チャゴス諸島の主権移譲で合意、イギリスとモーリシャス 出身者が異議申し立て起こすも棄却
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イギリスのキア・スターマー首相は22日、インド洋のチャゴス諸島の主権をモーリシャスに移譲し、同諸島内の軍事基地を年間1億100万ポンド(約190億円)でリースバックする内容の合意に署名した。
スターマー首相はこの合意について、「基地の長期的な維持のためには唯一の方法であり、イギリスの国家安全保障を強化するものだ」と述べた。
合意によると、イギリスはチャゴス諸島の主権をモーリシャスに譲渡する一方、ディエゴ・ガルシア島にある軍事基地については、アメリカおよびイギリスが引き続き運用を継続することが認められ、99年間の「当初期間」が設定された。
これに対し、最大野党・保守党は「国家に対する自傷行為だ」と強く批判。「モーリシャスとの関係を通じて中国への脆弱(ぜいじゃく)性が高まった」と懸念を示した。
合意の直前には、チャゴス諸島出身者2人による異議申し立てがあったことが明らかになっている。最終的にこの異議は退けられ、合意は成立した。
チャゴス諸島は1968年、イギリスが300万ポンド(現在の価値で数十億円相当)で購入したとされているが、モーリシャス政府は、独立を得るために同諸島の譲渡を強制されたと主張してきた。
その後、イギリスとアメリカは同諸島を軍事基地として整備するため、現地住民を強制的に移住させた。多くのチャゴス諸島出身者はモーリシャスやセーシェルに移住し、一部はイギリス政府の招きでイングランド南部のウェストサセックス州クロウリーなどに定住した。
今回の合意に基づき、イギリス政府はモーリシャスに対し、今後99年間にわたり年間平均1億100万ポンド(約190億円)を支払うとしている。スターマー首相は、この支出はインフレなどの要因を考慮した「純コスト」として、総額34億ポンドに相当すると説明している。
スターマー首相は、「いま行動しなければ」ディエゴ・ガルシア基地の運用に支障をきたす可能性のある法的措置をモーリシャスから受けることになったと述べた。
イギリス北部のノースウッドにある軍司令部で記者会見を行った首相は、「(ドナルド・)トランプ米大統領をはじめとする同盟国がこの合意を歓迎している。彼らはこの基地の戦略的重要性を理解しており、我々に敵対する勢力にこの地を明け渡すわけにはいかないと考えている」と語った。
さらに、「この合意に至らなければ、法的には中国や他国が外縁の島々に独自の基地を設置したり、我々の基地周辺で共同軍事演習を行ったりすることを阻止できなくなる」と指摘した。
「責任ある政府であれば、そのような事態を容認することはできない」
今回の合意には、ディエゴ・ガルシア島を中心とした半径約39キロメートルの範囲に「緩衝地帯」を設ける条項が含まれており、この区域内ではイギリスの同意なしにいかなる建設も認められない。
また、チャゴス諸島の他の島々についても、外国の軍事勢力および民間勢力の立ち入りが禁止されており、イギリスは引き続きこれらの島々へのアクセスに対する拒否権を保持する。
さらに、両国が合意すれば、今回の99年間のリース契約は最大40年間延長することが可能とされている。
この条約は、イギリスおよびモーリシャスの両議会による承認を経て、初めて発効する見通しだ。
モーリシャスのナヴィンチャンドラ・ラングーラム首相は、今回の合意は「モーリシャス国民にとって大きな勝利だ」と述べ、歓迎の意を示した。
ラングーラム首相は、「私は常に、ディエゴ・ガルシアを含むチャゴス諸島全体の主権を取り戻さなければならないと主張してきた」と語り、「チャゴス諸島出身者が再び自らの島で暮らせるようにしなければならない」と述べた。
アメリカのマルコ・ルビオ国務長官もこの合意を歓迎し、「ディエゴ・ガルシアにおける米英共同軍事施設の長期的かつ安定的、効果的な運用を確保するものであり、地域および世界の安全保障にとって極めて重要だ」との声明を発表した。
一方、イギリス国内では野党からの強い批判が相次いでいる。批判の中心は、合意にかかる費用の妥当性と、モーリシャスの対中関係に対する懸念だ。
保守党のケミ・ベイドノック党首は、「キア・スターマー率いる労働党だけが、何かを手放すために金を払うような交渉をする」と非難し、「この基地は極めて重要な軍事拠点であり、モーリシャスは中国の同盟国だ」と述べた。
また、リフォームUKのナイジェル・ファラージ党首も、「スターマー氏はイギリスの国益よりも外国の裁判所を重視している」と批判し、「チャゴスをモーリシャスに譲渡する必要はなく、これは中国の思惑に沿う行為だ」と語った。
英・モーリシャス間の合意は、22日未明に一時的に差し止められたものの、最終的に英高等法院が異議申し立てを退けたことで成立に至った。差し止め命令は同日午前2時25分に出されたが、数時間後に解除された。
この異議申し立ては、ディエゴ・ガルシア島で生まれたチャゴス諸島出身の女性2人、ベルナデット・デュガス氏とベルトリス・ポンペ氏によって提起された。両氏は、自らの故郷である島への帰還を望んでいる。
合意文書には、モーリシャスがディエゴ・ガルシア島を除くチャゴス諸島において「再定住プログラムを自由に実施できる」と明記されている。ディエゴ・ガルシア島には現在、英米共同の軍事基地が設置されており、再定住の対象外とされている。
両氏の代理人弁護士は、事前通知書の中で、「チャゴス島出身者は先住民であるにもかかわらず、島の将来に関する決定に関与する機会を不当に奪われた」と主張していた。
さらに両氏は、モーリシャス政府がチャゴス諸島出身者を公正に扱うとは信じておらず、モーリシャス国籍を持たないイギリス市民として「深刻な障害」に直面する可能性があると訴えた。その中には、人種差別の懸念や、将来的な帰還の可能性が失われることなどが含まれている。
高等法院が異議申し立てを退けた後、原告の一人であるベルトリス・ポンペ氏は、「非常に、非常に悲しい日だ」と語った上で、「しかし、私たちは諦めない」と述べた。
ポンペ氏はさらに、「私たちは自分たちの権利をモーリシャスに譲り渡したくない。私たちはモーリシャス人ではない」と強調した。
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合意をめぐっては22日、チャゴス諸島出身者の代表らがイギリスのデイヴィッド・ラミー外相およびスティーヴン・ダウティ外務政務官と会談。同諸島の主権問題や再定住の可能性について意見を交わした。
会談直後、チャゴス出身者団体「チャゴシアン・ヴォイシズ」のジェミー・サイモン氏はBBCの取材に応じ、「この合意には私たちにとって良いことは何一つない」と強い不満を表明した。
サイモン氏は、「今は怒りと絶望を超えた気持ちだ」と語り、「イギリス政府は私たちの最善の利益を守ると約束していたが、そんなのは全くのうそだった」と非難した。
「外縁の島々に再定住できるかどうかはモーリシャス政府の判断に委ねられており、政府が望まなければ実現しない」
一方、モーリシャスの首都ポートルイス近郊では、チャゴス諸島出身者らが花火を打ち上げて祝賀の意を示した。
「チャゴス難民グループ」のオリヴィエ・バンクールト代表は、「私たちにとって歴史的な日だ」と語り、合意を歓迎した。
「これまで私たちは、チャゴスについて子どもたちに語るとき、それはまるで自分たちが本当に知らない場所の物語のようだった。しかし今日、子どもたちはついに祖先の土地を自らの足で歩くことができる」
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チャゴス諸島は元々、イギリス領だったモーリシャスの一部だった。イギリスは1965年にチャゴス諸島をモーリシャスから分離し、イギリス領インド洋地域(BIOT)の一部とした。
イギリスはその後、アメリカに対しディエゴ・ガルシア島への軍事基地建設を提案し、数千人の住民を島から強制的に移住させた。以降、住民の帰還は認められていない。
近年、イギリスに対してチャゴス諸島をモーリシャスに返還するよう求める国際的な圧力が高まっていた。国際司法裁判所(ICJ)および国連総会は、いずれもモーリシャスの主権の主張を支持する立場を示している。
2022年末には、当時の保守党政権がチャゴス諸島の統治権をめぐる交渉を開始したが、2024年の総選挙で政権を失うまでに合意には至らなかった。