高市首相の「台湾有事発言」への欧米の意外な反応と今後あるべき姿

政治

衆院予算委員会で答弁する高市首相自民党HPより

高市首相が、台湾有事の際、場合によっては自衛隊を派遣する可能性もあるという発言に対する欧米メディアの中には肯定的に捉える論調も少なくなく、これは意外でした。

その一方、肝心の米国政府当局は「日米安全保障条約の精神」や「台湾海峡の平和と安定維持」への支持を表明するにとどまり、具体的な日米共同作戦の内容・米軍の役割まで踏み込んだ公式宣言は出していません。米政府筋が直接「支持」を明示したという報道も見られず、公式には「事態を注視」「台湾の安定が重要」といった慎重な姿勢が目立ちます。

外信の反応はさておき、今回の発言に限っていえば、準備も根拠もなく挑発的な表現に踏み込んだ首相の判断に、私は強い不安を覚えました。その理由を述べたいと思います。

まず指摘したいのは、日本だけが持つ、極端に抑制的で自己拘束的な国防関連の原則・法律・慣行です。これは他国に例がなく、日本の防衛力を弱体化させている主因は憲法9条ではなく、こうした国内の法制度にあります。(現憲法下で、日本は世界トップクラスの軍事力を持つ国と世界から評価されていることが論より証拠)

悪法、悪習の主なものを挙げれば:

  1. 非核三原則(持たず・作らず・持ち込ませず): 国家の核戦略を完全に封殺した国は日本だけ。
  2. 武器輸出三原則(2014年以降も依然として制約大): 主要国の中で、ここまで共同開発・共同生産に制約が多い国は日本のみ。
  3. 「敵基地攻撃能力」禁止(長年の政府解釈):巡航ミサイルすら長く保有できなかった。
  4. 戦略兵器の欠如:ICBM・SLBM・長距離爆撃機なし。空中給油能力すら長年自粛。宇宙軍は非武装原則。
  5. 専守防衛ドクトリン:軍事ドクトリンを“防御100%”に限定した国は日本以外に存在しない。
  6. 非戦闘地域(PKO五原則):国際法に存在しない日本独自概念。
  7. 武器使用は警察比例原則:世界で唯一、自衛隊の武器使用規定が警察官職務執行法ベース。
  8. 交戦規則(ROE)の欠如:代わりに「武器使用基準」。米軍・NATOとの共同訓練で常に警告される。
  9. 有事法制の長年の未整備:平時→有事へのスイッチが世界で最も遅い国。
  10. 「発射元を確定するまで反撃できない」問題:世界に類を見ない運用。
  11. 原発・重要インフラの軍事防護ゼロ:他国では軍が担う領域を、日本では民間警備員に委託。
  12. 機密保護制度の脆弱性:米軍・NATOと同等の情報共有が困難。

そして重要なのは——これらの自己拘束法制は、ほぼすべて自民党政権の立法・政府解釈・政策判断によって形成された経緯があり、したがって「野党の妨害で国防が弱体化した」とする説明は成り立ちません。

武器使用は警察比例原則の日本と米国との根本的な構造の違い

米国では Posse Comitatus Act(1878年)により、軍が自国民に銃を向ける治安維持活動は原則禁止され、米軍は国内治安を想定した訓練を行わないことと、軍は「国外の敵と戦う組織」と明確に規定されているのに対し、日本は:

  • 自衛隊の武器使用基準が警察比例原則(警察法の延長)
  • 交戦規則が実質的に存在しない
  • 戦う訓練をしても、戦える法制度がない

という、世界でも異例の状態にあることを首相は承知の上で台湾発言をされたとは思えません。

首相発言の危険性 —— “日米一体”という幻想

この現実を踏まえれば、「米中対立を額面どおり信じ、日本だけが“日米一体”だと錯覚する危険性」という小原凡司氏の指摘は極めて本質的です。

今、最優先でやるべきことは、挑発的な発言より先に:

  1. 自民党政権が作ってきた自己拘束法制の全面見直し・撤廃
  2. 同盟国基準のROE・武器使用規則への移行
  3. 装備・弾薬・通信の標準化(共同作戦の前提)
  4. 自衛隊員の人権と士気を守る軍法会議制度の整備

見逃しがちな「軍法会議」関連諸制度の未整備問題は、自衛隊員の士気と人権にかかわる重大な瑕疵です。この問題は自民党だけの責任ではなく、日本の政治全体に課せられた課題で、早急な整備を期待したいところです。ここに挙げた諸問題の解決は、首相自身の政治的決断で可能であることを強調したいと思います。

武力行使とは“国家の緊急避難”に限られる

私は、日本の技術力と財力が許す限り、最先端の国防装備——とりわけ抑止力の中核となる原子力潜水艦戦力を整備すべきだと考えます。

しかし武力行使は、強盗に命を脅かされたときの正当防衛と同じく、“国家としての緊急避難”の場面に限られるべきで、政治家はすべからく軽率な挑戦的発言はすべきではありません。

台湾問題のように、自国民の生命と直接関係しない段階で挑発的な表現に首相自ら踏み込むことは政治的禁句に近く、伝家の宝刀は抜かずに済むよう全力を尽くすべきだと考えます。

高市首相の国防観には一定の期待を持っていましたが、今回の発言には深い落胆を覚えています。

しかし、高市首相の国防に対する不退転の決意を特定国への挑戦状ではなく、ここに私が論じた国内問題の処理に向け、解決した暁には高市首相の名が救国の名宰相として歴史に刻まれることは間違いなく、国民が戦力の行使を伝家の宝刀だと認識した時には、憲法9条も国民究極の理想として新たな輝きを見せることを期待してやみません。

北村隆司 (ニューヨーク在住

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