量子コンピューターから量子暗号通信まで 脅威の計算能力と絶対安全な通信技術がもたらす未来図とは【今、学んでおきたい量子力学入門】
量子力学の誕生から100年、圧倒的な計算能力を持つ量子コンピューターの実用化が目の前に迫っている。前編「誕生から100年で『高市首相』も投資を明言 「常識を捨てないと理解できない」量子コンピューターは世界を変えるのか【今、学んでおきたい量子力学入門】」では、その量子コンピューターが社会や生活にもたらす恩恵について触れたが、その一方で懸念されているのが従来の暗号通信技術への影響だ。従来型のコンピューターで解読に数千年から数万年かかるといわれる暗号でも、量子コンピューターなら瞬時に解読できてしまう可能性があるという。そこで、20年以上にわたり「理論上、絶対に破られない」量子暗号通信技術の研究・開発に取り組んできた東芝グループ(※)に、量子時代の通信ネットワークのあり方について聞いてみた。【松本トリ/ライター】(前後編の後編) 【写真を見る】量子力学がもたらす未来とは
前編でも解説した通り、量子コンピューターは重ね合わせ状態の0と1(量子ビット)を基本単位として扱うことで、膨大な選択肢や組み合わせから最適な解を選び出す計算において驚異的なスピードを発揮できる可能性がある。その一例としてよく取り上げられるのが、量子コンピューターの計算手法「量子アルゴリズム」のなかでもっとも有名な「ショアのアルゴリズム」だ。ピーター・ショア博士(1959〜)によって1994年に発表されたもので、巨大な数の素因数分解を量子コンピューターを使って短時間で解くことができる方法として世界中の研究者に衝撃を与えた。 従来型のコンピューターは素因数分解が苦手だ。617桁の数を素因数分解するにはスーパーコンピューターでも10億年以上かかるといわれている。そのため、現代のネット通信などで使われている暗号技術には「RSA暗号」を筆頭に素因数分解の仕組みで安全性を担保するものが多い。だが、ショアのアルゴリズムの登場で、量子コンピューターがそうした暗号をたやすく解読してしまう可能性が示されたのである。 1990年代当時、量子コンピューターはまだコンセプト段階で、実機の登場には半世紀ほどかかるといわれていたため危機感は小さかったが、2000年代になってから研究開発が進み、2010年代には巨大IT企業も参入して開発競争が本格化していった。 東芝デジタルソリューションズ(株)ICTソリューション事業部 QKD事業推進室 シニアフェローの村井信哉さんによれば「現在、大企業からスタートアップまで多くの企業が量子コンピューターの研究開発に取り組んでおり、同時並行でさまざまな課題が解消されているので、これまでの想定以上のスピードで実用化に迫っている」という。 2016年には、ついにアメリカのNIST(National Institute of Standards and Technology/米国立標準技術研究所)が「RSAやDSA、ECDSAといった既存の公開鍵暗号は〝no longer secure〟(もはや安全ではない)」と断言、2030年までにより強度の高い暗号に移行することを推奨し、数年の検証を経て2024年、量子コンピューターを用いたサイバー攻撃に耐え得る「耐量子計算機暗号/PQC(Post-Quantum Cryptography)」を複数公開した。現在ではこの新たな耐量子計算機暗号の導入が世界各国で始まっているそうだ。