大阪万博閉幕後に起きる建物の処理という大問題…35年前の花博「いのちの塔」は閉鎖・放置で雨漏りがひどい カネがかかりすぎる2025年大阪万博の遺構事業

4月13日に開幕する大阪・関西万博は、閉幕後の経済問題も今から指摘されている。なぜ、課題は尽きないのか。万博の取材を長期にわたり続けてきた朝日新聞取材班は「万博とIR(統合型リゾート)の二兎を追った計画が想定通りにならなかった余波が、開催中ばかりでなく開催地の未来にも及んでいる」という――。

※本稿は、朝日新聞取材班『ルポ 大阪・関西万博の深層 迷走する維新政治』(朝日新書)の一部を再編集したものです。

写真=共同通信社

大阪メトロ中央線の新駅「夢洲駅」の開業式典であいさつする大阪府の吉村洋文知事=2025年1月18日、大阪市此花区

四半世紀ほどかけて完成した夢洲駅

2024年10月31日。大阪メトロ中央線の「夢洲ゆめしま駅」が初めて報道陣に公開された。

内装を手がけた大阪港トランスポートシステム(大阪市の第三セクター)の鉄道事業部長・森川一弘は、誇らしげに話した。

「夢洲は万博やIRの予定地でもあり、世界各国から利用客が訪れる。わくわくして地上に出られるよう、設計した」

夢洲駅(地下2階建て)は隣の人工島・咲洲さきしまにある終点駅「コスモスクエア駅」から3.2キロを延伸して建てられた。大阪市が800億円超を負担するなど、総額で約1000億円に上る見込みのプロジェクトが実を結んだ。

2001年に着工したが、大阪への五輪誘致の失敗で工事が止まった時期もあり、完成まで四半世紀ほどかかった。

地下1階の改札階(幅17メートル、長さ190メートル)には16基の改札がずらりと並び、壁面の大型サイネージ(幅約55メートル、高さ約3メートル)が目を引く。災害時などに多くの人がとどまれるよう、柱はほとんどなくした。年齢や性別にかかわらず使える「オールジェンダートイレ」も設けた。

地下2階のホーム階(ホーム幅10メートル、長さ160メートル)の中央には門の形をした照明をいくつも設け、光のゲートを進むような演出を施した。天井はアルミニウムの素材を使って、運行ダイヤ図を「折り紙風」に表現している。

「空白の5年間」を算出しない大阪メトロ

近未来を感じさせる夢洲駅は万博の会期中、フル稼働が見込まれる。来場者のピーク時には、1日あたり約13.3万人が使う想定となっている。

だが万博が終わった後は、利用者がぐんと減る可能性が高そうだ。IRの開業が30年秋ごろまでずれ込んだ結果、「空白の5年間」が生じるからだ。

万博とIRの二兎を追った計画が想定通りに進まなかった余波は、万博中のIR工事中断要請にとどまらず、夢洲駅の今後にも及んでいた。

府市大阪港湾局の担当者は、市議会常任委員会(24年3月)で説明した。

「(夢洲の)物流施設の従業員は約300人。その従業員に加え、1日に数千人規模のIR工事作業員の来訪が見込まれており、鉄道の利用も見込める」

一方、大阪メトロは「空白の5年間」の利用者数を算出していないという(24年11月時点)。広報担当者はこう話した。

「たしかに万博後の数年は利用者が少ない時期はあるだろう。ただ20年という長期で見れば、全体で黒字化できる」


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ただ、過去の万博のレガシーを残す試みは、成功したとは言いがたい。

1990年に国際花と緑の博覧会(花博)が開かれた鶴見緑地(大阪市鶴見区・守口市)では、展望台を備えた「いのちの塔」(高さ約90メートル)が、緑地運営の「お荷物」になってきた。いのちの塔は2010年、採算が取れずに閉鎖して、その後は放置されている。内部は雨漏りがひどく、エレベーターも故障で動かない。

放置されている「いのちの塔」=2022年9月30日、大阪市鶴見区〔出典=『ルポ 大阪・関西万博の深層 迷走する維新政治』(朝日新書)〕

20年度から公園の管理を請け負う大和リースなどによると、解体には約4億円かかるという。委託した大阪市も「耐震性に問題はないので……」と対応の先送りを続ける。

いのちの塔のそばには、松下電器産業(現パナソニック)の創業者・松下幸之助が花博後に市に寄贈した国際陳列館(花博記念ホール)も残っている。

だがホールの近年の稼働率は、3割に満たない。22年度は25.6%、23年度も29.8%で、ボクシングの試合や地元のカラオケ大会で使われたという。

古くなった空調の設備などは修理しないといけないが、30年以上前につくられた機材なので、部品が手に入らない。機材を交換するには壁やドアを壊す必要もあり、コストは約2億円に上るとされる。

花博のレガシー遺構にかさむ赤字

数年前には、国際園芸博を27年に開く横浜市の担当者が視察に来て、花博のレガシー遺構の現状などを尋ねて帰ったという。応対した大和リースの社員は「花博後に残った施設には、将来の用途や老朽化対策への考慮が甘かったものもある」と話す。

24年7月に鶴見緑地を訪れた奈良県の男性は印象をこう述べた。

「いくつかの建物は廃墟のようだ。放置期間が長引けば、修理費もかさむ。イベント後の建物の処理は、来年の万博でも問題になるだろう」

朝日新聞取材班『ルポ 大阪・関西万博の深層 迷走する維新政治』(朝日新書)

大阪市によると、鶴見緑地には花博のレガシー遺構が八つある。産官学でつくる「懇話会」が、花博の開幕直後に保存を市に提言したという。

だが市は社会のニーズの変化などを踏まえ、いのちの塔や花博記念ホールなど6施設について、「利活用が困難な場合は撤去もやむをえない」とする報告書を19年にまとめている。

市はレガシー遺構を含めた鶴見緑地の管理委託料として、年6億円余りを大和リースなどに払っている。事実上、緑地の維持費だ。

大和リースなどは新たな店舗を誘致するなどの集客策で収支の黒字化を狙うが、22年度は約4600万円、23年度も、新設した施設に絡む汚染土の処理費用がかさんで約2億円の赤字に終わった。


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IRを生かした「国際観光拠点」をめざす夢洲の開発は、どう進むのか。

府市はコンテナターミナルなどを除いた夢洲の中心部を「観光・産業エリア」としている。北から「1期」(70ヘクタール)、「2期」(50ヘクタール)、「3期」(40ヘクタール)に分けて、開発の計画をつくっている。IR予定地が「1期」のほとんどを占め、万博会場の中心部が「2期」にあたる。

府市が2期開発について23年に市場調査をすると、サーキット場、野外ライブ会場、ホテル、商業施設といった提案が計11事業者から寄せられた。その結果も踏まえて、2期開発の方向性を示す「マスタープラン」を万博の開幕前に公表する考えだ。

万博の跡地に関する議論で注目されるのが、大屋根リングだ。

万博協会がリングの利活用法を24年2月に募ると、自治体や大手ゼネコン、木材加工メーカーなど20者から提案があった。このうち有力とみた13者に聞き取りをして、建材として再利用が見込めるのは、全体の約2割(約6000立方メートル)と試算した。価格については、「ほぼ無料」との声が多かったという。

「リングは圧倒的な存在感ですから、おそらく来場される方は『これは残すべきだ』ってなると思う。いろいろ課題はあるけれど、一部を残してレガシー(遺産)にしていく方がいいんじゃないか」

府知事の吉村(洋文)は4月、出演したテレビ番組でそう語った。

閉幕後の万博レガシーへの不安

リングを完全に残すなら、防火対策などで「300億円程度かかる」(関係者)という声も出ている。それは現実的ではないとして、リングの一部をモニュメントとして残す案も万博関係者らから聞かれる。

大阪市の担当者は「リングをすべて残すなら、関係機関とさらなる調整も必要になる。マスタープランで、リングの活用案をどこまで書き込めるか分からない」と話した。

市は万博が終わる頃、2期開発を担う事業者を募り始め、27年春には万博会場の跡地を引き渡したい考えだ。だが、ある幹部は不安も口にする。

「事業者が見つかるかどうかも、課題になるかもしれない」

会場中心部に約1500本の木を植える「静けさの森」についても、保存を望む声が上がった。来場者の憩いの場となり、弁当を食べても良いという。完成が近づくにつれて多くのトンボが飛ぶなど、生物たちも森に集い始めていた。

静けさの森をデザインした忽那くつな裕樹は24年10月11日、夢洲で報道陣に語った。

「万博協会との約束事としては、(閉幕後に)更地にして返すという話だったが、『そんなことやったら、いのち輝かへんやろ』と。個人的にはこの森をレガシーとして残して、緑が真ん中にある街の未来を描いていくべきだと思っている」

報道公開された静けさの森=2024年10月11日、大阪市此花区〔出典=『ルポ 大阪・関西万博の深層 迷走する維新政治』(朝日新書)〕

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