30代シングルマザー「息子の高校“入学金”が払えない」“高校授業料無償化”の落とし穴…母子が行政の“たらい回し”の果て「生活保護」選んだ理由

今、国政の場で「高校授業料無償化」へ向けた議論が活発化しています。特に低所得世帯にとっては朗報ですが、何より重要なのは、すべての子どもが学ぶ機会を実質的に保障されるような制度設計がなされることです。

先日、大阪府大阪市に住む母子家庭のシングルマザーのミサさん(仮名・30代)から私の行政書士事務所に悲痛な相談がありました。一人息子・トオルくん(仮名・15歳)の高校入試が終わり、無事に第一志望の難関私立高校に合格。「私立高校の授業料無償化等に関する役所の対応について相談したい」というものでした。しかし、問題の根本をたどると、ミサさん母子が最低生活以下の生活を余儀なくされていたことがわかり、結果的に生活保護申請に行きつきました。

ミサさんの「この時期、自分と同じように困っている母子家庭があると思うので、事例として公開してほしい」というたってのご希望から、生活保護申請に至った経緯と、そこから浮かび上がる「高校授業料無償化」の課題、そして行政の問題点について考えてみます。(行政書士・三木ひとみ)

前職のハラスメントによりうつ病を患い休職、障害2級認定後に退職

ミサさんはもともと、大学卒業後、専門分野でキャリアを積んできた堅実なビジネスパーソンでした。結婚し、息子のトオルくんを出産直後に離婚。シングルマザーとなりました。

元夫は、自身の借金の保証人をミサさんに頼みながら、ある日突然、離婚届を残し行方知れずに。それでもミサさんは元夫の借金を自力で返済し、トオルくんを女手一つで育ててきました。

仕事は順調でしたが、あるとき、職場の男性上司からセクハラ被害に遭ったといいます。プライベートな誘いを断ったところ、職場でのハラスメントが始まり、徐々に孤立していきました。

それでも、トオルくんとの生活を守るため懸命に働いてきたミサさんでしたが、あるとき、物理的に仕事ができない状態となってしまい、休業を余儀なくされました。長年我慢を積み重ねてきたことから、さまざまな原因不明の身体的症状が出現し、ドクターストップがかかったのです。激しい動悸(どうき)、呼吸困難、うずくまるほどのめまい。外出先で倒れてしまい、救急車を呼ばれたこともありました。

ミサさんは傷病手当金を受給し、1年半の間、給与の約3分の2が保障されたものの、健康状態は回復せず、医師からは就労不可の診断が継続。障害等級2級の障害厚生年金の受給が決定したこともあり、退職に至りました。

なお、このとき労災申請もしましたが、却下され、不服申し立てをしても結果は覆らず、断念しています。

職場のハラスメント被害に遭う前に、産後すぐに離婚したことで不眠となり、心療内科に通院歴がありました。症状は治まり、何年も通院していなかったのに、『既往歴の再発で、職場のハラスメントとの因果関係は不明』などと主治医が診断書に書いたことが、労災不認定の決定打となったようです。

障害年金を受給しながら子どもの進学準備も

中学生になったトオルくんは、外出もままならなくなったミサさんの代わりに買い物や家事をするなど、いわゆるヤングケアラーとしてミサさんを日常的に支えました。部活動もせず勉学に励むトオルくんの第一志望校は、難関の私立高校でした。

「お母さん、大阪府は私立高校の授業料が完全無償化されたから大丈夫やで」

家計を心配しながらも、聡明で気丈な息子さんに支えられたといいます。ミサさんは収入源が非課税の障害年金のみであり、母子家庭で非課税世帯に該当するため、楽観的でした。

ところが、2024年12月になって家電製品が次々と壊れ、物価高で冷蔵庫、エアコン、給湯器を買い替えたところ、70万円近くあった貯金が尽きてしまいました。受験生がいるのにお湯が出ない、暖房もつかない、では困ってしまいます。また、冷蔵庫が使えなくては自炊もできません。買い替える以外の選択肢がなかったのです。

そして、2025年2月上旬にトオルくんは第一志望の私立高校を受験し、合格。すぐに入学金や制服代など数十万円の支払いが必要になりました。

私立高校無償化のはずが…「入学金も授業料も自力で出すしかない」

私立高校に合格後、予想外に入学金の締切がすぐであることを知ったミサさんは、最寄りの区役所に出向き、「母子家庭の非課税世帯で子どもが私立高校に進学することになったので、無償化の制度を利用したい」と相談しました。ところが、区役所の窓口担当者はあまり制度を知らない様子で、「管轄は大阪府なので、大阪府に問い合わせてください」という案内がされました。

そのため、ミサさんは最寄りの区役所で言われた通りに大阪府に電話で問い合わせました。

「私立高校の授業料助成申請は、入学してからです。夏頃に学校を通して申し込みをしてください。入学金や制服代などの助成はありません。授業料も一度保護者さんに立て替えてもらって、年末頃に清算です」

と、淡々とした制度の説明を受けました(これについては私自身も、大阪府の私立高校の助成担当に直接複数回電話で確認しましたので、間違いありません)。そして、「学校に問い合わせてください」と案内されたとのことです。

そこで、ミサさんが高校に問い合わせたところ、高校側では「大阪府に確認をしてください」と言われ、困惑したそうです。

それでも、高校からも大阪府に直接問い合わせて確認してくれたそうですが、「やはり入学金などの援助支援はなく、授業料のみの援助で実際に大阪府からその授業料分が支払われるのは高校1年生の冬頃」という回答を受けたとのことした。

私立高校が無償化されたといえども、母子家庭の非課税世帯に対して、入学金や制服代の補助や助成は一切ありません。かつ、年間60万円まで助成される授業料も、1年生の冬頃までは一度保護者が支払い、数か月後に還付されるという仕組みになっているということです。

これでは、「低所得世帯、非課税世帯は、私立高校の学費が無償だから大丈夫だ」とお子さんが考えて受験した私立高校に合格しても、入学金と初年度の学費を払うことができず、入学できないということになってしまいます。

大阪府庁(PIXSTAR/PIXTA)

行政の「たらい回し」の問題

ミサさんは、大阪府、大阪市、そして最寄りの区役所に「子供が合格した高校の入学金の締切がすぐなのに、支払うことができない」と何度も相談しました。しかし、「入学金や制服の助成の制度はない」の一点張りだったといいます。

本来、ここで生活保護制度の案内や説明が役所からされても何ら不思議はないのですが、ミサさん母子の収入や生活状況に関する話は一切出なかったといいます。

「うちの部署では扱っていません」「よく知らないから自分でインターネットで管轄の役所を調べてください」と言われるなど、とにかく何日も役所をたらい回しにされ、結果として何も解決しなかったという思いだけが残ったそうです。相談する部署ごとに、その部署で扱っている制度のことしかわからないと言われ、横断的な説明や案内がされなかったといいます。

また、後で分かったことですが、低所得世帯のための府の「給付型奨学金」についても誤った説明がなされていました。

私は相談を受け、あらためて、該当の役所3か所(大阪府、大阪市、ミサさんの自宅最寄りの区役所)に確認しました。ところが、ミサさんの言う通り、行政書士が確認しても、たしかにあやふやな対応で、言っていることが役所・職員によって異なりました。「その制度はうちの管轄ではないから、わからない」という対応のほか、以下のような回答もありました。

「入学予定の私立高校に相談してほしい」(大阪府の窓口、区役所の窓口)

「保護者がいったん立て替え払いをすると、お金のやり取りが三角形になるため、直線でやり取りできるよう学校と交渉して、学校と大阪府だけのお金のやり取りにすればいい」(大阪府の窓口、区役所の窓口)

役所に相談に出向いても、こうした回答しか得られないのでは、どうすればいいかわからず不安になってしまいます。その挙げ句、問題解決に至らず疲弊して諦めてしまうということは、行政対応ではありがちです。

「実質無償化」もこれでは“絵に描いた餅”?

加えて、制度設計自体にも問題があると思わざるを得ません。

授業料を実質無償化しても、私立高校に入学するための入学金や諸経費が数十万円単位で必要になります。また、授業料はいったん自己負担しなければなりません。低所得世帯への配慮がなされておらず、まるで絵に描いた餅のような制度です。

大阪府が国に先駆けて「私立高校無償化」を打ち出したこと自体は評価できますが、せっかくの制度も、低所得・非課税世帯のお子さんが期待を持ったのに、親が病気など事情を抱えて困窮し、入学金や制服代が賄えず淡い夢となってしまっては、逆に酷ではないでしょうか。

また、子どもが、母子家庭、非課税世帯、生活保護など、家庭の事情についての情報を、他の児童生徒がいる学校でやり取りしなければいけないことに心を痛める保護者からの相談も多数受けてきました。さらに、「子どもに肩身の狭い思いをさせたくない」と、生活保護を受給していることを、ケースワーカーの理解も得て未成年のお子さんには伝えていないという家庭も少なくありません。制度を使うのは生身の人間ですから、プライバシーへの細やかな配慮も欠かせないものです。

ミサさんがとった「一時的に生活保護に頼る」という選択肢

障害厚生年金2級の年金のみが収入源である、シングルマザーのミサさんがとった選択肢は、こうです。

まず、私立高校の入学金は例外なく期日までに支払わなければ入学そのものが認められないことを確認したため、やむなく学生時代の友人からお金を借りて入学金、諸経費、初年度の授業料の支払に充てることに。友人からの借り入れと数十万円の学校への支払いをすぐに済ませ、即、生活保護の申請を行いました。

実は、ミサさん母子はこれまでも障害年金だけでは生活が苦しかったのです。障害年金の分は生活保護費が減額になりますが、国が定める母子2人の最低生活費にも満たない障害年金の額であれば、最低生活費と障害年金との差額を生活保護費として受給することができます。加えて、障害等級2級であるため、生活費と家賃の加算も受けられます。

信頼ひとつで大金を貸してくれた知人に対しては、返済しないわけにはいきません。しかし、「生活保護申請の前」に借りたお金を「生活保護費」から返済することは可能です。生活保護費をやりくりして、何にどう使うかは、基本的に自由だからです。

ただ、注意しなければいけないのは、生活保護費でやりくりができずに、お金を借りたり、もらったりすると、それは「収入」扱いとなり、生活保護費が減額されるということです。もし収入として申告しなければ「不正受給」となり、遡って保護費の返還を求められるだけでなく、刑事罰の対象になることもあります。

もちろん、本来、生活保護申請前にお金を借りるべきではないですし、お金を借りるほど生活が困窮しているのであれば、生活保護申請をすべきです。でも、このケースでは、借りるよりほか、選択肢はなかったでしょう。

大阪府の私立高校授業料無償化の情報を見て、母子家庭でも私学に行けると思い、第一志望の難関私立高校に合格した15歳の少年が、入学を諦めるべきだったとは思えません。

国政レベルでも高校授業料無償化の議論が活発化していますが、制度を絵に描いた餅にしないためには、入学金や制服など、私立高校の入学準備に必要な費用の支援制度の確立が必要だと考えられます。経済格差による貧困の連鎖、教育格差を解消し、子どもが夢を諦めなくて済むように、実用的な制度になることを願います。

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三木ひとみ

(行政書士法人ひとみ綜合法務事務所)

官公庁に提出した書類に係る許認可等に関する不服申立ての手続について代理権を持つ「特定行政書士」として、これまでに全国で1万件を超える生活保護申請サポートを行う。著書に「わたし生活保護を受けられますか(2024年改訂版)」(ペンコム)がある。


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行政書士法人ひとみ綜合法務事務所所属。 1981年横浜生まれ。3歳で両親が別居し離婚。鬱を患った母と暮らす。同級生からいじめに遭うが、勉学に励み交換留学生として1年間渡米。帰国後、英検1級合格、国際基督教大学教養学部語学科入学、在学中に未婚の母となる。一般企業に入社。その後ストーカー被害に遭いシェルターに入所。無職無収入となるも、水商売や翻訳業で生計を立てながら 2015年行政書士試験合格。

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