、衛星画像やオープンソース情報、提携機関からの現地報告に基づき、戦争が生態系やインフラに与える影響をモニタリングする団体だ。彼らの調査によると、ウクライナにおける環境被害は深化している。 「戦争が環境に与える影響は、それぞれ異なる」と、CEOBSのディレクターであるダグ・ウィアーは語る。 「ガザの場合、焦土作戦の被害に近い深刻なダメージが生じている。市街地や自然環境だけでなく、農地や果樹園や水道など、日常生活を送る上で欠かせない基盤も破壊された。ウクライナの場合、広大な地域に被害が出ている。産業やエネルギー施設の破損と、数百キロに及ぶ前線から破壊が少しずつ広がっているのが特徴だ」 イラン戦争でも、同レベルの被害が生じるのか。ウィアーは「実態が明らかになるには時間がかかる」と前置きした上で、「この戦争で、環境被害に対処するイランの能力は大きく損なわれるだろう」と語った。 カリフォルニア大学のベルヘによると、戦争がもたらす土壌被害には、立ち入り不能、生物多様性の喪失、微地形(地表の起伏や傾斜)の破壊、化学汚染、農業生産性の喪失の5種類がある。とりわけ彼女が注目するのは地雷による環境破壊だ。それは「よく指摘される人道上の影響をはるかに超える」と言う。 「地雷は土壌の構造を不安定化し、表土や草木を吹き飛ばし、浸食しやすくする。それはいずれも農業生産性の低下につながる。弾薬が腐食するにつれ、汚染物質が数十年残留する恐れがある。不発弾も、土壌中に存在するだけで害を及ぼす。地雷が埋まっているという不安から、農業や水の確保のために必要な土地に人々が立ち入れなくなる」 ベルヘによれば世界全体では、地雷があるために立ち入れないか劣化した土地は90万平方キロを超える。 都市は再建できるかもしれないが、土壌を元に戻すのは容易ではない。「土壌の回復や新しい土壌の形成には、とてつもなく長い時間がかかる」と、ベルへは言う。「表土が2.5センチ形成されるのにも1000年かかる」 彼女はこうした問題を、アンゴラやアフガニスタン、旧ユーゴスラビア、イラクなどで研究してきた。「どこでも同じパターンが見られる。土壌の構造が不安定になり、家畜が死に、農業生産性が低下し、貧困と栄養不良が悪化する」 国連の有害物質と人権に関する特別報告者マルコス・A・オレヤナは、戦争で破壊された建物から放出される物質にも注意を喚起する。 「例えば、病院には有害な医療物資や廃棄物がある。インフラが損壊した際に、建設時に混入した有害物質が放出される場合もある。ウクライナやガザでの戦争では、後者の明らかな例が見られる。破壊された建物から大量のアスベストが環境中に放出されている」