なぜファンは暴走するのか? HKT事件で浮かぶ「過剰推し活」のリスク…守るべき距離感は
福岡を拠点とするアイドルグループ「HKT48」は1月18日から劇場公演を再開する。2025年12月、劇場が入る福岡市内の施設で、男性スタッフを含む2人が刺されて負傷する事件が起きて以降、公演を休止していた。
報道によると、殺人未遂の疑いで逮捕された男性は、グループのファンだったとされる。この事件について、アイドルファンが陥りやすい「法的リスク」が表面化した残念な事例だと指摘するのは、エンターテインメント業界のトラブルにくわしい河西邦剛弁護士だ。
SNSでの誹謗中傷や迷惑行為、金銭トラブル、そして最悪の場合は刃傷沙汰にまで発展する──。アイドルファンの身近に潜む問題について、アイドルグループの運営も手がける河西弁護士に聞いた。
●過剰推し活の背景に「現実逃避」と「認知」への執着
──ファンがアイドルを推す背景を教えてください。
推し活の根底には、つらい現実から一時的に解放されたいという心理があると思います。
疑似恋愛をしたり、アイドルの成長と自分を重ね合わせたりすることで「自分も成長できている」という錯覚を得られます。
アイドル側から一人のファンとして認識される、いわゆる「認知」です。これによって双方向性がある関係のようにも錯覚するものですが、あくまで「錯覚」と思っていなければ危ういです。
個別特典会で「◯◯さん!」と名前で呼ばれると、「自分は認められている」と感じ、高揚感を覚える人もいるでしょう。しかし、アイドル側は「私のファンの一人」として認識しているだけで、その人がどんな生活を送り、何を抱えているのかまで知りようがありません。
ファンの心の中は推しメンで満たされていても、推しメンの心の中に「◯◯さん」が占める割合は、ごくわずか、あるいは存在しないのが現実です。
運営側もファン側も、その前提を暗黙の了解としてエンタメビジネスを成立させていますが、この認識を誤ると、過剰な支出や借金など、法的リスクを引き寄せやすくなります。
●ファン同士の競争意識が招く経済的破綻
──ファンとアイドルの理想的な関係性はどうあるべきでしょうか。
アイドルに「覚えてもらう」(認知)ことや、ファンとして「目立つこと」に、どれほど意味があるのか、一度立ち止まって考えてみてください。
他のファン(同担・推し被り)に負けたくないという競争意識から、日常生活に支障が出るまで浪費してしまうのは危険です。
費やす金額が過剰になると、アイドルのアーティスト性が薄れ、金銭対価性の強いキャバクラやホストのような関係性に近づいていきます。
アイドルファンに勝ち負けはありません。アイドルから見れば、どこまで行ってもファンに優劣はなく、「同じファン」です。
自分自身が成長し、目標や夢に近づくことこそが、本当の意味で“勝ち”であり“成功”という考えもあるかもしれません。
●誹謗中傷の入り口は「理想の押し付け」
──ほかにも法的リスクに陥りやすいファンの特徴を教えてください。
「アイドルはこうであるべき」という理想を本人に押し付けがちな人です。
このタイプは、SNSや匿名掲示板で誹謗中傷を書き込みがちで、要注意です。特に推し活歴が長い中年以降に見られる傾向があります。
──具体的にはどのような言動が危険でしょうか。
「恋愛するな」「大学に行くな」といった要求から始まることが多く、さらに「アイドルとしての自覚をもて」と言い始めたら深刻なサインです。
アイドルと契約関係にある芸能事務所であれば、契約関係に基づいて「自覚をもて」と言える立場にあります。アイドル自身も、自らを鼓舞したり、ファン獲得やブランディングのために「メンバーとしての自覚」という言葉を使うことはあります。
しかし、ファン側がその言葉を使う根拠はありません。度を越せば、カスタマーハラスメントに該当する可能性もあります。
相手が嫌になったのであれば、何も言わずに距離を置き、ファンを辞める。それが最も健全な選択です。
●推し活の長期化に落とし穴
──ファンが注意すべき心構えは。
ファンクラブに入ると、ツアーの申込みが毎年ほぼ同じ時期に始まります。長く応援していると、考える間もなく「自動的に申し込む」ような行動習慣になっている人もいます。
事務所や運営サイドからしたら、この上なく理想的ですが、ファンの人生を長期的に見たとき、それが本当に望ましいかは別問題です。
ファンを始めたときは「夢の扉」を開けたような興奮がありますが、気づけば、自分の将来設計よりも先に、毎年のスケジュールが事務所に拘束されて、立ち止まって考える時間を失っていく。
そして、あなたがその人生のタイミングでしか経験できなかった時間が過ぎ去っていたことに、後から気が付くことになりかねません。
交際や結婚、転職、あるいは推しメンの卒業など、どこかで区切りをつけ、新しいスタートを切るという選択肢も持っておくことが大切です。
●過剰推し活かどうかを見極めるには
──最後に、推し活にのめりこんでいるファンに向けてメッセージを。
今回の事件に限ったことではなく、健全だったはずの推し活が行き過ぎ、アイドルに刃を向けるまでに至った悲しい事件は少なくありません。
線引きのポイントは、アイドルにファン側の自己承認を求めないこと、アイドルとの「双方向性」という幻想を捨て、生活に支障のない範囲で、歌やダンスといったパフォーマンスを楽しみ、自分の活力にすることだと思います。
自分をつくるのは自分です。アイドルに依存するのではなく、つらい現実を乗り越えるための活力として推し活を位置づけられるか。その意識が、過剰かどうかの分かれ目になるでしょう。
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