宇宙から「潮の香り」がしていた...「奇妙な惑星」に生物がいる可能性【最新研究】(ニューズウィーク日本版)

英ケンブリッジ大学の天文学者チームが今年4月半ば、系外惑星を探査中にその大気に予想外のガスが含まれていることが分かったと報告した。それはジメチルスルファイド(DMS)と呼ばれるガスで、地球上では主に生物が生み出す化合物だ。 【写真】旧ソ連の宇宙探査機「コスモス482号」 を見る チームは昨年4月20日、ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)で惑星K2-18bが周回する恒星を6時間近く観測した。この間にK2-18bは恒星の前を通過。この時JWSTが捉えたのは、K2-18bの大気中を進んだ恒星の光だ。 この光を分析した結果、K2-18bの大気中に存在する分子の痕跡を検出できた。チームはこの痕跡を惑星の大気中に存在する可能性がある20の分子と比較。DMSの分子と最もよく一致することを突き止めた。DMSは地球の海の「潮の香り」の主成分で、生命の存在を示す指標だ。 この発見の意味を理解するために、まずはこの奇妙な惑星について見てみよう。 K2-18bという名前のK2はケプラー宇宙望遠鏡で始まり、後継機のJWSTが受け継いだNASAの延長ミッションの名称で、18bはK2ミッションで18番目に見つかった恒星系の最初に発見された惑星であることを示す(恒星と間違えないよう最初に見つかった惑星はaではなくbと表示される)。 K2-18bは地球から120光年余り離れた系外惑星だが、銀河系の規模から言えば、私たちの裏庭にあるようなものだ。この惑星についてはよく分かっていないが、地球とは全く異なるタイプの惑星であると言える。 まず質量は地球の約8倍、体積は約18倍もある。つまり密度は地球のわずか半分程度で、太陽系の巨大な氷の惑星である海王星を小さくしたような星、つまり「ミニ海王星」か、水のない岩石惑星で大量の水素に包まれた「ガス矮星」のいずれかとみられている。 もう1つの可能性として、ケンブリッジ大学の天文学者ニック・マドゥスダンが提案したのが「ハイセアン惑星」ではないかという仮説だ。これは水素(hydrogen)と海洋(ocean)を合わせた造語で、地球の海の何倍も深い海が広がり、大陸はなく、海の上に高さ数千キロにも及ぶ水素の大気がある惑星のことだ。 そういう惑星が実際に存在するかは不明だが、シミュレーションモデルによるハイセアン惑星の特徴は、JWSTなどの望遠鏡が集めたK2-18bの限られたデータと一致する。 天文学者の興奮をかき立てるのはここからだ。ミニ海王星やガス矮星には液体の水はなさそうだし、大気の下の表面に膨大な圧力がかかるため、生命が存在することはまずあり得ない。だがハイセアン惑星には広大な、おそらくは温かい海があると考えられる。この海には生命が存在できる、いや、既に存在している可能性があるのだ。 マドゥスダン率いるチームは2023年にJWSTの近赤外線カメラで、K2-18bの大気を通過した恒星の光を初めて観測した。この光を分析した結果、二酸化炭素とメタンが検出され、K2-18bの大気の上層には水蒸気がないことも分かった。この観測結果はK2-18bがハイセアン惑星であるという仮説と矛盾しない。 ハイセアン惑星の海の上にはより高温の非常に分厚い大気があるため、JWSTが観測できる大気の上層には水蒸気が上がってこられないからだ。とはいえ、これだけではK2-18bがハイセアン惑星であるとは断言できない。 ■地球外生命探しに弾みがつく 興味深いことに、この観測データにはもう1つ非常に弱いシグナルが含まれていた。マドゥスダンらはこの弱いシグナルがDMSであることを突き止めた。地球上では海藻や海の微生物が大量にDMSを作り出す。生物由来ではないDMSがあるとしてもごく微量にすぎないだろう。 このシグナルの発見で最初の検出結果が一層興味深いものとなった。広大な海があるとみられる惑星の大気中にDMSの痕跡があれば、生命が存在すると考えられるからだ。 マドゥスダンらのこの最初の発表に対して、科学者たちはさまざまな反応をした。面白い発見ではあるが、DMSのシグナルは非常に弱いし、K2-18bがハイセアン惑星かどうかもはっきりしない、というのだ。 こうした批判に応えて、マドゥスダンらは1年後に再びJWSTで観測を行い、今度は別のカメラで別の波長を調べた。その結果を報告したのが先日発表された論文だ。 その内容は最初の発見を支持するものだった。新しいデータでは、DMSかそれに関連した分子の存在を示すシグナルが前の観測データよりも明確に確認された。別のカメラを使った別の観測でDMSの痕跡が検出できたのだから、K2-18bの大気中にDMSがあるとみて間違いなさそうだ。 マドゥスダンらは新論文で、データの不確実性について詳細な分析を行った。観測データには測定ミスなどの不確実性が付き物だが、分析の結果、DMSの存在を示すシグナルは測定ミスなどがもたらしたノイズではないことがほぼ確実になった。天文学者として、私はこの解析結果にとても興奮している。 ということは、地球外生命体が見つかったと考えていいのか。その可能性は否定できないが、まだいくつか問題が残っている。まず、K2-18bは本当にハイセアン惑星なのか。これについてはさらなる検証が必要だ。 第2に、別の年に別のカメラを使って検出されたシグナルは本当にDMSなのか。これについても慎重に検証を重ねる必要がある。 第3に、このシグナルがDMSだとしても、DMSがあれば生命が存在すると言えるのか。これは最も難しい問題だ。今の観測技術では生命体そのものを検出することはできない。他のあらゆる可能性を追究した上で、消去法で生命の存在を示す指標だろうと推定するしかない。 マドゥスダンらの検出結果が歴史的な発見となる可能性はあるにせよ、重大な不確実性は依然として残っている。既に世界中の科学者がマドゥスダンらの論文を精査し、精力的に検証を進めている。独立した立場での検証なしに科学的な発見は成り立たないからだ。 検証結果がどうあれ、マドゥスダンらの論文はJWSTの観測で地球外生命探しの手掛かりが見つかる可能性を示した。宇宙生物学の分野はこれからますます面白くなりそうだ。 Daniel Apai, Associate Dean for Research and Professor of Astronomy and Planetary Sciences, University of Arizona This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

ダニエル・アパイ(アリゾナ大学天文学・惑星科学教授)

ニューズウィーク日本版
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