裏金批判で揺らぎ始めた保守基盤、自民王国・山口でも逆風-衆院選

派閥を巡る政治資金問題への批判がおさまらない中、自民党の衆院選での苦戦が浮き彫りとなっている。古くからの保守王国として知られる山口県でも、強固とされた基盤が揺らぎ始めている。

  「強い強い逆風が吹いています。これを何とかここで踏みとどまらなければいけない」。山口2区から出馬した前職の岸信千世氏は15日の出陣式で、支持を訴えた。対する立憲民主党元職の平岡秀夫元法相は同区は日本政治の縮図だとして、「別の選択肢があることを示す役割を担っている」と強調した。

  自民党は政権を奪還した2012年の衆院選以降、山口県の小選挙区で全勝してきた。都市部との一票の格差是正のため、4選挙区から1減の3選挙区となった今回は、岩国市などを含む2区が与野党一騎打ちの構図となり、予断を許さない状況となっている。岸信夫元防衛相を父、安倍晋三元首相を伯父に持つ信千世氏が党への批判を打ち返せなければ保守基盤のほころびにつながる。

  朝日新聞は21日付朝刊に掲載した衆院選の情勢調査で与党の過半数維持は微妙と報じた。19、20両日に行った世論調査で投票先を決める際には自民党の裏金問題を54%が「重視する」と回答。石破茂内閣の支持率は33%にとどまり、不支持率が39%で上回っているという。

  下松市の会社員、山井浩之氏(54)は、旧安倍派議員らによる政治資金収支報告書への不記載は問題だとした上で、「みそぎを済ませたと言わせたくないから、選挙区も比例区も自民党には投票しない」と語った。信千世氏自身は裏金問題で処分を受けてはいないが、山井氏は父親から資金管理団体ごと引き継ぎ、政治活動を行っていることに反感を覚えているという。 

  岸氏を支援する岩国市議会の植野正則議員は、「若い政治家を育てることは大切だ」と強調する。しかし、今回は区割り変更で信夫氏の時代を知らない10万人が有権者に加わっており、選挙の行方は楽観視できないと述べた。

地方の声

  幕末に松下村塾を開設した吉田松陰の影響を受けた長州藩の木戸孝允、伊藤博文らは薩摩藩と共に明治維新を主導した。1885年に内閣制度を創設して自ら初代首相を務めた伊藤に始まり、山口県からは戦後の岸信介、佐藤栄作、安倍各氏を含む最多の8人の首相を輩出している。

  かつては漁業や炭鉱業で栄えたが、若年層の転出超過が続き人口は1980年代から2割減少した。地域経済は疲弊している。面積の7割を占める山あいに人口1ー2万人規模の集落が点在し、商店街の多くがシャッターを閉じたままだ。ただ、人口減少局面であっても道路の整備は進み、九州との間を巨大なつり橋でつなぐ構想も進んでいる。

  背景の一つに、地方の有権者は人口が集中する大都市よりも国に声を届けやすいことがある。今回の衆院選では一票の格差を是正するための「10増10減」で山口県など10県の選挙区が減り、東京、神奈川などで選挙区が増えた。ただ、総務省の資料によると、見直し後も一票の格差は2倍を超えており、地方で投じる一票が都市部より相対的に重い状況は続いている。

1選挙区あたりの有権者数は地方が少ない。都市部に比べて1票に重み

出所:総務省

  地方の高齢者層には自民党への支持が強い傾向もみられる。自民党は長年、農業や漁業団体、建設事業者など地域の産業から要望を受けて国とのパイプ役を果たしてきた。山口県の今年度当初予算の歳入のうち、国が公共事業や災害復旧など事業使途を決めて交付する「国庫支出金」は852億円で全財源の11%を占めた。

  2区の岸氏は公示日の演説で、「市や町に要望をあげてもらい、国に届ける仕事をしている」と主張。かけつけた自治体トップらとの結束をアピールした。伝統的な自民党政治を継承する形だ。

  S&Pグローバルマーケットインテリジェンスの田口はるみ主席エコノミストは、毎年のように巨額の補正予算を組んで地方にも配分しているが、人手不足の問題もあってうまく事業が進まず、地方の人はあまり恩恵を感じていないとの見方を示した。物価高騰の長期化で政治への不満がたまり、年金生活者も多い高齢者の保守層にとって「自民党が魅力的に映る要素は減ってきている」とも指摘した。

山口県での支持が最も高い 自民党を支えるのは地方の高齢者だったー21年衆院選

Sources: 出所:総務省

民主党政権の記憶

  強い逆風下にある自民党だが、2009年から3年間の「民主党政権による混乱」を挙げ、有権者の支持をつなぎとめようとの動きも見せ始めている。石破首相は22日の街頭演説で、政権交代を掲げている野党がどのような政権をつくろうとしているのか全く分からないと批判した上で、「何としてもこの連立政権を守り抜いていかなければならない」と語った。

  下関市議会の安岡克昌副議長は、民主党政権時に道路などのインフラ整備が停止した際の困惑を有権者は忘れないという。教育や福祉に財源が偏ることへの懸念があり、米軍の岩国基地を抱える山口県では外交や防衛などバランスの取れた政策を求める傾向があると語った。

  一方で、政権交代から10年以上が経過して当時の記憶が薄れつつあるのも事実だ。

  岩国市の30歳の会社員、高岡麗奈氏は、両親や祖父母は熱心な自民党支持者だが、立憲民主党に投票するつもりだと話す。勤め先の労働組合が支援をしており、「自民党より庶民の味方だ」と感じているという。

  安倍元首相の地元だった長門市も例外ではない。長年自民党を支持してきた団体の幹部は、「政治とカネ」を巡る問題への憤りから、期日前投票で比例区は共産党に投じたと語った。

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