ロシア軍の長距離ドローン攻撃が712機も突破し過去最大:ウクライナ迎撃戦闘2025年5月分の傾向(JSF)
2025年5月にウクライナ空軍司令部が報告したロシア軍の長距離ドローン・ミサイル攻撃は合計で4124飛来(ドローン4002機+ミサイル122発)でした。この飛来数は過去最大だった2025年3月(記事)の4280飛来に次ぐ規模です。そして大きな問題としてドローン(長距離飛行型のシャヘド自爆無人機)の突破数が712機にも上り、過去最大の被害数となっている点です。出典:ウクライナ空軍司令部
○2025年5月:4124飛来3357排除(1917撃墜+1440未到達)
- 弾道ミサイル:47飛来8撃墜:迎撃率17% ※飛来数が倍増
- 転用ミサイル:3飛来0撃墜:迎撃率0% ※飛来数は低調
- 巡航ミサイル:72飛来59排除(57撃墜+2未到達):迎撃率81% ※纏まった発射は2回
- 敵性ドローン:4002飛来3290排除(1852撃墜+1438未到達):迎撃率72% ※712突破と急増
※迎撃率は飛来数から未到達数を除いて迎撃数で計算。
※ウクライナ空軍司令部の迎撃戦果報告では敵空中目標について「飛来」と「撃墜」の他に、「宇領土内で位置を喪失」「迷走し宇領土から去る」「報告時点で滞空中」などがあるが、これらを纏めて「未到達」扱いとする。
※ウクライナ空軍司令部は2025年5月19日から「飛来」「排除(撃墜+未到達)」という発表形式に変更している(説明記事)。
※未到達のほとんどは燃料が尽きた囮無人機で、一部に電子戦の影響での迷走もある。ただし撃墜の中に囮無人機も含まれるので、実態は囮無人機の割合がもっと多い。
弾道ミサイル5月傾向:飛来数が倍増
- イスカンデルM弾道ミサイル×9飛来0撃墜 ※4回
- イスカンデルM/KN-23弾道ミサイル×38飛来8撃墜 ※7回
※イスカンデルM(ロシア製)とKN-23(北朝鮮製)は飛行特性が酷似しておりレーダー観測では識別が困難なため、KN-23の割合は正確には分からない。
※ウクライナ空軍司令部の集計報告にはない弾道ミサイルの飛来が幾つかある。
※弾道ミサイルは高速目標であり、パトリオットのような高性能な防空システムでしか迎撃できないので、未配に地域を狙われると対処不能。
弾道ミサイルの飛来報告は20発台が7カ月続いていましたが(2024年10月~2025年4月)、この5月は47飛来と倍増しています。もしかすると北朝鮮からのKN-23弾道ミサイルの供給数が増え始めた可能性があります。
キンジャール空中発射弾道ミサイルについては2024年12月31日(1飛来1撃墜)を最後に飛来が途絶えており、丸5カ月間も飛んで来ていません。なおこの戦争でのキンジャールの月当たり最大飛来数は2024年1月の20発です。
撃墜したイスカンデルM弾道ミサイルの残骸(2025年5月24日)
※2025年5月24日のウクライナ空軍司令部の発表(出典)では弾道ミサイルの飛来について「イスカンデルM/KN-23弾道ミサイル×14飛来6撃墜」とされているが、キーウの路上で発見された撃墜した弾道ミサイルの残骸は明らかにイスカンデルMである。識別点(説明)はミサイル最後部のジェットベーンのアクチュエーターのケースの形状の違い。
※つまり「イスカンデルM/KN-23弾道ミサイル」とは2種類のどちらかという大雑把な報告になる。残骸を調査すれば特定は可能だが、全数の調査は現実的ではない。
転用ミサイル5月傾向:飛来数は低調
- Kh-22空対艦ミサイル×1飛来0撃墜 ※1回、25日
- S-300地対空ミサイル×2飛来0撃墜 ※1回、31日
※本来の用途ではない対地攻撃への転用。このため対地攻撃での命中率は悪いが、超音速で飛行する種類のミサイルなので防空システム突破率が高い。
5月の転用ミサイル飛来数は3発のみと最近1年間でも最も少ない部類で、2024年7月(2発)や2024年6月(1発)以来の少ない数です。
巡航ミサイル5月傾向:纏まった発射は2回
- Kh-101/カリブル巡航ミサイル×64飛来54撃墜 ※2回
- Kh-59/Kh-69空対地ミサイル×8飛来5排除(3撃墜+2未到達) ※3回
5月の巡航ミサイル(亜音速型)は合計72発が飛来し59排除(57撃墜+2未到達)、未到達を除外して迎撃率81%となっています。先月の4月は迎撃率70%とやや低い数字でしたが、5月は平均的な範囲に戻りました。
飛来数については推定されるロシアの巡航ミサイル生産能力と同程度の規模に近いか、それよりやや少ない程度の数だと思われます。
敵性ドローン5月傾向:712突破と急増
- 712突破 ※先月の約1.87倍
- 4002飛来 ※先月の約1.62倍
- 3290排除 ※排除率82%(先月85%) ※未到達を含めた計算
- 1852撃墜 ※迎撃率72%(先月76%) ※未到達を除外した計算
- 1438未到達 ※未到達率36%(先月36%) ※飛来に対する未到達の割合
※排除=撃墜+未到達
※長距離ドローン攻撃の集計については、囮機が大量に混じり出した現在とそれ以前では飛来数と撃墜数の比較は意味が無くなってしまったので、2024年11月から「突破数」を中心に各月の推移を見比べていく方針に変更。
※5月31日のウクライナ空軍司令部発表(出典)では型式不明の未知の自爆無人機×2機が飛来している。これはおそらくジェット推進の訓練用標的ドローンを自爆型に改造したもので、ドローンというよりはミサイルに近い。
※長距離自爆無人機:シャヘド136、シャヘド131、型式不明
※長距離囮無人機:ガーベラ、パロディ
長距離ドローンに対する迎撃率が3月以降に減少し始めて突破数が急増し始めています。ただし未到達の割合はほとんど変化はなく、囮無人機の比率が増えた兆候はありません。この迎撃率低下傾向の原因は「前線付近の市街地の民間目標が狙われ始めた」という目標選定の傾向の変化の影響が非常に大きいと見られています。
これにより迎撃を準備する対処時間が極端に短くなり、機動射撃班(ピックアップトラックに対空機関砲や携行地対空ミサイル操作兵を乗せたもの)を先回りさせる余裕が無くなりました。それでも前線付近でも軍事拠点ならば防空システムが前以て守っていますが、民間目標を広域に守るには数が全く足りていません。
つまりウクライナ防空網に迎撃ミサイルの枯渇などの破綻した兆候が生じたのではなく(実際に弾薬枯渇の訴えが無い)、ロシア軍の長距離攻撃の目標選定がウクライナ深奥部ではなく前線付近の目の前の目標に集中し始めたことと、攻撃の無差別化(民間目標を狙う割合の増加)という二つの傾向の変化が最近3カ月間続いているということになります。
囮無人機が混じり出した2024年7月以降
- 2025年05月:712突破:4124飛来3290排除(1852撃墜+1438未到達):迎撃率72%
- 2025年04月:381突破:2476飛来2095排除(1195撃墜+900未到達):迎撃率76%
- 2025年03月:377突破:4198飛来3821排除(2435撃墜+1386未到達):迎撃率87%
- 2025年02月:107突破:3909飛来3802排除(2209撃墜+1593未到達):迎撃率95%
- 2025年01月:90突破:2599飛来2509排除(1584撃墜+925未到達):迎撃率95%
- 2024年12月:24突破:1850飛来1826排除(967撃墜+859未到達):迎撃率98%
- 2024年11月:68突破:2436飛来2368排除(1308撃墜+1060未到達):迎撃率95%
- 2024年10月:85突破:1912飛来1827排除(1098撃墜+729未到達):迎撃率93%
- 2024年09月:47突破:1331飛来1284排除(1107撃墜+177未到達):迎撃率96%
- 2024年08月:55突破:781飛来726排除(654撃墜+72未到達):迎撃率92%
- 2024年07月:36突破:426飛来390排除(373撃墜+17未到達):迎撃率91%
※飛来数に対する未到達率については、囮無人機の大量使用が始まった2024年10月以降は未到達率36~46%で推移しており大きな変化はない。
囮無人機が混じっていない2024年6月以前(過去1年分)
2023年7月~2024年6月:691突破:4427飛来3736撃墜:迎撃率84%
- 1カ月の平均:58突破:369飛来311撃墜:迎撃率84%
※長距離ドローンに対する迎撃率は概ね75~95%の範囲で推移している。
2025年5月29日:敵性無人機×90飛来56排除(10撃墜+46未到達)
Особливість повітряного удару – атаковано об’єкти на прифронтових територіях.
「空襲の特徴は、最前線の付近の地域にある施設が攻撃された点にある。」
出典:ウクライナ空軍司令部
2025年5月29日の長距離ドローン攻撃は特に撃ち漏らしが多かったので、その原因についてウクライナ空軍司令部が「最前線付近が狙われたため」と説明しています。34機に突破されており10機しか撃墜できていません。46機の未到達はほぼ全て囮無人機でしょう(ただし電子戦の影響も否定できない)。そしてこの日に撃墜した10機が全て自爆無人機とも限らず、この中にも囮無人機が混じっている可能性があります。
2025年5月における大規模攻撃
最近の半年間(2024年11月~2025年4月)でロシア軍が発射した長距離ドローンの飛来数は17468機で、ほぼ毎日飛んで来ています。この半年間の平均で1日あたり100機弱が飛来している事になるので、ここ3日間のドローン飛来数903機は1日あたり約300機で通常の3倍の規模となっています。
出典:2025年05月26日記事より
燃料切れで墜落したロシア軍のガーベラ囮無人機
※ガーベラ囮無人機の黒い塗装の機体と白い塗装の機体がある。主翼前縁に金属質のダクトテープを貼っており、レーダー波をわざと反射させる目的と思われる。ただしせっかくの黒い夜間迷彩が台無しになっており、探照灯の光もよく反射してしまう。囮として光学的にも目立ってよいなら白い塗装でよい。
※これに対してパロディ囮無人機は機体内部にレーダー波反射体のルネベルグレンズを内装しており、光学的には見付かり難く電波的には見付かりやすいレーダー警戒網の攪乱目的の囮役を果たしやすい。
シャヘド自爆無人機はドローンというより小さな巡航ミサイル
基本的にシャヘド自爆無人機などの長距離攻撃型ドローンは遠隔操作を行わず事前に設定したプログラム飛行で飛ぶので固定目標しか狙えません。誘導方式はGNSS(GPSやグロナスなどの全地球航法衛星システム)とINS(慣性航法装置)くらいの簡素な物になります。このためシャヘド自爆無人機はドローンというより実質的には「プロペラ推進で飛ぶ遅いが安くて小さな巡航ミサイル」と考えた方が実態に近く、弾頭威力も命中精度も巡航ミサイルに大きく劣るものです。シャヘド自爆無人機は機体規模が小さいので弾頭重量は巡航ミサイルの10分の1程度になりますが、生産コストは巡航ミサイルの10分の1以下で数が用意できることが優位点です。
筆者作成の表。シャヘド136自爆ドローンと3M-14カリブル巡航ミサイルの性能比較※3M-14カリブル巡航ミサイルの製造単価30~35万ドルはコムソモリスカヤ・プラウダ紙2022年5月17日「Хватит ли у России «Калибров» для спецоперации на Украине」より
※シャヘド136自爆無人機は公開された資料が少ない上に、製造単価は生産時期や生産形態(イランからの輸入からロシア国内生産への切り替え)、仕様の違いにより変動しており、製造単価2~5万ドル(推定)は正確ではない可能性
※弾頭重量を2倍に増やした改良型(代わりに燃料搭載量を削り射程が減少)が新たに登場(シャヘド136自爆無人機の90kg弾頭型とKh-101巡航ミサイルの800kg弾頭型を残骸で確認)
※INS:慣性誘導装置
※GNSS:全地球航法衛星システム(GPSないしグロナスなど)
※情景照合:アメリカのトマホークでいうDSMAC航法装置
※等高線照合:アメリカのトマホークでいうTERCOM航法装置
※この他に巡航ミサイルは終末誘導カメラを搭載している可能性