買春したのは「妻の妊娠」「仕返し」…フランスで罰を受けた男たち:朝日新聞

以前は街中にも売春のために立つ女性たちの姿があったが2016年の法律制定以降は減ったという=パリ市、大貫聡子撮影

 妻が妊娠中だったから。

 母が亡くなって落ち込んでいたから。

 パートナーにセックスを拒否され、仕返しのつもりだった――。

 「なぜ買春したのかを問われると、多くの人がこう答えます。本当のことを話しているかはわかりませんが」。フランスで、これまで1千人の買春者に会ったというフレデリック・ボワザールさん(54)は肩をすくめる。ボワザールさんは、性売買や性搾取の問題に取り組む「セル財団」のスタッフだ。

2016年、フランスは買春を「暴力」と位置づける法律をつくり買春者を厳しく取り締まっています。日本は売買春を禁じながら、いまだに売る側の行為だけが処罰の対象ですが、高市早苗首相が規制のあり方の見直しを法相に指示する動きも出ています。フランスの性売買の現場を歩きながら、いまの日本の課題に迫ります。

 フランスでは2016年、買春を暴力と位置づけ、買う側に罰則を科す「買春処罰法」が成立した。売る側である女性たちは「被害者」として保護される。1993年に設立したセル財団は、「客がいなくなれば被害者は出ない」という考えのもと、人身売買の撲滅を目指し、2011年からは法制定を求めて国会議員などに働きかけてきた。

 女性が自発的に売春に至ったと受け取られないよう、ボワザールさんら支援者は皆「売春する」「売春に従事する」という言い回しをせずに「売春の状況にある」と表現する。

 パリ市内のカフェで記者が会ったカタリナさん(仮名・24歳)は「これからの人生で男性を好きになったり、つきあったりすることはないと思う」とつぶやきました。

 法施行後、有罪判決を受けた買春者たちには、罰金のほか再犯防止の講習が科される。

 24年にフランス政府が出した報告書によれば、23年に警察などが記録した売春や売春あっせんの被害者は1389人。94%が女性だった。買春した客やあっせん者の99%が男性だった。買春者の有罪判決は420件(22年)あり、156人が講習の受講を命じられた。

年代は様々、教師も社長も警官も

 ボワザールさんは、これまでに150回近い講習を行ってきた。昨年は14回で、参加者は全員男性だった。

買春者への講習をおこなう「セル財団」のフレデリック・ボワザールさん=2025年6月2日午後10時28分、パリ、大貫聡子撮影

 買春を犯すのはどんな人たちなのか。年齢は10~80代と幅広く、大半はパートナーや子どもなど家族がいる。仕事も学生や教員、企業の社長など様々で、中には警察官もいる。女性を「性的欲求を満たすための存在」と捉えている点で共通していたという。

 セル財団が行う講習は朝から夕まで丸一日あり、参加者は毎回10人程度に設定される。

 最初は自己紹介から。参加者は家族や仕事、買春した状況や理由を同席者たちに説明する。受講中は敬語を使う。売春の状況にある人を侮蔑したり、攻撃したりするような表現は使わないルールだ。

 また、「未成年への買春は認められるべきだ」などの「持論」を展開するようなことがあれば、司法機関に連絡を取ることを事前に伝えるという。

 講習の最後には、過去に売春の状況にあった女性が登壇する。以前から性暴力を受けていたり、客から暴力を振るわれたり。体験を話すうちにトラウマから涙を流したり、精神的に不安定になったりする人もいるという。目の当たりにした受講者は泣き出したり、黙り込んだり。反応は様々だという。

ウーバーイーツを頼むように」女性を選ぶ

買春者への講習を行うフレデリック・ボワザールさん。指さすポスターには「女性は売っていません」と書かれている=2025年6月3日午前0時14分、パリ、大貫聡子撮影

 ボワザールさんは、年齢によって買春への考えや方法が異なるとの印象を持つ。65歳以上は若い時から買春を繰り返し、女性や性別に関する偏見が非常に強いことが多い。一方で35歳未満は、ネットやSNS経由が多く、まるで「ウーバーイーツで食事を頼むように」コメント欄を参考に肌の色や胸の大きさなどで選ぶ。

 ボワザールさんは、「クレープをめくるような(少しずつの)変化ではあるが、若い世代の方が講習で変わる余地がある」と感じている。

 法施行後、売買春をめぐる社会の意識は変わりつつあるという見方もあるが、「講習に来る人たちは、20年前と全く同じ」とボワザールさん。「法律が悪い」「売春はなくならない。一番昔からある仕事だ」という人もいるそうだ。

 それでも、裁判所からの講習の通知を家族に見られたくないと「毎日仕事を早く切り上げて、妻より先に自分が手紙を受け取ろうとした」と話す人もいる。繰り返すと雇用主に知られる場合もあり、「再犯しないために講習を受けたかった」と話す人も。

 「長い間持ち続けてきた考えを1日や2日で変えることはできない。それでも、講習を通じて情報を伝え、社会的な責任を問うことで、一定の抑止効果にはつながっていると思います」とボワザールさん。

 日本ではいまも、売春のために客待ちをしたとして女性たちの摘発が相次ぐ現状がある。

「買う側を取り締まるべき」日本でも声が

売春防止法について、厚生省(当時)や警察庁、法務省などがつくったポスター。「なくそう売春」と呼びかける=一般財団法人女性労働協会女性労働アーカイブ提供

 1956年に制定された売春防止法は、売春のあっせん行為や場所の提供には罰則を科す。売買春については禁止を宣言するだけで罰則はない。一方、公衆の目にふれるような方法で売春の相手方になるよう勧誘したり、客待ちしたりする売る側の行為には罰則を科す。

 実際に東京・新宿の路上などで取材をすると、女性に声をかけるのは圧倒的に男性の方だった。

 売春の状況にある女性たちの保護や支援をしてきた「Colabo」代表の仁藤夢乃さん(35)は、孤立や貧困など複数の困難を抱える女性が性売買に誘導され、搾取されているにもかかわらず、いまの売防法は「買春者を受け身の存在として位置づけ、見えないようにしている」と批判する。

 「女性という性を商品化し、搾取する構造があるなかで、女性の責任に帰しても社会は変わらない。買う側の責任を問い、取り締まるべきだ」

 高市早苗首相が11月11日の衆院予算委員会で、売春防止法の規制のあり方の検討を法相に指示しました。これまで罪に問われなかった買春行為について検討されることになります。現在の売防法は、いつ、どのようにしてできたのでしょうか。

 国は11月12日から25日まで「女性に対する暴力をなくす運動」を実施している。

●配偶者暴力相談支援センター ☎#8008(はれれば)

●性暴力・性犯罪被害者のためのワンストップ支援センター ☎#8891(はやくワンストップ)

 年齢や性別を問わず相談できる。

この記事を書いた人

大貫聡子
くらし報道部
専門・関心分野
ジェンダーと司法、韓国、マイノリティー

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