中国人の“闇薬局”で合成麻薬「フェンタニル」が9000円で買える恐怖 トー横では「クラミジアの薬」を共同購入するグループも

 米中間の紛争に発展している合成麻薬「フェンタニル」の密輸問題。死に至るケースもあるクスリだが、さすがに平和な日本とは無縁の話……とはいえなそうだ。密輸の中継地として利用されている疑いにとどまらず、極めて手軽に入手できる可能性があるのだ。【奥窪優木/ライター】

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「そうだ、忘れてたわ」

 東京・新宿の歌舞伎町にある喫茶店。アイスティーのストローをくわえる直前、彼女はそう言うと、銀色のパッケージを割って取り出した小さな錠剤を飲み込んだ。

 とある刑事事件の関係者として、いわゆる「トー横キッズ」に属するSに取材をしていた筆者は、そのパッケージに書かれた「リベルサス7mg」という文字に目を引かれた。肥満や2型糖尿病の治療に用いられるクスリを、ハタチになる前の細身の彼女が服用しているのはどう見ても不自然だった。

「私、大食いで太りやすいから。“界隈”(コミュニティーの意)の仲間から譲ってもらった」

 彼女によれば、トー横キッズたちの間では、痩せ薬や抗生物質、オーバードーズ遊びに利用される咳止め薬などを有償・無償で融通し合うことが、一種のコミュニケーション手段となっているという。

 しかし、リベルサスは劇薬にも指定されており、医師の診断や処方箋なしに入手することは不可能なはずである。

「クラミジアがめちゃめちゃはやっている」

 その後、クスリの流通ルートをたどると、同じくトー横周辺に日々たむろしている同年代の男性、Tに行き当たった。

「界隈ってそもそも性的に乱れてるし、“売り”やってる子もいるから、クラミジアがめちゃめちゃはやっている。でも病院行って保険証使ったら受診履歴が親にバレるし、自由診療は高い。だから、抗生物質を共同購入する10人くらいのグループができた。最初は海外から個人輸入していたけど、それだと受け取りまで2週間かかるので、今は在日中国人の友達から聞いた闇薬局から買っている。俺、台湾で育ったからちょっと中国語できるんで。WeChatで注文してPayPayで払うと、郵便局の局留めで次の日には受け取れる」

 Sが服用していたリベルサスも、この「オンライン薬局」から入手されたものだった。そしてこの薬局は、さらに危険なクスリも販売しているという。

「死人が出たらヤバいので俺は手を出してないけど、メジコン(咳止め薬)とか眠剤とか、なんでも売ってくれる。昔の仲間で翻訳アプリ使って自分で注文し始めたヤツは、がん患者が使う鎮痛剤を買って、界隈で転売して稼いでいる。この前なんか、それを酒に入れて飲んだヤツらが、路上でゾンビみたいになってた」

フェンタニルについて尋ねると「9000円」という答えが

 そこでTから闇薬局のSNSのアカウント名を聞き出し、中国人を装ってメッセージを送ってみた。

 するとすぐに、「何を探していますか?」という返信があった。そこで「がん患者が使う鎮痛剤はありますか?」と尋ねたところ、「トラマドールがある。送料込みで1万4000円」という返信があった。

 トラマドールは劇薬指定されているオピオイド鎮痛薬だ。日本では麻薬にこそ分類されていないものの、乱用すれば多幸感や酩酊感が得られるとされ、海外では「オピオイド・クライシス」の元凶の一つに数えられる医薬品だ。

 さらに筆者が「フェンタニル」についても尋ねてみたところ、「9000円」という答えが返ってきた。

 フェンタニルを含む合成オピオイドの過剰摂取による米国での死亡者は2024年に約4万8000人に上り、中国から米国などへの密輸が深刻化している正規の医療用ではない“闇フェンタニル”を巡る問題は、「現代版アヘン戦争」とも呼ばれる国際紛争の大きな種となっている。日本も密輸の中継地点として利用されている疑いが浮上し、国会議員らもフェンタニル問題に言及する事態となった。筆者が接触した闇薬局が販売可能としたのは、パッチにフェンタニルの成分が含まれた外用貼付剤だが、乱用を問題視する論文がNIH(米国立衛生研究所)のデータベースにも掲載されている危険なシロモノだ。

「法的に問題はないのか?」

 こちらがそう問いかけたのを機に、先方からは一切の返信がなくなった……。

狙われる調剤薬局

「薬局であっても、処方箋薬を医師の処方箋なしに販売することは理由のいかんを問わず禁止されており、薬機法違反。ましてや麻薬指定されているフェンタニルや向精神薬の類いは、売った側も買った側も麻薬及び向精神薬取締法に問われます」

 医療ジャーナリストの村上和巳氏はそう指摘する。

 ただ、中国のSNSで「日本 薬店」などのキーワードで検索すると、処方箋薬のオンライン販売をうたう投稿がいくつもヒットする。さらにそれらの一部には、調剤薬局の内部と思われる写真や段ボールに入った大量の医薬品などの写真がアップされており、実際に店舗を構えていることもうかがえる。

 また、それらに交じって表示されるのが、「日本で薬局を経営する方法」や「日本で薬局を買いませんか」といった投稿だ。その手の投稿は、「#永住権」や「#経営管理ビザ」といったタグが添えられているものも多い。

「調剤薬局の経営は、中国人の日本移住の手段の一つとなっている」

 そう明かすのは、中国人移住ブローカーのX氏だ。

「日本では大手の参入に伴う競争激化などにより、小規模経営の調剤薬局の倒産や閉業が相次いでいるが、そこに目をつけ、立ち行かなくなった調剤薬局の経営権を安値で買収して、経営管理ビザを取得する中国人移住者が増えている。場所や規模にもよりますが、500万〜1000万円ほど出せば、都内でも調剤薬局の経営者になることが可能です。調剤薬局自体は赤字でも、中国人経営者であれば、在日中国人社会や中国国内に横流しすることで補填できる。医療機関の経営は社会的信用も高く、永住や帰化もスムーズに行えます」

「即日、薬局オーナーになることも可能」

 医療機関でもある薬局を、そんなに気軽に買収できるのだろうか。前出の村上氏が話す。

「病院やクリニックと違って薬局は多くの場合、株式会社など営利法人が運営するため、店舗ごとに管理薬剤師さえ常駐させれば外国人を含め誰でも営業することができる。既存店舗を持つ企業を買収することで、理論的には即日、薬局オーナーになることも可能です」

 中国人の日本移住の弊害として、処方箋医薬品の乱用が広がっているとすれば、直ちに対策を講じなければならない。フェンタニルすら“すぐそこ”で買える危機が進んでいるのである。

奥窪優木(おくくぼゆうき) ライター。1980年生まれ。上智大学経済学部卒業。ニューヨーク市立大学を中退して現地邦字紙記者に。中国在住を経て帰国し、日本の裏社会事情などを取材。昨年11月、『転売ヤー 闇の経済学』(新潮新書)を出版。他に『ルポ 新型コロナ詐欺』などの著書がある。

「週刊新潮」2025年9月4日号 掲載

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