はらわたが煮えくり返る思いだった…「保険料が高すぎる」とこぼした筆者に医師が言った"信じられない言葉" 「出産手当金」すらない国保の深刻な問題
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この本を執筆中、厚生労働省で指導医療官(保険診療の取り扱いや診療報酬請求の内容などについて指導・監査を行う)として勤務していたある医師と、電話で話す機会があった。その医師は私が「保険料が高い」とこぼすと、「僕たちからみれば自分の社会保険料を払っている上に税を通じてそちらにも払っている。国保は社会保険加入者からもサポートされていることを理解してほしい」と言われた。
どういうことかというと、国保は保険料だけでは各自治体が運営できないため、一般会計からも補填している。いってみれば企業に勤めている被用者保険に入っている人の住民税から国保を支援しているのだ(これを「一般会計法定外繰入れ」という)。
社会保険加入者から集めたお金をそっちにまわしている、税を入れているんだから……とその医師は繰り返し言った。言葉の裏には、言い方は悪いが「お前らのために俺らがどれだけサポートしていると思ってんだ。感謝しろ」というような上から目線の姿勢が読み取れた。
そうだろうか。一番直接的にサポートしているのは、無職者が多い国保加入者の中の自営業者やフリーランスではないだろうかと私は思う。
国保加入者が“医療を消費”している?
またその医師はこうも話した。
「集めるお金(保険料)が減ると提供される医療費が下がります。簡単にいえば日本の今の医療は中福祉・中負担。保険料を下げれば低福祉、低負担になりますし、上げれば高福祉・高負担になるので、国民がそれを選択すればいい。その中で保険料を下げようという本を書くあなたの発想は低福祉、低負担になってもいいということでしょうか?」
いやいや、現在のどこが「中福祉・中負担」なのか。私からすれば国保加入者は「低福祉・超高負担」である。相手は私などとは比べものにならないほど社会的立場のある方だったが、私はひるまず、はっきりそう告げた。すると彼は語気を強めてこう言った。
「制度全体をみた立場から言わせてもらいますと、1か所だけ突出した負担ということはありません。なぜならそこが一番“消費”をしているのです。社会保険(組合健保や協会けんぽ)加入者はみなさん(医療費を)使っていないという。これは本当に使っていない。消費をしているのは国保加入者です。それは社会保険は事業者と折半ですが、国保は自治体により力の差がありますから、財政が豊かでない自治体は国保料が高くなるかもしれません。けれども繰り返しになりますが、それでも社保からお金を入れているのです。そして国保に入っている人は(医療の)消費額が多いのです」
腸が煮え繰り返る思いだった。
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制度がらみの硬い話が続くが、もう少しお付き合いいただきたい。
厚生労働省は国保の財政を安定させるために、2018年4月から運営主体を市区町村から都道府県に移した。立正大学の芝田教授がこう説明する。
「以前は市区町村が医療費の推計や保険料の決定、徴収を行っていましたが、現在は都道府県が推計を行い、市町村に『納付金』を割り当てています。①都道府県が市町村に対して納付金の金額を掲示し、②市町村は納付金がまかなえる保険料率を決め、③加入者から保険料を徴収し、④市町村は都道府県に納付金を納める、という流れです。納付金は100%完納が義務付けられ、減額は認められません」
2024年度の東京都と、私の居住地東京23区内のA区の関係から、どのような流れで納付金や保険料が決まるのか、捉えてみよう。
⑥A区の保険料率=24年度の個々の保険料が決定(毎年6月頃)
自治体による保険料の決め方についての詳細は第2章で解説する。
限度額を引き上げると、その負担は加入者全員に…
さて都道府県化して規模を大きくすれば財政基盤が安定するという目的だったはずだが、加入者にとっては保険料の負担が増している現状がある。上限額も引き上げられている。上限額が上がるのは高額所得者がより多く負担するのだからいいじゃないか、と思ったら大間違い。前出の長友氏も「限度額を引き上げると、その負担は加入者全員に及びます」という。
「他の被用者保険の保険料は、月収を基礎にした『標準報酬月額』をもとに保険料が決まります。しかし、国保料は収入や資産に応じて課す『応能割』(所得割、資産割)と、収入などに関係なく一律に課す『応益割』(均等割と平等割)があり、国の標準割合は応能割50:応益割50に設定されています。そのため、限度額を1万円引き上げると、応益割で5000円分、応能割で5000円分引き上げることになります。限度額が上がるということは、低所得者を含む保険料も上がるのです」
国保料の上限引き上げは3年連続だ。2022年度は3万円、23年度は2万円、24年度も2万円引き上げられ、現行の上限額は106万円だ。年々国保料が高くなるわけである。
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やっとの思いで「私は1年に1度くらいしか病院に行っていませんが……」と返すと、
「個々の話をしているのではありません。全体の話です」とバッサリ。
大阪社会保障推進協議会事務局長の寺内氏はこう憤る。
「組合健保や協会けんぽに加入している人も現役世代は元気にたくさん働いて、やがて疲弊して、定年して国保に入る頃に病気を患うことが多いのです。それは若い人はほとんど病気をしないでしょう。でも60代になったら多くの人が病気をするんですよ。それで病気を患っている時は国保加入者なのです。若い加入者が多い社保(組合健保や協会けんぽなど)が国保を支援するのは、私は当たり前だと思いますね」
社会保険や国からもサポートを受け、国保は運営されている。それは間違いない。しかし加入者の半数以上が平均所得100万未満というグループの中で、年200万円以上稼ぐ低中所得者は他の保険と比べ物にならないほど保険料を搾取されていると思う。
「このメンバーでがんばりなさいといわれても…」
佛教大学社会福祉学部准教授の長友薫輝氏も、「国保は今や無職の人、年金受給者、非正規雇用の人々が多く集まる保険になりました。所得が低い人たちで、かつ年齢が高くて病気を発症するリスクが高い、つまり医療費がかかる集まり。このメンバーでがんばりなさいといわれても……加入者にとって過重な国保料です」という。
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加えて国庫負担率が年々低下している。再び寺内氏が補足する。
「国保はもともと保険料負担でまかなう制度設計にはなっていないのです。1983年までは収入全体の約6割を国庫支出金が占めていましたが、84年から低下しました」
現在はその半分以下という。
「減らされた国庫負担分を被保険者の保険料に肩代わりさせていることが保険料高騰の大きな要因です」
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そんな高い保険料の国保に加入すると、どういった給付が受けられるのだろうか。
保険給付には病気や怪我をした場合に、これを治すために医療そのものを給付する「現物給付」と、治療にかかった費用などを給付する「現金給付」がある。
国保の主な給付を紹介しよう。
◎医療機関等の窓口で保険証を提示すれば、一定の自己負担額で医療を受けられる ・0歳~義務教育就学前まで――2割 ・義務教育就学後~69歳――3割 ・70~74歳――2割(現役並み所得者は3割)
※75歳以上は後期高齢者医療制度。自治体によっては乳幼児や児童の医療費無料のところもある。
◎医師の指示により、コルセットなどの治療用装具を作った時、医師の同意によりはり・きゅう、マッサージの施術を受けた時、急性・亜急性の怪我の治療など柔道整復師の施術を受けた時など、審査の上、一定の額の払い戻しが受けられる ◎出産した時(出産育児一時金)1児につき50万円
◎被保険者が亡くなった時、葬儀を行った方に葬祭費(5~7万円)
そしてもうひとつ、公的医療保険の目玉給付サービスは「高額療養費」。
公的医療保険の「目玉給付サービス」とは
医療費が高額になった時、同じ月内の自己負担額を超えた世帯は、申請により超えた分が高額療養費として支給されるのだ。
上限額は所得によって異なり、図表2の計算式に当てはめる。あなたの世帯の所得区分は「ア」から「オ」のうち、どれに当てはまるだろうか。
具体的に計算してみよう。例えば50歳の夫婦、20歳の子どもの3人世帯で、所得区分ウの世帯の場合。
ある月に夫が入院し、3割の自己負担で30万円の入院費を医療機関に支払った。この時、総医療費(10割)は100万円であった。
同じ月に子どもが外来治療を受け、3割の自己負担で3万円の治療診察費を医療機関に支払った。総医療費(10割)は10万円であった。
①この世帯の1カ月の一部負担額は夫30万円+子ども3万円=33万円
②所得区分ウの方式に基づき計算すると、
8万100円+(総医療費110万円-26万7000円)×1%=8万8430円
③自己負担額33万円-8万8430円=24万1570円が支給額になるということだ。
※70歳未満の場合、2万1000円以上の自己負担のみ合算可能。
大雑把な言い方だが、同月内での世帯の総医療費が所得区分「アなら月26万円」「イなら17万円」「ウなら8万円」を超えれば、その超えた額の自己負担金が戻ってくるということ。がんなどに備えた民間の保険への加入は、この高額療養費を踏まえて必要かどうかを判断したい。