26歳で急逝の「共犯者」洋平さん 遺族が所属事務所通じコメント「どうか、忘れないでやってください」
お笑いコンビ「共犯者」の洋平さんが4月10日、26歳の若さで死去した。所属事務所「松竹芸能」は20日、公式サイトに洋平さんの遺族のコメントを掲載した。 【写真あり】26歳で急逝のお笑いコンビ「共犯者」洋平さん 相方が悲しみ吐露 松竹芸能は「4月10日に逝去しました共犯者 洋平のご家族より生前応援頂いたファンの皆さま、関係者の皆さまに向けてメッセージをお預かりしましたのでここに紹介いたします」と報告し、洋平さんの兄のメッセージを掲載した。 松竹芸能は今月10日、公式サイトで洋平さんの訃報を伝えた。「あまりに突然の出来事に、所属タレント、スタッフ一同、未だ現実を受け止めきれず、深い悲しみに暮れております。原因につきましては現在確認中ではございますが、医師からは急性の疾患によるものと伺っております」とした。 共犯者は、洋平さんと国京によるコンビで2020年9月に結成。昨年の「M-1グランプリ2025」では、準々決勝進出を果たしていた。 ▼以下、洋平さんの兄のメッセージ 共犯者 洋平を応援してくださった皆様へ親族を代表し、兄である私から感謝の意を込めてご挨拶させていただきます。 故 共犯者 洋平 遺族代表挨拶 本日、葬儀を無事に執り行いました。生前の弟の人柄がよく表れた、温かい時間でした。お忙しい中、また遠方よりご参列いただいた皆様に、この場を借りて深く御礼申し上げます。 4月10日の夜。あの日のことを一生忘れることはありません。連絡を受け急いで向かった先で、弟はソファーに横たわっていました。何度も何度も呼びかけましたが、眠っているような顔のまま、二度と目を覚ますことはありませんでした。 奇しくも亡くなった二日後は、私の誕生日でした。「節目の年齢なんだから飯連れてけ」と半ば強要し、一緒に食事に行く予定があったのですが、それが叶うことはもうありません。誕生日プレゼントも毎年贈り合っていたのですが、これまで私が贈った物は、全て、私の手元に戻ってきました。「義理」なんて、本当に口だけの男です。 トレードマークの金髪とリーゼントは私の提案でした。深夜1時。嫌がる弟の髪の毛を無理やり染めて、「痛い!痛い!ヒリヒリする!」と騒ぐ姿を見てゲラゲラ笑ったのを昨日のことのように思い出します。「すぐ黒髪に戻してやる」と言っていたくせに、後日「兄貴。けっこういい感じだわ。また染めてくんね?」と再びやってきました。本当に困ったやつでした。 小さい頃から私の後をくっついて歩き、親の言うことは聞かなくても、私の言うことだけは素直に聞きました。そう、かわいいやつなんです。上京してからも、母を気遣い毎日のように電話をしていたそうです。 母もどんなに小さなライブでも必ず東京まで観に行き、ネット上の記事や動画も全て保存。まぎれもなく一番のファンでした。父とは仲がいいのか悪いのか、幾度となく取っ組み合いの喧嘩を繰り広げていました。「俺が東京に出てから喧嘩相手がいなくて寂しいだろ?」と、いつものニヤっとした顔でよく父と会話をしていました。あの日から父は、とても寂しい思いをしています。 そんな弟は、もう、私の生きる世界にはいません。あの日から私は一人っ子になってしまいました。その現実を、未だに1ミリも受け入れられずにいます。 芸人として活動した5年間。弟のことを愛して慕って応援してくださった皆様には、本当に感謝しかありません。決して順風満帆ではなく、辞めようかと相談してきたこともありました。それでも続けてこれたのは、ひとえに皆様の支えがあったからです。道半ばでこの世を去ってしまいましたが、いつかまた会えた時には、力一杯抱きしめて、力一杯褒めてやると私は決めています。生きていたら口が裂けても言いませんし、言ったこともありませんが、洋平は世界にたった一人の、大切な、私の弟です。 ですから、どうか皆様も、弟のことを忘れないでやってください。時々でいいので、共犯者のネタを見て笑ってください。あんなやつがいたな、と思い出してください。忘れたくても忘れられない、強烈なキャラとデカい顔なので、心配はしていませんが、お節介な兄の最後のお願いです。 長くなりましたが、以上を持ちましてご挨拶とさせていただきます。本人に代わり御礼申し上げます。本当にありがとうございました。 追伸 最後に一つだけ。公式プロフィールの体重は85kgとなっていますが、本当は100kg近くあります。やつは最後までサバを読んで、見栄を張ったまま去りました。加えて、病的なほどの重度のマザコンです。ついでに言うと、漫才の時のキャラも口調も、普段のあいつそのまんまです。舞台上で「演じる」なんてことは、一生かかってもできなかったようです。