「負けるとお金を払う?」「貯金しないと厳しい?」藤井聡太の師匠・杉本昌隆八段が解説 意外と知らない“棋士のお金事情”とは
確定申告の時期である。2023年10月から導入されたインボイス制度もあり、今年は戸惑う方が多かったと聞く。私もその1人だ。 将棋界では2月に前年の棋士の獲得賞金、対局料ベストテンが発表される。 昨年のトップは藤井聡太竜王・名人の1億8634万円。これを多いと見るか少ないと見るかは意見が分かれるが、全冠制覇の八冠だし、これぐらいはあって良い気がする。 第10位の棋士で約1700万円。棋士は好きなことを仕事にしており、総じて恵まれた職業と思う。 ちなみに私は30代の前半の棋戦準優勝によりその年だけ収入が倍増、ベストテンを狙える位置に付けたことがある。だが翌年は途中で負けたので当然のように圏外。やはり1年1年が勝負の世界なのだ。 さて、棋士は公益社団法人日本将棋連盟に所属している正会員だが、個人事業主でもある。自分で確定申告を行い、税金も納める。 まだ棋士という職業が一般的でない頃はこう聞かれることもあった。 「棋士が勝てば収入になるのは分かります。では負けるとお金を払うのですか?」 いや、それでは職業でなく賭け事だ。
棋士は本当に一部の人しか生活できない。そう思われた時代もあった。私が20代四段の頃、年長のある人に言われた。 「あなたも今は若くて独り者だから良いけど、将来どうするの? 将棋ばっかり指してたら家族養っていけないでしょう?」 とてつもなく大きなお世話だが、親身な意見でもあった。あの人に今の将棋界や藤井八冠の活躍を見せたいものだ。 棋士の義務の一つは公式戦に出場すること。一局指すごとに将棋連盟から「対局料」が支払われる。 公式戦には主催社、つまりスポンサーが付いており、これが対局料の原資になる。棋戦主催社の多くは新聞社であり、将棋連盟が主催社と契約することにより、私たちは将棋を職業にできるのだ。 給料制ではないが、順位戦のクラスと竜王戦を始めとした各棋戦の成績に応じた「参稼報償金」が毎月支払われる。これが私たちの給料に該当する。 収入を増やすも減らすも自分次第。やはり棋士は勝ってこそ幸せを掴める職業である。
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一般的な会社では、同期の新入社員なら給料にも大きな差は出ないだろう。だが棋士はその活躍度によって収入もまるで違う。 例えば公式戦は勝ち負けに関係なく対局料が貰えるが、多くの棋戦はトーナメントなので、1回戦で負けたらそこで終わり。勝者は2回戦、3回戦と続くので、ここで収入に大きな差が付くのだ。 今は企業もそうなりつつあると聞くが、将棋界の勤続年数と収入は比例しない。私が20代の新人の頃、先輩棋士に言われた。 「棋士は、若い頃は同世代のサラリーマンより収入が多い。でも福利厚生が期待できないし、身体を壊したら収入がガクンと減る。1年目がピークもあり得るので、若い頃から活躍して貯金もしっかりしないと厳しい」 この考えは今でも通用する。あの頃はピンとこなかったがその通りだった。あの時代に戻って自分に説教したい気分にもなるのだ。 子どもが将棋で強くならないとホッとする…藤井聡太の師匠・杉本昌隆八段が綴る“棋士ならではの子育て観” へ続く
杉本 昌隆