「ぶつかりおじさん」が急増ーなぜ中高年男性はわざと通行人にぶつかるのか(原田隆之)

 近年、駅構内や繁華街で意図的に通行人に体当たりをする「ぶつかりおじさん」が社会問題化しています。SNS上では「駅で見知らぬ中年男性にぶつかられた」「ライブ会場の帰りに突き飛ばされた」といった被害報告が相次ぎ、メディアも取り上げるようになりました。 FNNプライムオンラインの調査によれば、実際に「ぶつかられたことがある」と答えた人が14%、目撃経験のある人が6%にのぼり、被害は決して少なくないことが分かります(FNNプライムオンライン, 2024)。

 出没場所は駅の改札口、階段やエスカレーター付近、混雑するライブ会場など、人の流れが多く、犯行後に紛れ込みやすい空間に集中していることが報じられています。

 さらに、福岡では大学准教授が同様の手口を繰り返し逮捕された事件もあり、単発的な迷惑行為ではなく、常習的・反復的に行われる場合がある点も特徴的です。

犯罪心理学から見る心理メカニズム

 こうした行為は単なる「意地悪」「いたずら」では片づけられず、いくつかの病理的な心理メカニズムが関与していると考えられます。

(1)置き換え型攻撃

 職場や家庭で抑圧されたストレスや怒りが、弱者や無関係の通行人に転嫁されることがあります。Marcus-Newhall ら (2000)は、攻撃性が社会的に抑圧された状況では「代替ターゲット」に攻撃が向かう傾向が強まると述べています。

(2)敵意帰属バイアス

 社会心理学では、曖昧な状況で他者の行動を「敵意的」と解釈する傾向を「敵意帰属バイアス」と呼びます(Dodge, 2006)。混雑の中でわずかな接触や進路妨害を「挑発」と読み取り、攻撃行動に至るケースが考えられます。

(3)フラストレーション–攻撃仮説

 Dollardら(1939)が提唱した古典的仮説によれば、目標が妨害されると攻撃行動が生じやすいとされます。仕事や生活上のストレス、電車遅延や混雑といった都市生活のストレスが、ぶつかり行為の背景となっている可能性があります。

(4)模倣と承認欲求

 SNSや報道で「ぶつかりおじさん」の存在が可視化されることで、行為が模倣されるリスクがあります。また、自分の存在を示す手段として他者にインパクトを与えることが目的化する場合もあります(Bandura, 1977)。

3. 社会的影響と被害者心理

 被害者にとって突然の体当たりは強い恐怖や不安を引き起こし、最悪の場合PTSD的反応や外出回避行動に発展することもあります。特に女性や高齢者は身体的被害リスクが高く、日常生活の安全感を著しく損なう結果となります。 また、「相手が謝らない」「逆ににらまれた」という二次被害的体験が、被害者の怒りや無力感を増幅させる点も指摘されます。

 社会的にも「公共空間で安心して歩けない」という不信感が広がることで、都市の心理的安全性が低下することが懸念されます。これは、治安統計には現れにくい「生活不安」として市民意識に影響を与える点で重要です。

4. 対策の方向性

(1)環境デザインの工夫

 防犯カメラの増設や死角の解消、駅員・警備員の巡回強化などが即効的な対策です。環境犯罪学が指摘する「状況的犯罪予防」の視点から、犯行をしにくくする仕組みづくりが求められます(Clarke, 1997)。

(2)市民による対応力の向上

 現場で市民が協力して加害者を取り押さえた事例も報じられており、周囲の人々(バイスタンダー)の関与が抑止に効果を持つことが分かっています。米国の研究では、バイスタンダー教育プログラム、暴力抑止に有効であることが示されています(Banyard, 2011)。

(3)法的対応の明確化

「ぶつかり行為」は刑法上の暴行罪(208条)、傷害罪(204条)に該当し得る行為です。実際に加害者が逮捕・起訴された例もあり、被害に遭ってもを泣き寝入りせず、適切に警察へ届け出ることが重要です。

(4)加害者への心理的介入

 攻撃性制御プログラムや認知行動療法によって、敵意帰属バイアスを修正し、ストレス対処スキルを高める介入が有効です。英国の受刑者プログラムでも、認知行動的アプローチは再犯抑止に一定の効果を持つとされています(Craig et al., 2013)。

今後の展望

「ぶつかりおじさん」問題は、単なる迷惑行為ではなく、都市生活に潜むストレスや孤立、認知の歪みが表出した現象と理解できます。被害者の安心を守るための環境的・法的整備と同時に、加害者への心理教育的介入を組み合わせることで、公共空間の安全を高める必要があります。

 犯罪心理学の立場から言えば、この問題は「都市型の新しい攻撃行動」と位置づけられ、社会的に注視すべき兆候です。私たち一人ひとりが「バイスタンダー」として意識を持ち、また行政や交通機関が予防的対策を講じることで、安心して歩ける公共空間を取り戻すことができるでしょう。この場合の「バイスタンダー」とは、単なる傍観者ではなく、自らの社会の安全を守るために、協力し合って行動する市民のことなのです。

参考文献

  • Bandura A (1977). Social Learning Theory. Prentice Hall.
  • Banyard VL (2011). Psychology of Violence, 1(3), 216–229.
  • Clarke RV (1997). Situational Crime Prevention: Successful Case Studies. Harrow and Heston.
  • Craig LA et al. (Eds.). (2013). What works in offender rehabilitation. Wiley.
  • Dodge KA (2006). Development and Psychopathology.
  • Dollard J et al. (1939). Frustration and Aggression. Yale University Press.
  • Marcus-Newhall A et al. (2000). Journal of Personality and Social Psychology.

関連記事: