倉重篤郎のニュース最前線 日中関係はどう修復すべきか 台湾有事発言から自衛隊員の中国大使館侵入事件まで

2026/4/11 09:00(最終更新 4/11 09:00) 有料記事 8587文字
中国大使館=東京都港区で2026年3月24日午後6時28分、吉田航太撮影

 1972年の国交正常化以来、紆余曲折ありながら、東アジアの平和構築と相互的な経済協力を進めてきた日中関係は、いまや最悪の局面を呈している。高市早苗首相の台湾有事発言、さらに自衛隊員の中国大使館侵入事件と打ち続く現況は、いかに転換し得るのか? 知中派知識人が提言する。【倉重篤郎】(サンデー毎日4月19日号掲載)​

 ◇鳩山由紀夫・元首相「作られた中国脅威論と決別を」 ◇東郷和彦・元外務省条約局長「高市首相は、東アジアでは戦争をさせないと明言を」 ◇羽場久美子・青山学院大名誉教授「全方位外交と東アジア協力を取り戻せ」

 ◇浅野勝人・元内閣官房副長官「若手政治家よ 日中パイプ役として名乗り出よ」

 この国の礼節は一体どこに行ったのか。

 現職自衛官が3月24日、刃物を持って中国大使館に侵入した疑いで逮捕された事件である。警視庁の調べに、この陸上自衛隊えびの駐屯地(宮崎県えびの市)所属の3等陸尉は「大使に意見を伝えようとした。聞き入れられなかったら自決しようと思った」と供述したという。中国側は容疑者が「中国の外交官を殺害すると脅した」として、日本の「新型軍国主義」が招いた結果だと主張しているが、刃物を持って侵入した以上、中国側に危害を加える意図があったと疑われて当然だ。

 大使館の安全確保はウィーン条約に基づく義務であり、日本側に非があることは明白だ。にもかかわらず、高市早苗政権の対応は鈍い。木原稔官房長官、小泉進次郎防衛相が「誠に遺憾」と述べるだけだ。国民の中にある嫌中意識が影響しているのか、国会もメディアもなぜか口が重い。

 ようやく鳩山由紀夫元首相が28日Xで、「これは単なる不法侵入ではない。刃物を持って侵入した以上、中国大使を殺(あや)める覚悟で国境侵犯をしたと思われても当然である。防衛省は早急に、防衛大臣か最低でも陸上幕僚長が責任を取るべきである」と発信、朝日新聞が3月31日付で「対応のまずさが目立つ」、毎日新聞が4月3日付で「政権の危機意識が足りぬ」と題する社説を掲載した。

 高市政権は国際法尊重の立場から非を認め明確に謝罪、事件の検証と再発防止に万全を期すべきである。

 それにしても、日中関係は、高市首相の不用意な台湾有事発言以来、悪化の一途を辿(たど)り、ほとんど関係改善の努力が見られないまま事態が推移している。当欄でもそのことが軍事最前線での予期せぬ衝突や、両国民間の近隣憎悪のキャッチボールになることを懸念してきたが、その延長線上の事件だとすれば、政権の責任もなしとはいえない。

 鳩山氏は、「中国側に問題がないとは言わないが、国民の中に作られた中国脅威論があり、それが身の丈を超えた軍拡、南西諸島の軍事要塞化、住民避難騒動につながっている。この局面は、高市首相が自らあの発言は誤解を与えた、間違っていたと謝罪する。それで一挙に片付くと思う。それがないと長引いてしまう。民間努力もあるが、根本的部分が正されないとしこりは続く」と語っている。

 果たして日中はこのままでいいのか。識者3人と考える。東郷和彦・元外務省条約局長には、条約解釈のプロの立場から、羽場久美子・青山学院大名誉教授には、欧州アジアの地域紛争を巡る平和解決の研究者として、浅野勝人・元内閣官房副長官には、知中派自民政治家OBの目から語って頂く。

不文律なぜ破ったか

 まずは東郷氏だ。両国関係悪化の起点である高市発言を今一度点検したい。昨年11月7日の衆院予算委だった。立憲の岡田克也氏が台湾有事に関連し、集団的自衛権の行使要件である「存立危機事態」の認定について問うたのに対し「(中国が台湾を海上封鎖した際にそれが)戦艦を使って武力行使を伴うものであれば、どう考えても存立危機事態になり得る」と述べた発言だ。

 問題点はどこに?

「安倍晋三政権が約10年前に安保法制で存立危機事態を定義した。米国には日本の防衛義務があるが、日本は集団的自衛権すら使えないという日米間の不均衡を直そうとした。外務省としてはいいことをやってくれたと思っていた。ただ、これができた時、皆の頭にあったのはやはり台湾問題だった。僕は直接担当したわけではないが、それは常識だ。台湾で何か起きた時どうするのかという問題だった」

 当時の議論は台湾有事の「た」の字もなかった。朝鮮半島有事、中東紛争が具体事例として引用された。

「無前提に米国と一緒にやると言ったら中国がもたないし、中国と一緒にやると言ったら米国がもたない。その時から10年間歴代首相の引き継ぎがどうだったかはわからない。だが、全体の不文律としてそういう質問が来たら答えない、ということになっていたはずだ。それで10年収まっていた。ところが高市氏はなぜか、米国と一緒にやりますと言ってしまった」

 不文律なぜ破ったか?

「私の意見は、一言で言って不勉強。高市氏の肩を持つわけではないが悪意を持って中国をとっちめようというほどの度胸も知恵もない。この不文律を破って、しかも米国サイドに立って発言することに対して中国がどんなに怒るか、ということについて不勉強だった。国会答弁で事務方が作った資料を見ると、穏当なところで終わっていたが、その後のやりとりで言ってしまった。彼女に能力の過信があったのかどうか、わからない。中国と本当にことを構えるつもりがないなら、絶対に言ってはいけないこと。そこを踏み越えた。その恐ろしさを彼女はわかっていなかった」

「周辺を含めてこれは大変なことになる。まずは一刻も早くその穴を埋めなければならないという認識はあったはずだ。唯一可能性があったのは、11月10日、立憲の大串博志氏に改めて真意を聞かれた時の国会答弁で、その時にスパッと言うべきだった。『本来非常に難しい問題で、その場でなければ結論が出ないような問題で、仮定のケースを念頭にお答えしてしまったのは間違いでした。撤回します。本来はよく考えるべきところを不勉強でした』と。そうすれば収まったかもしれないと思う」

 そうしなかった。その後日中関係は悪化の一途だ。

「そこで日中関係で今後何ができるかを考えるべきだ。第一にこれ以上悪くしない。例えば靖国という問題がある。閣僚時代もずっと行っていたが、ともかく靖国には近づかない。これは絶対条件だ」

「ことさら向こうを刺激しないのが必須だったが、なんでこのようなことをしたのかと思ったのは、先に明らかになった2026年版外交青書だ。中国との関係についての記述が『最も重要な二国間関係の一つ』から『重要な隣国』に変更された。明らかに刺激することをやってしまった」

 高市官邸の意向か?

「過去の外交青書を調べたら、『最も重要な二国間関係』が入ったのは、16年版の安倍政権だった。それが25年版まで10年間続いた。なぜ格下げしたのか、これは挑戦的だ。この意図は何かと、今向こうは一生懸命考えている。現に新華社から私に質問が来た。要はすごく気にしている」

日中の先人が頭脳を絞った台湾問題

 高市氏どうする?

「高市首相…

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