人間のDNAの断片を組み込まれたマウス、脳がサイズアップすることが判明

この画像を大きなサイズで見るPhoto by:iStock

 私たち人間が大きな脳を手に入れることができた秘密は、あるDNAの断片にあるようだ。新たな研究で、その断片をマウスに与えてみたところ、通常よりも大きな脳へと成長したのだ。

 「HARE5」と呼ばれるDNA断片は、特定の遺伝子の発現量を調整するスイッチのように機能し、マウスの神経細胞のもととなる細胞の生産をうながす効果がある。

 この発見は、私たちヒトがチンパンジーをはじめとする親戚よりも大きな脳を進化させることができた秘密を、部分的に説明している可能性があるという。

 この研究は『Nature』(2025年5月14日付)に掲載された。

 私たち人間の祖先は、600万~700万年前にチンパンジーとの共通祖先から分岐したと考えられている。それ以来、ヒトの脳はじつに3倍にも大きくなった。

 だが、なぜ、どのようにして私たちの脳がこれほどまで拡大したのか、確かなことはわかっていない。

 これまでの研究からは、その背後に「ヒト加速領域(HAR)」と呼ばれるゲノム領域の働きがあったらしいことが示されている。

 この領域はどの哺乳類にもあるが、ヒトのそれはチンパンジーから分岐して以来、急速に変化を遂げている。これが私たちの脳の発達に重要な役割を果たした可能性がある。

 ヒト加速領域の詳しい働きは今のところ不明だが、アメリカ、デューク大学医療センターの神経生物学者デブラ・シルバー氏らが注目するのは、そこにある「HARE5」と呼ばれるDNA断片だ。

 マウスの場合、このDNA断片は神経細胞(ニューロン)の発達や成長を担う「Fzd8遺伝子」の発現をうながすことが知られている。

 そこでシルバー氏らは、マウス・チンパンジー・ヒトそれぞれのHARE5がどのような働きをするのか比較してみることにした。

この画像を大きなサイズで見るPhoto by:iStock

 そのためにマウスのHARE5をヒトのものに置き換えてみる。するとマウスの脳が大きくなったのだ。ヒトHARE5を与えられたマウスの脳は、そうでないマウスに比べて最終的に6.5%大きく成長した。

 その様子を詳しく調べると、ヒトHARE5が一番よく活性化していたのは「放射状グリア細胞」というまだ神経細胞になっていない細胞(神経幹細胞)だったという。

 マウスの放射状グリア細胞はヒトHARE5によって分裂と増殖がうながされ、その結果普通よりも多くの神経細胞が作り出された。そのために脳が大きくなったのだ。

 一方、ヒトとチンパンジーのHARE5では、4つの遺伝子変異の違いが見つかっており、脳オルガノイド(いわば立体的なミニチュア脳)を利用した実験では、チンパンジーHARE5はヒトHARE5に比べて、放射状グリア細胞を作る力も、成長させる力も弱いことが確認されている。

 さらにヒトHARE5が、神経幹細胞の成長に重要となるシグナル伝達経路を増幅することも明らかになったという。

この画像を大きなサイズで見るPhoto by:iStock

 脳が大きくなったことで、マウスの認知機能や記憶力が向上したかどうかは、今のところ不明だ。

 だが、今回の発見は、私たち人間ならではの大きく複雑な脳が、ヒト加速領域にある「HARE5」という遺伝的ブースターの働きのおかげで発達しただろうことを裏付けているという。

 今後は、ヒトHARE5が約3000存在するほかのヒト加速領域とどのように相互作用するのか解明することが重要になる。

 シルバー氏らはすでに、複数のヒト加速領域がどのように連携するのか研究する手法を開発中であるとのこと。「ヒトの脳を特徴づけるためには、さまざまな異なるメカニズムが重要になります」と語っている。

References: A human-specific enhancer fine-tunes radial glia potency and corticogenesis / A human-specific enhancer fine-tunes radial glia potency and corticogenesis

本記事は、海外メディアの記事を参考に、日本の読者に適した形で補足を加えて再編集しています。

📌 広告の下にスタッフ厳選「あわせて読みたい」を掲載中

関連記事: