パスポート保有率17%、日本人の海外旅行離れ深刻 国際線維持へ特典・助成で需要喚起
海外旅行復活の機運醸成となるか-。日本人の海外旅行(アウトバウンド)が低迷する中、地方空港や旅行会社が旅行者への特典や助成を相次いで打ち出し、国も促進に力を入れている。出国する日本人は新型コロナウイルス禍を境に減少し、好調なインバウンド(訪日外国人客)と大きくバランスを欠く。インバウンド依存、アウトバウンド減退は地域経済へのリスクを高め、空港の国際線維持にも影響する。国民が国際感覚を失い、国の競争力に関わるとの声もあり、危機感を背景に取り組みが進む。
出国促進へあの手この手
福岡空港(福岡市博多区)の運営会社「福岡国際空港」は、7~8月に同空港から出国する福岡県在住者を対象に、免税店の500円クーポン券配布や、国際線駐車場を最大5日間無料にするサービスなどを行う。事前申し込みが必要で、6月22日まで受け付ける。旅行費負担を軽減し、夏休み期間中の出国を促進する。
アウトバウンド促進の取り組みを説明する福岡国際空港の田川真司社長(中央)と岩﨑洋樹・経営企画本部長(右)=5月8日、福岡市博多区(一居真由子撮影)同空港の国際線旅客数は、好調なインバウンドに支えられ、令和6年度には過去最高の850万人を記録した。一方で、アウトバウンドは76万人と、コロナ禍前(平成30年度)の7割と低迷している。同社の岩﨑洋樹経営企画本部長は「インバウンドは経済状況などによってどうなるか分からない。アウトバウンドと両輪で需要を支える必要がある」と話す。
いわて花巻空港(岩手県花巻市)も、29歳以下の若年層に1万円を助成するキャンペーンを展開する。6月1日から来年2月28日までに同空港の国際定期便を往復利用するなどの要件を満たす人が対象となる。
キャンペーンを企画した官民組織「岩手県空港利用促進協議会」によると、同空港の6年度のアウトバウンド(チャーター便含む)は2706人で、元年度の3割程度にすぎない。担当者は「便数が異なるため一概に比較できないが、出入国が両輪で伸びなければ、航空会社が安定的に就航できない」と懸念する。
円安やコロナ禍など要因
日本政府観光局の調べでは、6年の訪日外国人客は過去最多の約3687万人に上った半面、出国日本人数は約1300万人と、元年(約2千万人)の65%程度にとどまる。円安や渡航先の物価上昇、コロナ禍でパスポートを取得・更新する動きが鈍ったことなどが要因とみられる。外務省によると、6年の国内における一般旅券の発行数は370万冊で、元年から66万冊減少。パスポート保有率は17%程度と、日本人のおよそ6人に1人しか所持しておらず、米国の50%や韓国の40%を大きく下回る状況だ。
外務省と観光庁、旅行代理店でつくる日本旅行業協会(JATA)は3月、新たにパスポートを取得する人にキャッシュバックを行うなどのキャンペーンを始めると発表した。アウトバウンドをコロナ禍前の年間2千万人に近づけるとしており、このうちJTBは29歳までの人を対象に、パスポートを新規取得または更新して海外旅行を申し込めば最大1万5900円分使えるポイントを還元する。
同社担当者は「初めての海外旅行に行こうという機運を高めたい。国際交流は双方向が原則で、国際線の維持・拡大には日本人の海外旅行の回復も不可欠だ」と語る。
同社は4月に、海外旅行専門店「StudioJTB」を東京にオープンし、最新でこれまでにない旅を発信する。
収益安定化へ一本足脱却
空港運営会社や観光事業関係者にとって、インバウンド依存は関係国との関係悪化や感染症の流行などで即座に影響を受ける可能性があり、収益の安定化には一本足からの脱却が欠かせない。
一方、アウトバウンドの減少は国際路線誘致の足かせになり、いずれインバウンドも頭打ちとなる可能性がある。4月に国際チャーター便が初就航した神戸空港(神戸市中央区)でも、アウトバウンドの促進が国際定期便就航に向けた鍵を握るとして、関係者が需要喚起に力を入れている。
海外に行かない若者の増加は、将来のグローバル人材育成に影響を与えるとの指摘もある。
日本旅行業協会の高橋広行会長(JTB会長)は「若者の海外旅行離れは、将来の日本の国際競争力にも影響する」と懸念を示す。観光庁の秡川直也長官も「国全体で国際感覚を失っていく。若い人には海外をみていただきたい」と訴える。
空港活性化・経営改革などの支援を行っている「みずほリサーチ&テクノロジーズ」の森山浩行ディレクターは「航空会社にとって一方向だけの高需要では路線が維持できず、日本人利用者の下支えがなければ、開設した国際線が短期間でクローズすることにもなる」と指摘。アウトバウンドは観光、教育、ビジネス全てを支える基盤の一つとし、「出国者の減少は国際ビジネス人材を育成する機会の損失でもあり、長期的な人的基盤に悪影響を与えかねない」と危機感を強めている。(一居真由子)