【検証】日本政府の「原油先物市場への介入」の現実味は?
トウシル編集部:最近、ウエスト・テキサス・インターミディエート(WTI)やブレントといった先物の価格をニュースで頻繁に見るようになりました。その意味や、ガソリン価格などへの影響について教えていただけますか?
吉田哲コモディティアナリスト:原油価格の指標は世界に三つあります。WTI原油、ブレント原油、そしてドバイ原油です。
WTI原油は主に米国の先物市場で、英国とノルウェーの間に位置する北海にある複数の油田で生産される原油の総称であるブレント原油は主にロンドンの先物市場で売買されています。ドバイ原油は主にアジアに供給される中東産の原油ですが、WTIやブレントと異なり、多くの場合、国家間・業者間で取引されています。
これらの原油には現物で売買される際の価格(現物価格)もありますが、指標性(原油相場の全体観)を求める場合に重要視される価格は先物市場で決まる価格(先物価格)です。日本では、原油価格といえばWTI原油先物価格を指すケースがほとんどです。
WTI原油先物市場は、世界中の投資家や原油の現物に関わる国家や企業がさまざまな経路を通じて参加できる、非常に流動性が高い市場です。油田の権益を持つ石油会社などの売り手や商社などの買い手のほか、投機筋など世界中に市場参加者がいます。
為替市場と同様、ほぼ24時間、取引をすることができるため、世界各地で起きるさまざまな出来事がもたらす影響を受けながら動いています。また、先物市場であるため、原油の現物を持っていなくても、取引に参加することができます。
指標性を持つWTI原油先物価格が上昇すると、日本国内のガソリン小売価格が上昇する傾向があります。これは、将来的にガソリンの原材料である原油の価格が上昇する思惑が強まるためです。
WTI原油先物価格が上昇した時にコストが増加する分野は輸送だけではありません。例えば、ビニール袋やフィルムといった原油由来の素材のコストも増加します。さらに、原油価格の動向に連動する傾向がある液化天然ガス(LNG)の輸入価格が上昇して発電コストが増加し、電気代が上昇します。
輸送コストや原油由来の素材のコストが増加したり、電気代が上昇したりすることで、スーパーマーケットやコンビニエンスストア、ショッピングモール、住宅、公共機関など、あらゆる場所で発生するコストが底上げされ、私たちの消費生活にマイナスの影響を与えます。
また、このように物価高が一層目立つことで、政府や地方自治体の物価高対策や中央銀行である日本銀行の金融政策の方針を修正する必要性が高まります。WTI原油先物価格の変動がもたらす影響は、広範囲に及びます。
「先物市場」という難題
トウシル:一部で、日本の通貨当局が原油先物市場に介入し、価格を下げることを検討しつつあると報じられています。急激に円高・円安が進行した時の為替介入のように、当局が原油先物価格を動かすことは可能なのでしょうか?
吉田:日本政府が原油先物市場に介入することは、技術的には可能だと思いますが、現実的には難しいと私はみています。
例えば、為替介入は、主に自国通貨と相対する外国通貨の間で行われます。円高を是正するために行う介入は、「円売り・ドル買い」ですが、これは主にこれらの通貨を発行する日本と米国に影響を与えます。
一方、WTI原油先物市場は、世界中の投資家や国・企業が関わる巨大な市場です。仮に、日本がWTI原油先物市場に介入し、価格を下げた場合、その影響は世界全体に及びます。二国間に影響が及びやすい為替介入とは比べ物にならないほど、影響範囲が広くなることに留意しなければなりません。
また、先物市場は、現物を持っていなくても取引に参加することができます。原油先物価格を下げるために介入しようとすれば、大量の「売り」ポジションを持つことになります。
WTI原油先物市場は、取引期限が到来するタイミングを示す「限月(げんげつ)」が、1カ月置きに設定されています。このため、毎月1回、20日前後に取引期限が到来します(常時、およそ10年先までの毎月分の限月が設定されています)。
取引量が最も多い「中心限月」の価格が、世界の原油価格の指標です。WTI原油先物の中心限月は通常、取引期限が最も近い、言い換えれば、取引期間が最も短い限月である「期近(きぢか)限月」です。
このため、原油先物価格を下げるための介入では、「中心限月である期近限月を売る」というオペレーションを行うことになります。この場合の「売る」は、値下がりで利益・値上がりで損失が発生する「売りポジション」を保有する、という意味です。
中心限月である期近限月の取引可能期間は最長でおよそ1カ月です。売りポジションを保有したまま取引期限を迎えた場合、取引所が定める規格の原油の現物を売り渡さなくてはなりません。
また、原油の現物を売り渡すことを想定せずに売りポジションを持った場合は、取引期限までに「買い」注文を出して決済しなければなりません(反対売買)。
仮に、原油の現物を売り渡すことを想定せずに売りポジションを持って介入をし、価格が数日で思惑通りに下がったとします。
このケースでは、原油の現物を売り渡すことを想定していないため、取引期限までに売りポジションと同じ数量の「買い」注文を出すことになります(売りポジションは値下がりで利益が出るため、このケースでは売買益が生じます)。
介入時に保有する売りポジションの量が多ければ多いほど、決済時の買い注文の量も多くなるため、決済の買い注文で価格が上昇してしまい、介入の効果が薄まってしまう可能性もあります。
また、仮に原油の現物を売り渡すことを想定せずに売りポジションを持って介入をし、価格がなかなか下がらず、取引期限が到来しそうになった場合、かつ、介入を継続する意思がある場合、現在の期近限月の売りポジションを買い注文によって全て決済した上で、次の期近限月の売りポジションを保有することになります(ロールオーバー)。
先物市場での売買であるため、利益を獲得したり、損失を受け入れたり、ロールオーバーをするたびに売買手数料を支払ったり、時には取引所やブローカーが定める基準まで含み損が拡大した場合に強制的な決済を受け入れたりすることも想定されます。
こうした様子は、さながら「原油先物のトレーダー」です。原油先物市場への介入はある意味、日本の当局が原油先物のトレーダーになる行為、といえなくありません。
取引所が定める規格の原油の現物を売り渡すことを想定して売りポジションを持つことも、技術的にできないことはありません。
日本が抱える原油の備蓄を取り崩したり、油田の権益を保有している日本企業から購入したりして、原油の現物を調達することもできなくはないでしょう。ただ、これらの場合、原油の規格が適合するかの確認をしたり、輸送コストと時間をかけたりする必要があります。
米国などの産油国から原油を購入し、その原油の現物をもとに売りポジションを持つ、という方法も考えられますが、この場合でも、原油の規格が適合するかの確認をしたり、輸送コストと時間をかけたりする必要があります。
また、この時の「購入」が「需要」と見なされれば、原油先物市場に上昇圧力をかけてしまう可能性もあります。
全体として、先物市場という公設の市場への介入は、市場での公正な価格形成を阻害し、市場が持つ健全性を損なうおそれがあります。この点は、相対(あいたい)取引が主流である為替市場への介入と、大きく異なる点です。
米国の原油先物市場の根幹が揺らげば、金属や農産物、株価指数や金利などの他の先物市場や、他国の先物市場にも、懸念が広がる可能性があります。
WTI原油先物市場を管理するシカゴ先物取引所(CME)の最高経営責任者(CEO)は、3月上旬に米国政府が介入を示唆したことについて、「聖書的な災害(Biblical disaster)であり、政府による価格操作は、市場原理を無視しており、金融市場を崩壊させ、壊滅的な経済的混乱をまねくリスクがある」という趣旨の指摘をしました。
さらには、原油が「世界共通の経済活動の源」という特性を持っている以上、その市場を介入によって人為的に下落させれば、原油価格が上昇・高止まりすることを望む産油国や石油会社などから非難される可能性もあります。
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