AIや統計の数式を解説する美少女VTuber「AIcia Solid Project」生みの親が語る、継続できるアウトプット活動とは?

 AIcia Solid Projectは「本気でデータサイエンスに取り組むあなたを応援する」と掲げ、毎週YouTubeにデータサイエンスに関係する論文要旨や数式解説を投稿している。解説者は、赤いフレームのメガネをかけた女の子「アイシア=ソリッド(AIcia Solid)」という名前のキャラクターだ。そのAIcia Solidの生みの親である杉山聡氏は、VTuberとして活動する傍ら、普段は企業でデータサイエンティストとして働いている。アウトプット活動を続けるようになった経緯や、得られるメリットについてお伺いした。

 「AIcia Solid Project」は、データサイエンスVTuberの「アイシア=ソリッド(AIcia Solid)」(以下、アイシア)が、データサイエンティスト向けAIに関連する技術を解説する動画チャンネルだ。開設は2018年6月、2025年1月現在でチャンネル登録者数は約5.8万人、登録動画数は339本ある。

 動画内でアイシアが「私のマスター」と呼ぶ人は杉山聡氏。数理物理を専門とする博士(数理科学/東京大学大学院)で、PeopleTech事業を展開する株式会社アトラエのデータサイエンティストでもある。また、データサイエンティスト協会のスキル定義委員も務めているという。

 元々は数学の研究者を志望していたが、現在はYouTubeを通じてデータサイエンスの講義をしている。杉山氏は「今風の貢献ができてうれしい」と話す。また、今は研究職ではないものの、AIが社会に大きな価値をもたらしている中で、AIの基礎研究にも興味を持っているそうだ。

 本業の株式会社アトラエでは、入社直後マーケティングを担当していた。その後、同社が運営している転職サイト「Green」でデータ分析をするようになり、2018年10月から会社で1人目のデータサイエンティストに就任し、データサイエンスチームを立ち上げた。ChatGPT登場以来、LLMや生成AI活用を業務に取り入れる役割も担っている。

Alcia Solid生みの親 杉山 聡氏

AIcia Solid Projectに込められた想いとは?

 続いて、AIcia Solid Projectに話を移した。こちらの動画チャンネルでは、毎週金曜日に1本、新作動画を投稿している。冒頭に述べた通り「本気でデータサイエンスに取り組むあなたを応援する」をコンセプトに、統計や分析技術(多変量解析)、またはAIに関わる機械学習、深層学習、強化学習などについて、関連する論文や数式を解説している。

 大きな特徴としては、数式を重点的に扱っているところだ。数式は多くの人にとって見たくないものではあるものの、データサイエンスに向き合うならば統計に関する知識や数式は避けては通れない。杉山氏は「多くの人が数式を見たくないことは知っています。動画を見ることで、数式をできるだけ苦労せず理解し、早く次の実践段階に進めるように意識して動画を作っています」と説明する。

 「これさえ見れば、数式に触れることなく統計を理解できる!」とうたうほうが引きがあるかもしれない。しかしAIcia Solid Projectでは、あえてその逆を行く。数式を見せて、イメージし理解できるように解説する。ここは、数学の研究職を志していた杉山氏ならではの知識や強みが発揮されている。数式を板書しながら解説するスタイルは、大学の講義を視聴しているかのようだ。

 最多視聴数となる動画は「【深層学習】Transformer - Multi-Head Attentionを理解してやろうじゃないの【ディープラーニングの世界vol.28】」。この動画は、AIの能力を飛躍的に高めることに貢献したTransformerと、その論文「Attention is All You Need」を紹介し、そこで出てくる数式をサクッと40分ほどで解説している。2021年7月に公開され、累計視聴回数は11万を超える。「神動画」と称賛されている。

 また、杉山氏の推しは「強化学習の探検」シリーズ。ロボット制御にも関わる強化学習の基礎から深層強化学習まで、概念から詳細までしっかり解説している。杉山氏は「個人的に、強化学習の技術は近いうちにとんでもなくバズっていると思います。それを見すえて強化学習を勉強して、ロボット制御などに挑戦するといいのでは」と話す。

 動画投稿自体は、当初は気楽に「なんとなくやってみるか」で始めたという。動画制作についても、すごく詳しくなってから解説動画を作るのではなく、勉強と制作を並行することで続けている。動画を制作すること(アウトプット)自体が、勉強になるため「数字にならなくても自分の勉強になるから、続けやすいですし、すごくいいことだと思っています」と杉山氏は話す。


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 金髪ロングヘアのアバターを採用しているところもAIcia Solid Projectの大きな特徴だ。VTuberについて少し振り返ると、VTuberのパイオニアとして知られる「キズナアイ」の最初の投稿が2016年11月末。ただし初期はUnityや3Dソフトが必要で、技術的なハードルがあった。

 そうした中、2018年4月にソーシャルVRサービスとなるバーチャルキャストが提供開始となった。これに目を付けた杉山氏は「とりあえず気楽に美少女になってみよう」と試したことからAIcia Solid Projectにつながった。

 バーチャルキャストを知る人なら分かると思うが、初代アイシアのアバターは、バーチャルキャストにデフォルトで付属するアバターを少し改変したものだ。杉山氏は赤いフレームのメガネが知的に見えて気に入っているそうだ。初代は黒いガウンに赤い鉛筆だったが、2023年末から2代目に生まれ変わっている。

 2代目のママ(デザイン)は「ばんちょう」さん、パパ(モデリング)は「キツネツキ」さん。色合いは維持したものの、見た目は初代から大きく変更し、より洗練された装いで、指し棒を持つデザインに変更された。状況により、ネコの耳やシッポもつけることもできる。杉山氏は「超尊敬している人達に打診したら、快諾してもらえた」と嬉しそうに話す。

AIcia Solid

 VTuberとしてのスタイルは、この動画チャンネルの成功に大きく寄与した。というのも、アバターを利用することで制作作業の心理的な負担が大きく減ったそうだ。

 これまでも杉山氏は何度かYouTubeチャンネルに挑戦したが、うまく続かなかったという。恐らくテーマやタイミングなどいろんな理由があったとは思うが、自分が写っている動画を編集することが心理的な負担の1つになっていた。

 自分の写真や動画を見るだけでも抵抗ある人は少なくないのに、さらに編集までするとなるとかなりつらい。慣れれば乗り越えられるのかもしれないが、杉山氏にとってはそれが苦痛だった。そのため見た目だけでも自分自身ではなくアバターにすることで、かなり心理的に楽になり、次々と動画を生み出せることに繋がった。

 2018年の早い段階でVRを始めたことで、貴重な仲間を得ることにもつながった。VRを黎明期からやっている人たちは、杉山氏から見たら高い技術力を持ち、尊敬できる人が多い。「そういう人たちと対等に会話ができる人間であり続けたい」という思いが活動を続ける動機にもなっている。

配信を継続させるための原動力とは?

 動画制作は、杉山氏が企画構成、脚本、出演と大部分を担い、もう1人のメンバーが動画編集を担当する2名体制で行っている。また、もう1人もデータのプロフェッショナルであるため、大きな方針は2人で決めて進んでいるという。2名体制で行うことで、杉山氏にとって苦痛となる編集作業を任せることができるうえ、「動画素材を待っている人がいる」ことが継続の要因にもなっているという。

 杉山氏が制作作業に費やすのは日曜日。午前中に調査と台本書きまで行い、午後は撮影をする。6年半ほど続ける中で、このリズムに落ち着いている。

 動画の準備は、特に綿密に行っているという。論文紹介の動画では、関連論文なども含め5〜6時間ほどかけて熟読する。動画撮影でも、一度リハーサルして改善点をチェックし、その上で本番の撮影に臨む。

 20分の動画なら、動画素材は60分ほどになる。板書している部分を早回しにしたり、言い直しをカットしたりするためだ。そのため、リハーサルも含めると、撮影にかける時間は20分の動画なら2〜3時間、40分の動画なら5〜6時間になる。日曜がまるまる潰れるのもわかる。

 しかし杉山氏にとって、動画撮影には苦行の側面もある。毎週、開始前に「ああ面倒くさい。イヤだなあ」と思うそうだ。その対策として、気合を入れるために甘いものを買いこむ。甘いものは好きなので食べてしまう。そして「食べちゃったからな!ここで動画を作らないとただ太るだけだ」と自分を追い込んで制作に励むのだそうだ。「だからこの動画は、コーラとシュークリームで出来ています」と杉山氏は笑う。

 しかし、辛いことだけではない。杉山氏は「楽しいこともいっぱいあります。一番はいろんな人と知り合えることと、人の役に立っていること」と言う。動画を通じて「あの動画を作っている方ですね!」と感謝されたり、ためになる話が聞けたりする。よく「情報は発信する人に集まる」と言われるが、まさにその通りだ。

 動画には幅広い層から多くのコメントが寄せられている。基本的には全て杉山氏がコメントを返している。多くは現在AIや統計を勉強中の若い世代からだが、中にはかつてAIを学んだことがある世代から人生の重みを感じるような深いコメントも寄せられている。

 杉山氏にとって、活動の大きな動機の1つが「日本に貢献したい」という気持ちだ。杉山氏は「すごく雑に言うと、高度成長期の日本はめちゃめちゃすごかったのに、ここ30年は失われた時代と言われてしまっている。ここからさらに失われた時代を延長するのか、復活劇にするかは自分や次の世代にかかっているから、ここで何か良くしていきたい。その中でデータはいいテーマになる」と話す。


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 VTuber活動に興味がある人に対して杉山氏は「やろうと思えば誰でもすぐ始められます。最近ならスマホ1つでVTuberになれるアプリもありますから。興味があれば、やってみましょう! 3日坊主でもいいと思います。VTuber に限らず、興味があることは何でも始めてみて、飽きたらどんどん辞めてしまえばいい。10個、20個と始めてみたら、何か1個くらい合うものが見つかります」と話す。何ごともアジャイルに。数多くトライすることも大事かもしれない。

 今後について杉山氏は「引き続きデータ分析で難しいテーマがあれば、ここを見れば解決する場所にしていきたいです。私の投稿ペースより、AIの技術発展の方が速いので、なるべくペースを上げておいていかれないようにしたいです」とさらなるコンテンツ拡充を目指す。

 さらにもう少し活動の幅を広げようとも考えている。データサイエンティストというと「AI作っているんでしょう?」というイメージを持たれることが多いが、実際はもっと幅広い。

 例えば工場なら機械にセンサーを付けたり、職人さんと意見交換したり、あるいは野球ならボールの回転や肘の位置からいろんな分析をするとか。「とても面白いのに知られていないことはたくさんあるので、データサイエンティストの仕事の広さも伝えられるような企画もやってみたいです」と杉山氏。

 最後に読者へのメッセージとして杉山氏は次のように話す。「もし技術的な発信などに興味があるなら、気軽に始めてみるのが良いと思います。ただし目的の設定は重要です。例えば、バズりたいとか有名になりとかであれば、もっと他に効率良い方法があるでしょう。アウトプットしている場合ではありません。せっかくなら自分の勉強になるとか、誰かの役に立つようにとか、長い視点で自分の中から湧き上がる動機で設定するといいと思います。それが続けるコツです」

この記事の著者

CodeZine編集部(コードジンヘンシュウブ)

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