名手ルメール「“あの最強馬”と同じフィーリング」“特殊な天皇賞・秋”を制したマスカレードボールは超逸材なのか?「まだ中高生」手塚調教師の証言(Number Web)

 武豊のメイショウタバルが逃げ、岩田康誠のホウオウビスケッツが2番手につけた。2頭とも序盤は折り合わず、鞍上が重心を後ろにして手綱を引いている。  2人のベテラン騎手が前を固める形になって後続は動くに動けなくなり、1000m通過62秒という超スローペースになった。  4コーナー手前で一気にペースが速くなり、直線へ。  ラスト400m地点でタスティエーラがメイショウタバルとホウオウビスケッツをかわして先頭に躍り出た。  その外からマスカレードボールが末脚を伸ばし、ラスト200mを切ったところで先頭に立った。そのまま最後まで伸び切り、先頭でゴールを駆け抜けた。  勝ちタイムは1分58秒6。  3/4馬身差の2着は同じ3歳牡馬のミュージアムマイル。一昨年の天皇賞・春を勝ったジャスティンパレスが3着。逃げたメイショウタバルは6着、ともに流れをつくったホウオウビスケッツは13着だった。

 検量室前に戻ってきたルメールはマスカレードボールの背で両手を挙げ、「やったー!」と満面の笑みを浮かべた。 「ゲートを出てから1歩目がよかったので、すぐ前に行けると思ったけど、ストライドが大きいから最初のコーナーまでは他馬のほうが速く、ミドルポジションになりました。ずっとタスティエーラをマークして、直線で外に出してから加速しました」  これがテン乗りだったが、見事に能力を引き出した。 「坂を上がってからマスカレードボールのフルパワーをお願いしました。ダービーではジワジワ伸びる感じだったけど、今日は切れ味があった」  レース全体の上がり3ハロンが32秒9という究極の切れ味勝負になった。この馬の上がりはメンバー中3位タイの32秒3。最も速かったのは4着に来たシランケドの31秒7だった。昨年のこのレースで前を一気に差し切ったドウデュースが32秒5。こちらは全体が33秒7だったなかで後方から伸びて叩き出したタイムだった。  東京競馬場でのラスト3ハロンは、4コーナーの途中からゴールまで。今年の天皇賞・秋は、4コーナーから全馬がロングスパートをかけてゴールを目指すという、きわめて特殊な展開になった。つまり、ロングスパートのなかでの究極の切れ味勝負だったのだ。だからスローでありながら、逃げ・先行有利にはならなかった。


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 共同会見で、「これまで乗った馬で似たタイプはいるか」と問われ、ルメールはこう答えた。 「イクイノックスも若いときはエンジンがかかってから(スピードに乗るまで)時間がかかって、だんだん加速してパワーアップした。それと同じフィーリングがあった」  イクイノックスもこの馬同様ダービーで2着に惜敗し、それ以来となった天皇賞・秋でGI初制覇を果たした。管理した木村哲也調教師は同馬を「天才」と表現した。その後も圧巻の強さを見せつづけ、レーティング世界一となった。  マスカレードボールは、イクイノックス級の馬になっていくのだろうか。手塚調教師の口調には熱がこもっていた。 「想像以上の脚でした。今日のレース内容やレース後の息づかいなどを見ると、どこまで行くのか想像できない馬になる可能性を持っている」  まだまだ完成途上だ。 「この秋、放牧先から戻ってから、少年が青年に、小学生から中高生になった感じですが、まだ成人にはなっていません。日本のみならず、世界でも高みを目指して、JRAを代表する馬になってほしいですね」

 このレースと同じように、スローで、特殊な流れになったレースとして思い出されるのは、オグリキャップの「奇跡のラストラン」として語り継がれる1990年の有馬記念だ。道中の流れが遅く、勝ち時計は同日の条件戦グッドラックハンデキャップよりコンマ6秒遅くなった。2011年のクラシック三冠馬オルフェーヴルが3歳時に勝った有馬記念も、同日のグッドラックハンデキャップより2秒7も遅い時計で決着した。  捕食動物から逃げる本能を持つ馬にとっては、前に行きたいのに遅い流れのなかで我慢することは非常に苦しく、心身への負荷が大きくなる。オグリとオルフェが勝った有馬記念は、そうした厳しい我慢を強いられた直後に究極の切れ味勝負をしたわけだ。こういう特殊な流れのレースは、本当に強い馬でなければ勝てない。 「まだまだ成長の余地がある」と手塚調教師が言えば、ルメールも「まだ伸びしろがある。体も大きくなれる」と話したように、マスカレードボールが本格化するのはこれからだ。  現時点でも、超スローでも掛からない精神力の強さがあるし、大きなストライドから距離が延びるのはむしろ歓迎だろう。  スケールは青天井、と言っていいのではないか。  次走はジャパンカップになるようだ。この馬が「イクイノックスの再来」となるか。大きな見どころができた。

(「沸騰! 日本サラブ列島」島田明宏 = 文)

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