そもそも憲法とは何のためにあるのか?──憲法改正の議論【GQ VOICE】

2026年の衆院選。SNSでは「ママ、戦争止めてくるわ」という言葉がトレンド入りした。その背景にあるのは、戦争が決して他人事ではないという不安。二度と戦争の惨禍を繰り返さないと誓った日本は、世界が大きく変貌する中で、平和をどう守っていくべきなのだろうか。

自民党は長らく、憲法9条改正による「再軍備」を掲げてきたが、それは国民の支持を得られなかった。そこで2017年頃から再軍備ではなく「自衛隊の明記」にとどめる形へと方針を切り替えてきた経緯がある。こうした中、今回の衆院選で与党が議席を伸ばしたことで、憲法改正の議論に再び注目が集まっている。だが、改憲の可能性について憲法学者の木村草太は、「実はあまり高まっていない」と見る。なぜなら、いま進んでいるのは必ずしも輪郭のはっきりした改憲議論ではないからだ。

そもそも憲法とは何のためにあるのか。木村はその原点をこう説明する。「近代の国家権力が強力になったので、安全装置をかけておく。国家権力の乱用を防ぐルールのことを憲法というわけです」。だとすれば、憲法改正とはその「安全装置」をどう設計し直すかという議論のはずだ。だが現実の改憲論議は、必ずしもそうした制度設計の議論として進んでいるわけではないように見える。

現在の改憲論議は準備不足で、やや拍子抜けするものだと木村は言う。「自民党の公約集を読んでも、綿密な準備のもとに始めた感じではありません。憲法改正項目はスカスカで、自衛隊明記、緊急事態条項、合区解消、教育の充実の改憲4項目やりますと簡単に書いているだけ。そんな状況で大勝してしまった」。だからと言って気を抜いていいわけではない。「政治状況によってはやろうと思えばできてしまう危うさがあります。日本維新の会は自衛隊明記では不十分だとして、集団的自衛権の全面解禁や自衛隊を軍隊にする提案を示しています。連立与党の議論の中で、こうした方向に進む可能性もゼロではない」

自衛隊明記の議論

とりわけ、自衛隊明記の議論は「筋の悪い提案」と指摘する。「安倍元首相は、自衛隊を違憲だと言う人がいるから憲法に明記しようと言い出しました。改憲の理由としては極めて弱い。もし本当に改憲しなければ説明できないほど違憲の疑いがあるのだとすれば、それは逆に政府自身が、自衛隊は違憲かもしれないと認めることにもなりかねない。明記するかどうか以前に、そもそも発議すること自体が問題だと思っています」

それ以上に、木村が強調するのは、現在の議論が本来の争点からずれているという点だ。「問題は、自衛隊が何をする組織なのか、外国にどこまでの範囲で武力行使を許すのかというところです」。ところが現在の議論では、その核心がはっきりしていない。「そこを何も書かないと、集団的自衛権行使の違憲の疑義は解消しない一方で、許される活動範囲が不透明になり、結果的に、統制のきかない軍隊のようになっていく危険もあります」と話す。

なぜ肝心な部分が曖昧なままなのか。その背景にあるのが、2015年の安全保障法制。政府は、この法制で集団的自衛権の行使が認められると言う。「政府の理解で、自衛隊を憲法に明記するとなると、日本が攻撃されていなくても、集団的自衛権を行使できると書かなきゃいけない」。しかし、それを書けば改憲の意味は大きく変わる。自衛隊明記というより、集団的自衛権を憲法に書き込む改憲になるからだ。「それを発議して否決されたら政権にとって痛い。だから書きたくない。結果として、任務の範囲を曖昧にしておくという現象が起きるんです」

緊急事態条項の議論にも形骸化したような奇妙さがある。東日本大震災をきっかけに、有事の際に権限を集中させるべきだという提案が出てきた。「現在俎上にあるのは、議員の議決による任期延長と、緊急時に政令を出せるようにする2案。しかし、自分の任期を自分で延ばすのは異常。もし任期延長を認めるなら、本来は最高裁のような独立機関が判断するべきです。また、参議院は半数改選で議員が残る設計でもあり、衆議院も頻繁に解散される現実を考えると、制度として十分に練られているとは言い難い。後者については、元の自民党草案は、『法律を書き換えられる』という内容でした。ですが批判を受けて修正すると、普通の政令と同じに。真面目にやってくれ、と感じます」

木村が強調するのは、非常時の権限強化より平時の備えだ。「事が起きてからいきなり首相に権限を集めても、基本的にはあまり役に立ちません。東日本大震災やコロナ禍でも被害を左右したのは権力の集中ではなく、備蓄や避難計画、保健所体制といった現場の準備でした」。そこで木村が提案するのが、「災害対策国会」だ。「全国の議員がそれぞれの地域の防災課題を持ち寄り、政府にぶつける場を制度として設ける。そうした地道な制度のほうが、緊急事態条項を設けるより現実の危機には役立つと思うんです」

戦争は社会に深い傷を残す

こうした備えは、安全保障の話ともつながる。「国際社会の緊張は高まっているのに、日本が備えなきゃいけない脅威が何なのか、よくわからない。そういうとき、人は恐怖に押されて軍拡へと流れやすい」と木村は言う。だからこそ必要なのは、自分たちが何を恐れているのかを具体的に考えることだ。「戦争は、社会に深い傷を残します。ベトナム戦争では帰還兵のトラウマが社会不安につながり、ロシアでもアフガニスタン戦争の傷が残った。日本でもイラク派遣後、自衛官の自死が問題になりました。戦争というのは、確実に私たちの社会に影響します。だからこそ外交の努力も重要になります」

日本はイランと比較的関係が良い国の1つだ。エスカレーションを止める外交を試みる余地はある。「外交は国民の支持がないと進められません。政府が大国の国際法違反を非難するときは、それを支える世論が必要ですし、逆にそうでないときには『ちゃんとしてください』と言える社会であることも大事です」。一人ひとりの市民が国際問題に関心を持つこと。それもまた、戦争を止める力になる。

憲法改正を考える上で参考になる本3冊

『憲法に緊急事態条項は必要か』永井幸寿(岩波書店)

そもそも、緊急事態条項とは何か。沿革は。他国の憲法はどうなっているか。憲法に入れれば本当に国民生活は守られるのか。中央集権化よりも、有事に備えた事前の準備が大事であることが記されている。

『国際法で世界がわかる 新版─ニュースを読み解く33講』北村朋史、田中佐代子、若狭彰室、 藤澤巌、森肇志編(岩波書店)

ウクライナとガザでの戦闘、トランプ関税、ビジネスと人権など新たなテーマを取り上げ、背景にある国際法の問題を解説。ニュースの疑問から国際法の基礎知識が身につき、激動の国際社会を見通す視点が得られる。

『「差別」のしくみ』木村草太(朝日新聞出版)

差別とは、強い力を持つ側が弱い立場の者を侮蔑し、尊厳をおとしめようとすること。加害者と被害者の間には立場の非対称性があり、日本国憲法は「差別されない」権利を保障している。非嫡出子の相続や同性婚・夫婦別姓をめぐるテーマから、人種や民族をめぐる歴史の変遷まで、差別の構造を徹底検証する。

GION

木村草太/SOTA KIMURA

1980年生まれ。東京大学法学部卒。同助手、首都大学東京(現東京都立大学)准教授を経て、現在、東京都立大学教授。専攻は憲法学。平等権・差別されない権利、子どもの権利などを研究。朝日新聞論壇委員等を歴任。著書に『憲法』(東京大学出版会)、『自衛隊と憲法』(晶文社)、『幸福の憲法学』(集英社)など多数。

写真・GION 文・大庭美菜 編集・神谷 晃(GQ)

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