スマートフォンは人間にとっての「寄生虫」なのか?
現代人にとってスマートフォンはなくてはならない存在ですが、オーストラリア国立大学の科学哲学センター所長であるレイチェル・ブラウン准教授らは、「スマートフォンは人間にとって寄生虫のようなものだ」と主張しています。なぜスマートフォンを寄生虫と見なすことができるのか、スマートフォンを寄生虫として捉えることで何が見えてくるのかについて、ブラウン氏らが解説しました。
Smartphones: Parts of Our Minds? Or Parasites?: Australasian Journal of Philosophy: Vol 0, No 0 - Get Access
https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/00048402.2025.2504070Your smartphone is a parasite, according to evolution https://theconversation.com/your-smartphone-is-a-parasite-according-to-evolution-256795
寄生虫といえば人間の頭皮に住み着いて吸血するアタマジラミや、人間の消化管内に生息するサナダムシといったものを想像する人が多いはず。しかしブラウン氏らは、「現代最大の寄生虫は吸血する無脊椎動物ではありません。それは滑らかでガラス張りの外観を持ち、そのデザインから中毒性を備えています。その宿主は、地球上でWi-Fiを利用できるすべての人間です」と述べ、スマートフォンこそが現代最大の寄生虫だと主張しています。
そもそも進化生物学者らは寄生虫(寄生生物)について、「別の種(宿主)との密接な関係から利益を得ている一方、そのコストを宿主が負担している種」と定義しています。たとえばアタマジラミは生存のすべてを人間に依存している種で、人間の血だけを吸って生きています。アタマジラミが宿主の人間から離れると、偶然別の人間の頭皮にたどり着かない限り、すぐに死んでしまうとのこと。この関係性にもかかわらず、アタマジラミは血と引き換えに人間へ強いかゆみを与えるだけで、何の利益ももたらしません。これに対しスマートフォンは、街中の移動から他人との連絡、リマインダー、日々の健康管理までさまざまな便利機能を提供してくれます。これだけ見ると人間にも多くの利益があると思えますが、その一方で多くの人々がスマートフォンにとらわれ、画面を延々とスクロールし続ける「奴隷」のようになっています。 ブラウン氏らは、「スマートフォンは無害なツールとはほど遠く、テクノロジー企業や広告主の利益のために私たちの時間、注意力、個人情報に寄生しています」「スマートフォンユーザーは睡眠不足やオフラインでの人間関係の悪化、気分障害といった代償を支払っています」と指摘しています。
密接に関係しているすべての種が寄生関係にあるというわけではなく、動物の体表や体内に生息している多くの生物は有益です。たとえば、動物の消化管に生息している細菌は宿主の腸内でのみ生存・繁殖することができ、腸内を通過するさまざまな栄養素を摂取しています。しかし、これらの細菌は宿主に対して「免疫力の向上」や「消化の促進」など、さまざまな恩恵をもたらします。こうした相互に利益を与え合う関係は、寄生ではなく「相利共生」と呼ばれます。 人間とスマートフォンの関係も、最初は相利共生から始まりました。スマートフォンは人間同士が外出中に連絡を取り合ったり、地図を調べて目的地までの経路を調べたり、役に立つ情報を調べたりするのに役立つことが証明されてきました。哲学者らはこうした関係を相利共生という観点ではなく、ノートや地図、その他のツールと同様に「スマートフォンは人間の精神を拡張するもの」として語ってきました。
しかしブラウン氏らは、スマートフォンと人間の関係は無害な相利共生から、寄生的なものへと進化してしまったと主張しています。こうした変化は決して珍しいものではなく、相利共生関係にあるものが寄生関係に変化したり、その逆の変化が起きたりすることは自然界にも存在するとのこと。
スマートフォンが現代人にとって必要不可欠なものとなったため、スマートフォンが提供する最も人気のあるアプリのいくつかは、人間のユーザーよりも「アプリ開発会社とその広告主」の利益を忠実に追い求めるようになったとブラウン氏らは指摘。これらのアプリは、スマートフォンの画面をスクロールし続け、広告をタップし続け、怒りを絶えずくすぶらせ続けるように人々の行動を促しているとのこと。人々がスマートフォンを使うことで収集される趣味や好み、目標などに関する個人的なデータは、さらに人々からの搾取を強化するために利用されています。 ブラウン氏らはこうした問題を考えるため、スマートフォンとユーザーの関係を「寄生虫と宿主」のようなものだと捉えることが役立つかもしれないと主張しています。スマートフォンを「寄生」という進化論的なレンズを通して見ることで、この関係がどこに向かうのか、そしてスマートフォンの寄生を阻止するために何ができるのかを考えられるとのこと。
たとえばオーストラリアのサンゴ礁地帯であるグレートバリアリーフでは、ホンソメワケベラなどの掃除魚と呼ばれる魚が、より大きな魚の死んだ皮膚組織や寄生虫を食べることが知られています。 この際、掃除魚に掃除されている側の魚は体が流されないようにじっとして、掃除を邪魔しないようにしています。掃除魚による掃除は、大きな魚には自分にとって不要な寄生虫を取り除いてもらえるというメリットが、掃除魚にはエサがもらえるというメリットがあるため、典型的な相利共生関係です。 しかし、時には掃除魚が「ズル」をして宿主にかみついてしまうことがあり、これは関係性を相利共生から寄生へと崩す行為です。そうすると、掃除される側の魚が掃除魚を追い払ったり、今後の掃除を拒否したりすることで罰するとのこと。こうした動きは、サンゴ礁に生息する魚が相利共生のバランスを保つ上で重要な「監視」を行っていることを示唆しています。
by Doug Finney 掃除魚の例からわかるように、相利共生関係を保つ上では「搾取が起こった時にそれを検出する能力」と、「寄生者へのサービスを中止するなどして対応する能力」が必要です。相利共生関係から寄生関係へと傾いてしまったスマートフォンと人間の関係も、搾取の検出と対応がうまくいけば、再び人間にとって有益な関係に戻せる可能性があるとのこと。 もちろん、スマートフォンによる搾取を検出することは簡単ではありません。ユーザーをスマートフォンに依存させるための機能やアルゴリズムを開発するテクノロジー企業は、ユーザーに自分たちの搾取を気付かせたがらないためです。 また、現代人は日々のささいな作業ですらスマートフォンに頼るようになっており、「スマートフォンを長時間触れない場所に放置する」といった対策が取りにくくなっています。企業や政府もさまざまなサービス提供をモバイルアプリ経由で行うようになっており、銀行口座や政府サービスを利用するにもスマートフォンが必要という状態になっています。 ブラウン氏らは、個人の選択だけでユーザーとスマートフォンの関係を修復することは不可能だと考えています。人間とスマートフォンの関係を相利共生に引き戻すためには、政府主導の規制などを通じて、テクノロジー企業が合法的に行える搾取を制限することが必要だとのこと。 オーストラリアで2024年に成立した「16歳未満のSNS利用を禁止する法律」などは、テクノロジー企業の搾取を制限するための一歩だといえます。ブラウン氏らは、中毒性があるとされるアプリの機能や、個人データの収集・販売にも規制を設ける必要があると訴えました。
世界初の「16歳未満のSNS利用を禁止する法律」がオーストラリアで成立、X・TikTok・Instagramなどが対象でYouTubeは除外 - GIGAZINE