無意識状態が続く患者に本当は意識があるかどうかを測定する──特集「THE WORLD IN 2025」

関連記事意識をめぐるふたつの有力理論が「敵対的コラボレーション」を経て証明したもの

ボランティアの健常者──覚醒している、眠って夢を見ている、あるいは麻酔薬ケタミンによる解離状態にある人──や言葉を発することができる負傷者の場合、脳活動の複雑さは高い(専門的に言えば、刺激に対する脳活動の複雑さが基準値を超える)。対照的に、夢のない眠りに落ちているか麻酔状態にある被験者はこの複雑さが基準値を下回る。この指標は健常者や会話能力のある脳損傷患者では、ほぼ完璧に機能する。

『Annals of Neurology』誌で発表された16年の研究で、ミラノ大学の研究チームがこのTMS-EEG法──ハンマーで叩いたベルが発する複雑な音を聞くような計測法──を43人の慢性無反応覚醒症候群患者に応用した。その結果、34人では予想通りに複雑度が低かった。だが驚いたことに、9人の患者では、脳の活性が意識のある患者と同じぐらい高かったのだ。つまり、自分自身では意識があることを表現できないが実際には意識がある患者の比率はおよそ5人に1人ということになり、この結果は、脳機能イメージング法やEEGを用いた際の推測値とも一致する。

このTMS-EEG法は脳を直接調べることができる。つまり、患者に何も要求しないため、認知能力が大幅に損なわれている患者にとっては非常に有利となるのだ。現在、マサチューセッツ総合病院の集中治療部門、ハーバード大学医学大学院、およびマディソンにあるウィスコンシン大学マディソン校の神経学部において、このメソッドの臨床試験が行なわれている。この方法を用いて意識の有無を定期的に調べて継続的に記録するやり方が、業務が多岐にわたり、さまざまな葛藤を抱えながら極めて困難な任務に携わる集中治療室の仕事の一部となれるかどうかは、2025年のうちに明らかになるだろう。

潜在的な意識の有無の診断は、延命治療を続けるか否かの決断に役立つだけでなく、そのようなデータがない場合よりも、患者の予後における機能改善の可能性がはるかに高くなるという明るい知らせとなる。心と身体の議論は抽象的で学術的であることが多いが、集中治療室でいよいよ延命治療をやめるべきかどうかという決断は、人生において最も厳しい決断なのだ。

クリストフ・コッホ|CHRISTOF KOCH意識研究の大家としてアレン脳科学研究所とタイニー・ブルー・ドット財団で活躍し、以前はアレン脳科学研究所の所長、カリフォルニア工科大学の教授でもあった。著書に『意識をめぐる冒険』『意識の探求』、最新刊に『Then I Am Myself the World』がある。

(Originally published in the January/February 2025 issue of WIRED UK magazine, translated by Kei Hasegawa/LIBER, edited by Michiaki Matsushima)

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