抗がん剤ブレオマイシン、肺の老化を促進―線維化への間接的な関与を解明―|医学部・学会情報|医・歯学部を知る|時事メディカル|時事通信の医療ニュースサイト
Aging、公開日時(2025年8月28日<米国東部時間>)
研究成果の概要
抗がん剤ブレオマイシンが肺線維化を直接引き起こすのではなく、病変のある肺で老化を進行させることで線維化を促す可能性が明らかになりました。
本研究では、肺組織の老化と薬剤による影響の関係を詳しく解析しました。
精密肺組織切片(PCLS)を用いた新たな実験手法により、動物使用を最小限にしつつ評価が可能になりました。
この手法は、呼吸器疾患や薬剤毒性の研究に役立つと期待されます。
肺線維症などの新たな治療戦略の開発にもつながる成果です。
【研究のポイント】
・特発性肺線維症の状態にある肺組織では、正常組織に比べて細胞老化がより顕著に進行していることを明らかにしました。
・抗がん剤ブレオマイシンは、肺線維化を直接促進しないことを示しました。
・一方、ブレオマイシンは、マウスモデル由来の特発性肺線維症の肺において、細胞老化をさらに進行する一因となる可能性が示唆されました。
・老化が進行すると細胞内の核膜構造の維持が困難となり、細胞死が誘導され、この細胞死が線維化を促進する一因となる可能性があることが分かりました。
・本研究では、Precision-cut lung slices (PCLS)技術を用いて、肺に対する毒性・線維化・老化の評価を、より少ない生体サンプルで効率的に実施可能であることを実証しました。
【背景】
特発性肺線維症(IPF)は進行性の間質性肺疾患であり、高齢者に多く発症し、組織学的には線維化とともに細胞老化の関与も示唆されています。
一方、抗がん剤ブレオマイシンは、人に対する副作用として肺線維症を引き起こすことが知られており、この副作用を応用した肺線維症誘導モデル動物は医学研究に広く用いられてきました。
しかし、ブレオマイシンがどのような機序で肺線維化を誘導するのかは、未だ十分に解明されていません。本研究では、IPF病態を有する肺にブレオマイシンが与える影響について、特に細胞老化や細胞死との関連に着目しました。
さらに、肺組織切片(PCLS)を用いた実験手法により、その作用機序の解明を試みました。
【研究の成果】
本研究により、ブレオマイシンは正常肺において直接線維化を促進するのではなく、既に病態を有する肺、特に老化の進行した特発性肺線維症(IPF)肺において、細胞老化をさらに進行させる作用を持つことが明らかになりました。
また、老化が進行すると細胞内の核膜構造の維持が困難となり、細胞死が誘導されることが観察されました。この細胞死が引き金となり、二次的に線維化が進行する可能性が示唆されました。
さらに、肺組織切片(PCLS)を用いた解析により、肺組織における毒性評価、線維化進展、老化指標の定量的評価を、少ない動物資源で高効率かつ定量的に評価可能であることも実証されました。
これらの成果は、IPF病態の理解を深めるとともに、細胞老化を介した線維化進行の新たなメカニズムの解明や、肺線維症薬・抗がん剤の副作用評価法の高度化に貢献することが期待されます。
図1 本研究から明らかになったブレオマイシンによる細胞死進行のメカニズム
使用した肺組織は、マウス正常肺と特発性肺線維症(IPF)様の病態肺です。ブレオマイシン処理により、活性酸素種(ROS)の産生が誘発され、細胞内の核膜構造が崩壊します。これにより、核内DNAが細胞質側に漏出し、ブレオマイシンにより損傷したDNAの修復が困難となり、細胞死(ネクローシス)が進行するメカニズムが示されました。
図2本研究で使用したマウスモデルとPrecision-cut lung slices, PCLS
(A)マウスモデルは、当研究室で開発したinduced-UIPモデルであり、ブレオマイシンを単回投与することで、慢性的な肺線維化を再現するユニークなモデルです。病理学的には特発性肺線維症(IPF)に特徴的な蜂巣肺構造が観察される、世界的にも類を見ないモデルです。
(B)Precision-cut lung slices, PCLSは、肺組織をビブラトームにより均一に薄切したもので、肺の3次元構造を保持したまま、invitro環境下で様々な解析が可能な手法です。一般的に、このような肺切片を用いた培養システムは「PCLS Ex vivo培養」と呼ばれ、今後、薬剤の毒性評価や疾患モデル研究への活用が一層広がることが期待されています。
【研究の意義と今後の展開や社会的意義など】
本研究は、抗がん剤ブレオマイシンが特発性肺線維症(IPF)において線維化を直接促進するのではなく、老化促進と細胞死を介して間接的に線維化の進行に寄与する可能性を示した点で、IPFの病態理解に新たな視点を提供しました。
さらに、Precision-cut lung slices(PCLS)技術の活用することで、従来よりも少ない動物資源で効率的かつ再現性の高い肺組織解析が可能となり、今後の薬剤評価や病態研究の発展に寄与することが期待されます。
社会的には、高齢化社会における呼吸器疾患治療の高度化や新規治療標的の開発につながる成果であり、将来的には患者のQOL(生活の質)改善や医療負担軽減につながる可能性があります。
【用語解説】
特発性肺線維症(Idiopathic Pulmonary Fibrosis; IPF)
原因不明の進行性肺疾患であり、肺の間質組織が硬く厚くなることで呼吸機能が低下する。高齢者に多く発症し、治療法は限られている。
ブレオマイシン(Bleomycin)
抗がん剤の一種であり、がん細胞のDNAを切断する作用がある。副作用として肺に線維化を引き起こすことが知られている。
細胞老化(Cellular Senescence)
細胞が増殖を停止し、機能低下や炎症促進因子の分泌など病態形成に寄与する状態。
Precision-cut lung slices(PCLS)
肺組織を均一な薄切片に加工し、肺の三次元構造を保持したままin vitroで解析可能な技術。毒性試験や病態研究に有用。
蜂巣肺構造 (Honey comb structure)
肺の組織が破壊され、ハチの巣のような空洞が多数形成された異常な状態。特発性肺線維症などの進行した肺疾患に特徴的に見られ、呼吸機能の大幅な低下を伴う。
【研究助成】
本研究は、文部科学省/日本学術振興会 科学研究費助成事業(科研費)23K07879の助成を受けて実施されました。
【論文タイトル】
Bleomycin promotes cellular senescence and activation of the cGAS-STING pathway without direct effect on fibrosis in an idiopathic pulmonary fibrosis model
【著者】
三浦 陽子、ミラド ナディア、高田 晶帆、金澤 智*
所属
名古屋市立大学 大学院医学研究科 神経発達症遺伝学
(*Corresponding author)
【掲載学術誌】
学術誌名 Aging
DOI番号:https://doi.org/10.18632/aging.206312
【研究に関する問い合わせ】
名古屋市立大学 大学院医学研究科 客員教員 金澤 智
住所 名古屋市瑞穂区瑞穂町川澄1
【報道に関する問い合わせ】
名古屋市立大学 病院管理部経営課
愛知県名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1
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(2025/09/01 16:21)