バケツの底が抜け始めたNHK受信料収入は1年で429億円減…全世界に売れば生き残れる"巨大鉱脈"の4つの番組 NHK局員が呪文のように唱えるべきキーワードは『光る虎に宙わたるチ。』

NHKの受信料収入がこの5年間で1000億円以上減った。今後、さらに減る見込みでこのままでは組織を維持できなくなるとの指摘もある。次世代メディア研究所代表の鈴木祐司さんは「2024年に放映されたNHKの4つの番組は生き残りをはかるNHKにとって、外貨収入獲得という巨大な鉱脈となりうる」という――。

写真提供=共同通信社

東京・渋谷のNHK放送センター

NHKの受信料収入は、5年前は年7000億円を超えていたが、2024年度はそこから1000億円以上も落ち込む計算だ(今年1年で429億円減を見込む)。しかもマイナスは今後も続きそうで、2030年代には5000億円を割り込むとも言われている。

厳しい舵取りが続く同局だが、今年は生き残りのための新たな可能性も見えた1年だった。

「光る虎に宙わたるチ。」という鉱脈

今年、NHKで放映された「光る君へ」「虎に翼」「宙そらわたる教室」「チ。―地球の運動について―」は、後述するように副次収入につながる可能性のある番組の登場だ。リアルタイム視聴が減る一方のテレビ界。存在意義が問われるNHKが、中長期的に生き残る場合の選択肢を考えてみた。

4番組の視聴率

まずは4番組の視聴率を見てみよう。

スイッチメディア「TVAL」データから作成

大河ドラマ「光る君へ」は前年の「どうする家康」と比較した。

朝ドラ「虎に翼」は前年同期の「らんまん」、「宙わたる教室」は前3作の「ドラマ10」枠の平均値、そしてアニメ「チ。―地球の運動について―」は前作「鳥は主を選ばない」と比べた。

表は、各性別・年齢ごとの視聴率で前作を1とした場合の数値をグラフ化している。

まずは、「個人全体」を見てほしい。「光る君へ」が前作より1割強低くなったが、目くじらを立てるほどではない。好調だったのは「宙わたる教室」(126%増)だ。

残り2作は前作と「個人全体」では大きな変化はないが、性別・年齢別に見ると、「チ。」がMC(男性4~12歳)、FT(女性13~19歳)、1層(男女20~34歳)で極端に高くなったのが目立っている。

「光る君へ」を除く、視聴率を維持・上昇させた他3番組は大いに健闘したとみるべきだろう。


Page 2

「宙わたる教室」(窪田正孝主演)は「自分らしさ」重視派にも「こだわり」が強い派にもよく見られた。

スイッチメディア「TVAL」データから作成

定時制高校を舞台としたドラマで、学習障害で負のスパイラルから抜け出せずに悩む生徒や、起立性調節障害を抱え保健室登校を続ける人など、「不良品」と位置付けられる生徒が集まっていた。

ところが、主人公の藤竹先生は、生徒一人ひとりが前をむけるように寄り添う。

そして学会発表まで漕ぎつける。科学と効率性、定時制への偏見などと対峙しながら、「知る楽しさ」を個々の生徒に実感させ、「どんな人間にも必ず可能性があります」という信念を、生徒や周囲の大人に納得させていく。

その意味で同ドラマは内外を動かしたと言えよう。

人の内面を変え、同時に教育や科学を取り巻く社会にも一石を投じた。新たな学園ドラマの可能性を切り拓いた一作だった。

存在理由を問う「チ。」

アニメ作品「チ。」は地動説を証明することに自らの信念と命を懸けた者たちの物語だ。この視聴パターンは上記3作とも異なった。

スイッチメディア「TVAL」データから作成

「こだわり」の強い人々の数字が、前枠で放送された「鳥は主を選ばない」の2倍と急伸していた。

同アニメには3つの「チ」が重なる。1つ目は副題にある通り地動説の「地」。2つ目は、真実のために命をかける「知」の探求。そして既存体制の維持のために流れる「血」。視聴者の心は3つの「チ」の中で揺れ動く。

それでも信念を抱き、命を懸けても真実を追い求める姿勢や、感動が高まるように仕組まれた物語にハマっていく。「こだわり」こそがアイデンティティという展開に目が離せなくなるのである。


Page 3

各番組に関して細かく見ていこう。

個人視聴率が1割強下落した「光る君へ」(吉高由里子主演)は、男女年層別では、F4(女性65歳以上)を除く男女全層で下落(前作比較、以下同)となった。また特定層別視聴率でも、大半の層で苦戦したと言わざるを得ない。

スイッチメディア「TVAL」データから作成

ただし例外となる層があった。「自分らしさを自分らしく表現する」を重視する20~40代の女性だ。

物語は紫式部が主人公。世界最古の女性文学といわれる『源氏物語』を執筆した人物だ。当時の一般的な女性とは異なり、「私は私らしく、自分が生まれてきた意味を探してまいります」と、大好きだった藤原道長(柄本佑)からの「妾」の誘いも断っている。

1000年も前に人間とは何かにこだわった紫式部。安易に周囲に迎合しない生き方が、若い女性を中心に多くの「自分らしさ」を重視する人々に深く刺さったようだ。

こだわりの「虎に翼」

「光る君へ」とグラフの形が一見似ているが、実はまったく対照的だったのが朝ドラの「虎に翼」の寅子(伊藤沙莉)だ。

スイッチメディア「TVAL」データから作成

「光る君へ」を好んで見ていた「自分らしさ」重視の若い女性は、この作品はあまり見なかった。

代わりに「こだわり」が強い人々には大いに関心を持たれた。「光る君へ」が女性の内面に向かった物語だとすると、「虎に翼」は女性をめぐる社会を問うたドラマだったのが影響したのか。

主人公の口癖は「はて?」。安易に相手や周囲に妥協せず、自ら納得するまで問い続ける姿勢は、紫式部に似ているが、本作は「こだわり」の強い人々が魅せられたのである。


Page 4

個別4作品はそれぞれ素晴らしい。それぞれの主人公が、何か障害があっても己の信念を貫く姿勢があるのが共通点と言える。そこに視聴者は共感している。

同時に筆者は、それが「2024年」に連発した偶然に驚いた。

今年はテレビがインターネットに量ばかりか質でも凌駕され始めた1年だった。情報消費のための接触メディアは、統計上もテレビではなくネットが上となった。衆院選や兵庫県知事選で顕在化したように、社会への影響力でもSNSなどネットが上を行った。そして民放キー局の多くは、ネット上でのビジネス展開に本腰を入れた1年だった。

一方、NHKは、受信料でバケツの底が抜け始めた。冒頭で触れたように、24年度の受信料は前年から429億円の減を見込み、ピークの7000億円から数年後の5000億円割れが見えてきた。

今年は5月に放送法が改正された。これでインターネットが「必須業務」に格上げされ、ネット受信料が地上波と同じ1100円と設定された(すでにテレビの受信契約を結んでいれば追加負担は発生せず、スマホやPCを保有しているだけでは契約対象とはならない)。

ところが現状で受信料を払っていない人々は、容易にネット受信料を支払うようになるとは思えない。つまりNHKは、受信料以外の収入をつくり出さないと組織を維持できなくなる。

そこに上で紹介した4作が登場した。

ポイントはいずれも新たな収入の可能性を示唆したことだ。以下、その可能性を最大化させるための私案を述べたい。

「光る君へ」は時代劇に現代的な要素を入れれば、世界で見られる可能性が高まるはずだ。24年はディズニープラスで配信されエミー賞も受賞した「SHOGUN 将軍」(主演・プロデューサー:真田広之)や、Netflixで配信された「忍びの家 House of Ninjas」(原案・主演:賀来賢人)が国内外でよく見られた。脚本や撮影にはこれまでのNHK大河とは異なる視点が必要だが、世界全体で視聴してもらうための工夫をすれば、日本を舞台にした時代劇は鉱脈となるのではないか。

「虎に翼」は社会における女性の地位の変遷物語だ。15分ではなく、1時間サイズ20話あまりの連続ドラマに再編すれば、注目する国がいくつもありそうだ。女性の地位の問題は、日本のみならず、世界で今もホットイシューであることに変わりはない。

「宙わたる教室」や「チ。」は科学の側面で勝負できる。科学の実験や歴史的な重大事件を物語に上手に配置すれば、上質なエンタメとなり視聴者の感動を呼ぶ。

しかも以上4作は民放ではやり難い。時代劇・法律・科学などはマスに訴求しにくく、視聴率につながりにくい。そう考えると、NHKは、民放と競合することなく番組を制作できるということにもなる。海外を対象とすれば、民業圧迫との批判も出にくい。

これまではNHKの番組制作者も視聴率というマスへの訴求を意識していた。ところがリアルタイムでテレビを見る人が全体的に減った今、番組は一部の層に深く刺さる内容が求められるようになってきた。

お笑いやスポーツとは違い、やや難しいテーマを扱うドラマ(作品)ゆえに全世代の男女には訴求しにくい。それでも80億人超の世界を相手にすれば、たとえ日本国内で視聴率1%に終わろうと、世界では8000万人に相当する。日本理解と外貨獲得に大きく寄与することは間違いない。

「光る虎に宙わたるチ。」

呪文のように唱えて番組制作の方向性を見直せば、今も5000億円以上の収入があるNHKには、新境地を切り開く余地がある。

「みなさまのNHK」に縛られて、実際には多くの人の見られない番組を作り続けるより、特定層を狙って尖った番組を作れば、副次収入が得られる時代が来ている。

そうした取り組みがうまく行けば、受信料の一段の値下げも可能になるかもしれない。何より外貨獲得の先頭を切り、日本理解を促進すれば、NHKの存在価値も高まる。受信料制度という仕組みばかりに固執せず、ネット時代に相応しい新たな体制を構築するべきではないだろうか。

  • 愛知県西尾市出身。1982年、東京大学文学部卒業後にNHK入局。番組制作現場にてドキュメンタリーの制作に従事した後、放送文化研究所、解説委員室、編成、Nスペ事務局を経て2014年より現職。デジタル化が進む中、業務は大別して3つ。1つはコンサル業務:テレビ局・ネット企業・調査会社等への助言や情報提供など。2つ目はセミナー業務:次世代のメディア状況に関し、テレビ局・代理店・ネット企業・政治家・官僚・調査会社などのキーマンによるプレゼンと議論の場を提供。3つ目は執筆と講演:業界紙・ネット記事などへの寄稿と、各種講演業務。

関連記事: