肥満症を取り巻く「自己責任」という偏見。医療や社会はどう向き合うべきか
リモートワークをはじめとしたワークライフの変化や高齢化などに伴い、社会全体の健康意識が向上している現代。
健康寿命を意識した啓蒙活動が広く行われているが、国内患者数が増加傾向にある「肥満症」については、理解が深まっているとは言い難い状況だ。
そうしたなか、日本イーライリリーと米国研究製薬工業協会(PhRMA)は7月中旬、「第8回ヘルスケア・イノベーションフォーラム」を東京都内で開催。健康障害と社会的スティグマを伴う肥満症の現状と課題について、登壇者がそれぞれの視点から語った。
日本では、肥満はBMI25以上と定義されている。国内で肥満に該当する人口は増加傾向にあり、2023年の時点で、20歳以上では男性の31.5%、女性の21.1%が肥満とされている(令和5年国民健康・栄養調査)。
日本における肥満の経済的影響は、直接的な医療費やアブセンティーズムコスト(従業員が病気や怪我などで会社を休むことによって生じる、企業にとっての損失)などを含め、2019年で7.6兆円に上り、2030年には11.1兆円まで増加すると推計されている(1ドル=150円計算)。
肥満症は、肥満であり、肥満に起因ないし関連する健康障害を合併するか、その合併が予測され、医学的に減量を必要とする疾患だ(日本肥満学会「肥満症診断ガイドライン2022」)。
日本イーライリリー代表取締役社長のシモーネ・トムセンさんは「2型糖尿病や心臓病などの根本的な原因にもなりうる肥満症は、世界的にも『疾患』と定義されており、病気である以上はしっかりと治療する必要があります」と、その重要性を説明した。
肥満対策と肥満症治療は国民皆保険制度の持続と健康寿命の観点から、今後、より重要な役割を果たすと考えられている。また、肥満や肥満症はさまざまな慢性疾患と関連するため、疾病予防・重症化予防の観点でも重要だ。「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太方針)にも、疾病予防や重症化予防の重要性が明記されており、そうした社会の動向は近年のイノベーションや治療方法のパラダイムシフトへとつながっているという。
治療の重要性が増している一方で、肥満症の課題には(1)肥満症への理解不足・スティグマ(偏見)が存在(2)治療を必要としている人が見過ごされている可能性(3)治療へのアクセスのしづらさ(4)治療を提供する体制構築が不十分という、主に4つの課題がある。
特にスティグマ(偏見)に関する課題は社会的要因を含むため複雑で、日本総合研究所「効果的な保健医療の実施に対する提言 -肥満症を対象とした考察-」では、肥満症の認知度は58.3%に留まったという。また、日本イーライリリーと田辺三菱製薬が2024年11月に実施した「肥満症患者、医師、一般生活者への意識調査」では、患者の87%が「肥満は本人の責任」だと考えていることが明らかとなった。こうしたスティグマは肥満症患者自身にも存在し(セルフ・スティグマ)、医療機関を受診する機会の損失やメンタルヘルスへの悪影響も懸念されている。
肥満は環境・生活習慣因子や遺伝的因子が複合的に絡むことで助長される。そのため肥満症の治療において、食事・運動・行動療法に加え、必要に応じて薬物療法が対象となる。
国際医療福祉大学学長の鈴木康裕さんは「過剰な内臓脂肪の蓄積によって発症する病気には、高血圧や糖尿病、高コレステロール血症など、日本人が病院に来る割合の大部分を占める病気が含まれています。医療費や介護費用、労働生産性の観点から見ても、肥満の人の増加や肥満症を取り巻く偏見は、個人の問題ではなく社会の問題と捉えるべきです」とコメントし、社会に警鐘を鳴らした。
虎の門病院院長の門脇孝さんは「安価で栄養が少ない食事や長い労働時間による休憩不足など、社会的、経済的に弱い立場にある人が不健康な生活習慣に偏りやすいことも大きな課題です」と話し、一口に「生活習慣」といっても、その内容には社会構造が大いに起因していると説明した。
続いて、治療を必要としている人が見過ごされている可能性については、主に肥満症とメタボリックシンドロームの関係について言及された。
メタボリックシンドロームは内臓脂肪の蓄積に加え、高血圧、高血糖、脂質異常症のうち2つ以上を併せ持つ状態を指す。診断には、腹囲が男性85cm以上、女性90cm以上であることが必須条件となる。また、特定の脂質異常症3つのうち2つ以上を満たす場合にメタボリックシンドロームと診断される。
メタボリックシンドロームと肥満症の診断基準はそれぞれ異なるため、メタボリックシンドロームと診断されていない場合でも肥満症に該当する場合があるという。
元財務事務次官の岡本薫明さんは「両者は異なる疾患ですが、連続した場所にあるという認識をいかに医療側が持っていくかが、見過ごし防止のために大切です」と話し、医療サイドにも正しい知識を広げていく必要性があると説明した。
治療へのアクセスのしづらさや、治療を提供する体制構築が十分に整っていないことに関しては、特に治療を専門的に行う施設が限られていることが課題となっている。
日本肥満学会の統計によれば、国内の認定肥満症専門病院は全国に79軒、肥満症専門医は233人、肥満症生活習慣改善指導者は93人で、いずれも治療が必要な肥満症患者の数に対して不足しているという。
イーライリリー・アンド・カンパニー エグゼクティブ・バイスプレジデントのパトリック・ジョンソンさんは「特に都市部から離れた場所に住む人にとって、肥満症治療へのアクセスは容易ではありません」と課題を指摘。また、肥満症患者の数に対して、近年登場した治療薬の対象が肥満症の定義に比べて狭く限定されていることや、保険償還の対象となる人数はさらに少ないことなども課題だという。
こうした課題解決に向けた手段の1つとして、鈴木さんは「健康的な行動や早期発見につながるような行動にインセンティブをつけるなどのアクションが求められています」と説明。また、「レントゲンや診察、注射、処方などの『行為』に対して支払いが生じる現在のシステムを問い直し、治療の結果に応じたアウトカムベースの支払いにすることで、患者の参加率も上がるのではないか」と提言した。
フォーラムの終盤では、門脇さんが糖尿病や肥満症の治療薬について一部では「痩せ薬」や「健康美容薬」として、もともと痩せている人など適応外の人に誤って使用されているケースがあることについて言及。「この薬を本当に求めている人に届けるべき、あるべき姿が歪んできてしまうので、これに関しては学会でもメッセージを発信し続けることが大切です」と話した。
フォーラムを振り返り、PhRMA日本代表のハンス・クレムさんは「国民健康制度の持続可能性が世界各国で課題となっている中で、製薬会社や医療従事者による健康課題への介入が求められています。肥満症に関しては、特に他の疾患と同じように扱うことが求められる大きな要素となってきます」と話し、同団体でも引き続き、肥満症への理解促進や課題解決を推し進めていくことを強調した。