【大河ドラマ 豊臣兄弟!】第11回「本圀寺の変」回想 「みんなのため。豊作の世にしてくだされ」直の願い、義昭に訴えた小一郎 長政と市、深まる絆の先にあるもの
政治劇の様相も深まるドラマ
大河ドラマ「豊臣兄弟!」は、足利義昭(尾上右近さん)を擁して織田信長(小栗旬さん)が上洛し、全国の戦国大名に関わり得るポジションを得たことで、信長の視野に入るテーマも一気に拡大。激しい戦いばかりではなく、政治的な動きも活発になってきました。これからの信長は武田、上杉、朝倉ら有力大名とどう渡りあうのでしょうか。第11回「本圀寺ほんこくじの変」に至り、小一郎(仲野太賀さん)たちが扱う案件も一層、高度化、複雑化してきました。
戦国の世をかき回す松永久秀(竹中直人さん)と差し向いになる信長豊かな経済力「堺」への渇望
まず信長が野望を示したのは強力な経済力を抱えた堺(現・大阪府堺市)の支配です。
堺の街を運営する会合衆の面々近隣に世界三大墳墓とされる「大山古墳」が所在するなど、古くから日本政治の重要な拠点として栄えた地域です。
大山古墳(大阪府堺市)港は西日本の海運の要衝でした。そして戦国時代、堺は貿易港として最盛期を迎えます。対明貿易や南蛮貿易など海外との交流拠点として機能し、鉄砲などを扱いました。豊かな財政を背景に環濠都市を形成。豪商の会合衆が治める自治都市として大いに繁栄しました。この時期、堺に滞在した宣教師のガスパル・ヴィレラは、”日本のベニスのごとし”と報告しています。
アブラハム・オルテリウス編、ジュスイット・ルイス・ティシエイラ画「日本地図」 東京富士美術館蔵 アントワープ、1602年発行(1595年初版)オランダの地理学者、オルテリウスが初めて作成した世界地図帳。日本が印刷された初の世界地図です。その中にも「堺 Sacay」の表記があります。
上の「MEACO」が京。堺が国際的に知られた都市であったことが分かります。信長としてもどうしても手中に収めたい場所でした。
松永久秀(竹中直人さん)の案内で堺の街を歩き、その発展ぶりに驚く藤吉郎(池松壮亮さん)たち。街を守る浪人を含めて「この街で揃わぬものはない」という藤吉郎の気付きがのちの伏線でした。
信長の名代として、今井宗久、津田宗及らに「二万貫を納めよ。かわりに鉄砲300丁を購入する」と伝えますが、さすが普段から海外と取引しているタフなネゴシエーターである会合衆。簡単には応じません。300丁の鉄砲はもともと繋がりのある三好三人衆の元へ送られました。織田勢と堺との神経戦も始まりました。
将軍に「百姓の思い」を訴えた小一郎
信長の破竹の進撃に、いったんは四国に退いた三好三人衆でしたが、信長がすぐに岐阜に戻ったのを好機とみてふたたび京へ。将軍・義昭が仮の御所としていた京の本圀寺を取り囲みます。信長が上洛してから約3か月後、永禄11(1568)年12月のことです。
京都市下京区にある本圀寺跡の石碑。現在は山科区に移転しています。信長に美濃を追われた斎藤龍興(濱田龍臣さん)もいつの間にか三好三人衆方に加わっていました。若いながらもしぶとい龍興、戦国の世を彩るユニークなキャラクターです。
右が斎藤龍興(濱田龍臣さん)龍興は美濃から北伊勢に逃げのび、さらに京へ。そして三好三人衆の元に身を寄せたとされています。その後も激しい人生が待っています。
スキを突かれた格好の義昭と信長。本圀寺の戦いは防戦一方になりました。光秀らが懸命に食い止めますが、多勢に無勢。もはやこれまでと死を覚悟した義昭は自害して、「三好三人衆は将軍殺しだ」という悪名を世に伝えるよう、光秀たちに申し伝えます。これに鋭く反応したのが小一郎でした。
「(将軍を誰が殺したなど)そんなことはすぐに忘れられてしまいます。百姓にとっては将軍であろうがさして違いはありません」と義昭に庶民の本音をずばり。「潔く死んで満足するのは侍だけ。自分から死ぬ百姓はいない。泥水をすすってでも生きる。来年こそ豊作になると信じているから。豊作の世にしてくだされ。無様でも生き述びてくだされ」と訴えます。直の願いが小一郎に言わせた言葉だったでしょう。
直が願った平和な世
小一郎と幸せになったのもつかの間。戦乱の世の露と消えた直(白石聖さん)です。この世を去る直前、父・喜左衛門(大倉孝二さん)と交わした賭けがありました。「小一郎なら平和な世を作ることができる」のかどうか。
直が百姓同士の水争いで命を落としたように、世の平安がなければ百姓が願う豊作もあり得ません。責任ある立場である将軍だからこそ、メンツにこだわらずより良き社会を作ることを優先してほしい、という小一郎の願いでした。小一郎が「みんなのため」を強調したのも、直が「小一郎がみんなが満足しないと気が済まない」という言葉と響きあっていました。
生き延びるためならメンツもへったくれもないのが小一郎の強みです。僧侶の恰好をして三好勢に「寺に火をかけたら祟られますぞ」と一世一代の大芝居を仕掛けます。ただ、龍興がそこにいたのは計算外だったでしょう。
第9回「竹中半兵衛という男」から。稲葉山城で3たび巡り合った兄弟と半兵衛。ここで龍興を鉢合わせしていました。覚えていらっしゃるでしょうか。稲葉山城の攻防戦(第9回「竹中半兵衛という男」)で、龍興は抜け道を通って城の中枢部に侵入した小一郎の姿を真正面から見ていました。案の定、龍興は「どこかで見た顔?」と訝し気に僧侶を観察しますが記憶をたどることができませんでした。ここで気付かれたら万事休すでしたが、小一郎、運がありました。様々なエピソードの積み重ねの場面でした。
「祟り」の一言で攻撃の引き延ばしには成功したものの、しびれを切らした三好勢がいよいよ突入へ、という瞬間に藤吉郎たちの援軍が間に合いました。本拠の岐阜から味方が到着するのは待てない、と判断。「揃わないものは何もない」という堺で、浪人たちを1日単位のアルバイト?で雇いました。「本圀寺の変」という史実に、藤吉郎と小一郎の知恵と度胸が生んだ生還劇を加えた脚本の妙。わくわくさせられました。
このタフな兄弟の姿に魅せられた将軍義昭は「わしのものにできぬか?」と光秀にもちかけます。思わぬ展開ですが、この義昭の目論見、どうなるでしょうか。
長政と市、深い信頼関係に
結婚したものの、市に向けられた浅井家の目は疑念に満ちていました。義理の父である浅井久政(榎木孝明さん)からは「まさか浅井家の内情を(信長に)知らせているのではあるまいな」と露骨な言葉まで投げかけられます。
市は兄、信長から贈られた銅鏡を大切にしていました。長政は市に同じ銅鏡のお土産を用意していて信長と被ってしまい、自分の品を引っ込めたあたりが人の好さ。するとその信長の贈り物、家臣の何者かによって焚火に放り込まれてしまいました。久政がやらせたのでしょう。ひどい嫌がらせでした。
長政(中島歩さん)は構わず炎に手を突っ込み、銅鏡をつかみだしました。市への深い思いがさせたとっさの行動。「そなたは浅井と織田を結ぶかけ橋じゃ」。夫婦の絆は深まりましたが、浅井家中に市のことを「かけ橋」と考えている人がどれだけいるのでしょうか……。
史実としては長政は義兄の信長を裏切ることになります。先日、NHKホールで行われたトークショーで、長政を演じる中島さんは「どうしてそうなるかが見どころです」と思わせぶりな発言でした。この市との絆の深まりがストーリーにどのように関係してくるのでしょうか。注目です。
(美術展ナビ編集班 岡部匡志、撮影・岡本公樹) 【参考文献】「信長徹底解読 ここまでわかった本当の姿」(堀新・井上泰至 編、文学通信)、「愛知県史 通史編3」(愛知県史編さん委員会 編)、「岐阜県史 通史編 中世」(岐阜県 編)、「羽柴秀長 秀吉の天下を支えた弟」(柴裕之著、角川選書)、「羽柴秀長とその家臣たち」(黒田基樹著、角川選書)、「現代語訳 信長公記 天理本 首巻」(太田牛一著、かぎや散人訳 デイズ)、「豊臣秀長 『天下人の賢弟』の実像」(和田裕弘著、中公新書) <あわせて読みたい>
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