愛子さま 帰国時も左手に「ラオスの白い糸」 天皇陛下はラオスで「ごっつんこ」 おふたりのラオスほっこり名場面

クワンシーの滝を視察する天皇、皇后両陛下の長女愛子さま。政府要人との会談や晩餐会など重要行事を皇女として立派に務め上がるなか、豊かな自然に囲まれ、ほっとしたような表情を見せた=2025年11月20日午後4時13分、ラオス・ルアンプラバン

天皇、皇后両陛下の長女、愛子さまが11月22日にラオスから帰国した。6日間に渡った初めての公式訪問を無事に終えた。ラオスの文化や伝統について敬意を示す姿とあたたかな人柄は、現地で好意をもって迎えられた。13年前にラオスの地で、当時皇太子であった陛下と面会し、そして今回も愛子さまと懇談をしたNGO代表を務める日本人女性がいた。おふたりがラオスで見せた、あたたかな姿とはーー。

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 コツン。

  天皇陛下(当時、皇太子さま)のおでこが、ドアにぶつかると、部屋にいた人びとはみな、笑い出してしまった。

 陛下も、照れくさそうに笑った。

 2012年、ラオスを公式訪問中だった陛下は、首都ビエンチャンに建つ5つ星ホテル「ラオプラザホテル」で、在留邦人と懇談を終えたところだった。

 にこやかな表情のまま、部屋を出ようとした陛下。しかし、出口を間違えて鍵のかかったドアを開けようとして、ドアと「ごっつんこ」となったのだ。

 ちなみに、なぜ、「皇太子」自らドアを開けることになったのかは、謎だという。

「まだ、陛下は50代前半。お若くて気さくで、部屋の空気がパアッと明るくなりました」

 楽しそうな表情で、当時を振り返るのは、ラオスで教育支援活動を続ける冨永幸子さん(81)。現地の人びとの「職業訓練」や「学校建設」などの教育支援を続ける国際NGO「IV-JAPAN」の代表として、およそ30年に渡り、ラオスに住み活動を続けている。

 それから13年。冨永さんは、ラオスの地で天皇陛下の娘である愛子さまに会う機会に恵まれた。

クワンシーの滝を視察する愛子さま。ホッとしたようなチャーミングな笑顔に、青のパンツ姿がカッコイイと評判に=2025年11月20日午後4時13分、ラオス・ルアンプラバン

 2025年11月21日午後。

 愛子さまが、ビエンチャンにあるホテルの広間に姿を見せると、その場はふんわりと明るい空気に包まれた。

 ラオスで活躍する在留邦人と愛子さまの面会は、滞在最終日の21日午後。連日に渡る政府トップや要人との面会、晩餐会などの重要行事を成功させ、この日も朝から各施設への訪問や懇談が続いていた。

特産のシルクを展示する「ラオスの織物の至宝展」の視察に訪れ、出迎えを受ける愛子さま=2025年11月21日午前10時47分、ビエンチャン

「在留邦人と懇談された日も、朝から予定がびっしり詰まっており、お疲れのはず。このときも、長い時間立ちっぱなしでしで、すこし心配いたしました」(現地で立ち会った人物)

 だが、愛子さまは、疲れた表情ひとつ見せないどころか、やや声を弾ませるようにして語った。

「先ほどラオ・シルク・レジデンスで、機織の体験を少しだけさせていただいて、楽しくて」

 そんな愛子さまと会話をしていたのが、冨永さんだ。

 ラオスで織物に使うシルクの糸は、日本の紬(つむぎ)に用いる繭の真綿(まわた)に似て糸が太く丈夫であることや、冨永さんもラオスの繭糸から作った着物を博物館に寄付したことを話した。

 愛子さまはすぐに反応した。

「その作品も拝見させていただいて」

 シルクの織物以外にも、懇談の話題は広がった。

ラオスの在留邦人らと面会する愛子さま。愛子さまと話す、着物を着用した女性が国際NGO「IV-JAPAN」代表富永幸子さん。在留邦人の女性は、ラオスの伝統衣装の巻きスカートであるシンを着用=2025年11月21日午後2時8分、ビエンチャン

 ラオスは、自然豊かな美しい国である一方で、教育の機会に恵まれず、就業のチャンスすらも逃す人びとが多くいる。

 冨永さんは、そうした人たちのために、洋裁や理容美容、調理や木工家具の製作分野での職業訓練に加え、社会課題にも取り組んでいる。2030年代に高齢化社会を迎えるラオスでは、高齢者の一人暮らしも社会問題化しており、高齢者のケアや介護技術などについても現地で指導している。

 冨永さんは、いま81歳。教育支援活動を受けたラオス人の「卒業生」は、4000人を超えた、と伝えると、愛子さまはこう言葉をかけた。

「大変なお仕事を…。どうぞ、お身体に気をつけて」 

 実は、冨永さんは、1968年に東宮御所で上皇ご夫妻とも面会をしている。冨永さんは、当時は20代。上皇ご夫妻ご結婚を記念して政府が立ち上げられた総理府主催のプログラムで、アジアの途上国に青少年を派遣するという内容であったという。

ラオス訪問を終え、成田空港に到着した長女愛子さま。左手首には、ラオスの伝統儀式「バーシースークワン」で巻いた白い糸が着けられたままだ=2025年11月22日午前7時3分

 それから、アジアの教育支援事業に打ち込み、30年以上もラオスに住むこととなった冨永さん。

「3代に渡り、天皇家の方々にお会いできたというのは、不思議な人生です」

 ラオス人の教え子には、縫製の仕事でラオスの伝統服の製作に携わる人も多い。

 愛子さまが仏塔の参拝や政府の首脳らと面会する際に、ラオスの巻きスカートの「シン」と「パービアン」と呼ばれる肩掛け着用してくれたことや、晩餐会などでラオス語を使ったことに、彼らは感激していたという。

 冨永さんは、日本人のスタッフや関係者に、ラオスの官庁に行く時は必ずラオスの伝統服を着てゆくようにと助言している。隣国のタイとラオスは、文化や言葉も似ている。そうであっても、タイの王女がこちらに来るときは、やはりラオスの伝統衣装を着用しているという。

「愛子さまは、相手国の文化に対する敬意を見せることが、国際親善においてどれほど大切なことかを、よく理解していらっしゃるのでしょう」

 愛子さまは、帰国した際、ラオスへの公式訪問の日々について、こう振り返っている。

「皇室の方々の歩みを受け継いでいく思いを新たにするとともに、(略)日本とラオスの友好親善と協力の関係がより一層進展することを心から願っています」

 愛子さまがこの言葉に込めた思いは、ラオスの人びとにもしっかりと伝わったに違いない。

 22日、成田空港に到着した愛子さまの左手首には、ラオスの伝統儀式「バーシースークワン」で巻いた白い糸が、巻かれたままであった。

(AERA 編集部・永井貴子)

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