【大河ドラマ豊臣兄弟】第10回「信長上洛」回想 “天下布武”は通過点 真の目標は天下一統 信長と市の「きょうだい」物語も熱く

信長の野望、ついに姿を現す

大河ドラマ「豊臣兄弟!」の第10回「信長上洛」は、織田信長(小栗旬さん)の心の内に秘めた野望が、ついにその姿を現すストーリーでした。目指すは既存の権威を補佐するのではなく、自分自身の手で全国をまとめようという「天下一統」でした。(ドラマの場面写真はNHK提供)

足利将軍家の再興を目指す足利義昭(尾上右近さん)から支援を依頼され、進んで義昭を奉じて上洛作戦を実行した信長。朝倉や上杉、武田、北条といった他の有力な戦国大名が、自国内部の統治問題やライバルとの睨みあいで二の足を踏む中、尾張と美濃を固めた信長の動きは素早かったのです。

対立関係にあった北近江(現在の滋賀県北部)の浅井長政(中島歩さん)には妹の市(宮﨑あおいさん)を嫁がせ、同盟関係を結んで安全を確保。協力を拒んだ六角氏を観音寺城(現滋賀県近江八幡市)から追い出しました。

六角氏の拠点だった観音寺城跡(滋賀県近江八幡市)

桶狭間から8年、全国に影響を及ぼすポジションへ

第十三代将軍義輝を殺害した三好三人衆も信長軍のプレッシャーに耐えかねて、阿波(現徳島県)にいったん退却。岐阜の出陣からひと月もかけずに入京を果たしました。時は永禄11年(1568)9月。桶狭間の戦い(1560)から8年あまりで、国の全体の政治に関わるポジションに到達した信長でした。

小一郎も馬上の人に。織田家中で順調に地位をあげていることを明示しました。

「幕府組織の枠」に入るつもりない信長

一方、ドラマでも描かれたとおり、上洛を果たして第十五代将軍に就任した義昭は、信長を幕府組織ナンバー2の副将軍か管領に任じようとしましたが、信長は辞退。また国の中心地の五畿内(大和、山城、摂津、河内、和泉)のうち、望みの地を知行に与えるという恩賞も提示されましたが、こちらも断って商業で繁栄する堺(現大阪府堺市)と、交通の要衝である近江の大津、草津の直轄支配を希望しました。古い権威である足利将軍家の傘下に入るつもりはないことは明白でした。

信長の真意を測りかねる義昭(尾上右近さん)

信長は、義昭を中央に進出するための足掛かりとして利用した、と表現したらいい過ぎでしょうか。

「天下布武は通り道、目指すは天下一統」

すぐに岐阜に戻った信長。ドラマでは、五畿内に室町幕府を再興することを示す「天下布武」というスローガンについて「詰まらぬ。ただの通り道じゃ」と歯牙にもかけません。「わしはこの日の本をひとつにする。天下一統じゃ」と高らかに宣言しました。これこそ、信長の本音でしょう。

義昭たちも信長の真意を測りかね、「腹の底が見えない」「やっかいな奴」と信用してはいません。歴史が示すとおり、両者の良好な関係はそれほど長くは続きませんでした。義昭と信長の神経戦が始まります。

この時代の焦点、光秀はどんな人物像に?

この時代である意味、最も注目すべき人物でしょう。明智光秀(要潤さん)がいよいよ登場しました。

義昭に仕え、後に信長に臣従。その人生の最期は皆さんご存じのとおりです。光秀が最初にドラマに登場するのが、因縁の相手である藤吉郎(池松壮亮さん)との対面、という巧みな導入でした。出自、経歴、そしてなんといっても最後の決断の理由など、ナゾが多い光秀。それゆえ、ドラマで描く際に自由度が高いキャラクターとも言えます。大河ドラマでも様々な光秀像がありました。「豊臣兄弟!」ではどんな人物として描かれるのでしょうか。

半兵衛、光秀をどう評価?

異能の人である竹中半兵衛(菅田将暉さん)は早速、光秀たちのたくらみを見抜きます。

従者に対する光秀のふるまいや言動が不自然だったことから、「この従者は義昭本人なのでは?」と鋭く推理。信長家臣団の優秀さを義昭と光秀に見せつける結果になりました。「信長は油断がならぬ」と思わせ、また将軍家再興に助力を願うにふさわしい存在、と判断する根拠ともなりました。半兵衛の高い能力も示した効果的なエピソードでした。

初登場の光秀は、義昭に対する忠義心にあふれ、教養も判断力も勇気もあり、如才ないがプライドはやや高い人物、という印象を持たせました。どういう道筋をたどって天正10年(1582年)6月2日の本能寺にたどり着くのでしょうか。これからますます目が離せません。半兵衛は光秀の第一印象でどういう人物と感じたのか、聞いてみたい気がします。

壮大なスケールを誇った岐阜城

ドラマの中で、藤吉郎が岐阜の城下について「いずれ京の都や堺をしのぐやもしれません」と自慢したところ、光秀は「京や堺には到底、及ばない」と鼻で笑うシーンが印象的でした。果たしてどうだったのでしょうか。

岐阜城

この城を訪問し、信長と面談した宣教師のルイス・フロイスは「インドのゴアにあったポルトガルのインド総督邸以上に素晴らしい」と称賛。壮麗な建築物が立ち並ぶ様子を描写していました。関ケ原の戦いのあと廃城になった岐阜城は近年、調査が進んでおり、フロイスらの記述が決して大袈裟でないことが裏付けられてきています。

山麓と、標高329㍍の稲葉山山頂にも石を積み上げ、先進的で巨大な城郭を作り上げました。信長の城といえば安土城があまりに有名ですが、すでにこの岐阜の地でもヨーロッパ人を驚かせていたのです。それは信長の強大な権力と財力を見せつけるための大掛かりな装置でした。

藤吉郎が「岐阜がいずれ、京や堺をしのぐことになるかも」と胸を張ったのも、往時の岐阜城の威容を想像すれば尤もな気もします。大河ファンならずとも、一度は足を運んでみてほしい岐阜城です。(↓下記の記事も参考にどうぞ)

こちらの「きょうだい」も熱い

信長と強い信頼関係で結ばれていた市。家を出る時がきました。ドラマではとりわけ彼女と信長の心境を丁寧に描いてきました。小栗さんと宮﨑さんの重厚な演技が見せ場になりました。

妹の夫になる人(浅井長政)について、どんな人物か知らない、と言った信長。「知れば(嫁入りさせることを)迷ってしまうかもしれぬ」と、らしくない心情を吐露しました。政治的、軍事的な判断に私情や温情を挟むことはしない信長。妹の結婚も純粋に政治的なふるまいであり、夫の人格の良し悪しなど本来は信長の見極めには関係ないはずですが、「迷う」という言葉を使ったように、「詰まらない男だったら市を行かせるのは躊躇してしまう」が本音ではありました。頼れる存在だった市への深い思いが見え隠れするシーンでした。

きょうだいへの信頼関係の強さは市も同様。だからこそ信長の役に立つことができる政略結婚は、むしろ彼女にとって歓迎すべき節目でした。「この婚礼は(私の)初陣じゃ。これほどめでたきことはない」という言葉も文字通り、前向きな気持ちの入ったものでした。

身分に関係なく、藤吉郎と小一郎の兄弟の能力の高さを認め、面白がり、真摯に向き合ってくれた市。

この2人といえば第6回「兄弟の絆」。信長は弟の信勝を謀殺して以来、人を信じることができなくなったという、市でなければ知り得ない兄の内面を語ってくれました。小一郎への信頼感があるからこその打ち明け話だったでしょう。彼女が自ら「初陣」と形容した嫁入りに際して、小一郎も「どうかご武運を」と心からの励ましの言葉を贈りました。

ここにももうひとり、深い思いを秘めた男(柴田勝家)がいました。数奇なさだめが再び2人を引き合わせることになります。

結果的に戦国の世の最前線に送られ、激しい人生を歩むことになる市。彼女と信長のきょうだいの物語も、「豊臣兄弟!」の重要な要素です。藤吉郎と小一郎の兄弟もこの2人の命運に大きく関わっていきます。

(美術展ナビ編集班 岡部匡志、撮影・岡本公樹) 【参考文献】「信長徹底解読 ここまでわかった本当の姿」(堀新・井上泰至 編、文学通信)、「愛知県史 通史編3」(愛知県史編さん委員会 編)、「岐阜県史 通史編 中世」(岐阜県 編)、「羽柴秀長 秀吉の天下を支えた弟」(柴裕之著、角川選書)、「羽柴秀長とその家臣たち」(黒田基樹著、角川選書)、「現代語訳 信長公記 天理本 首巻」(太田牛一著、かぎや散人訳 デイズ)、「豊臣秀長 『天下人の賢弟』の実像」(和田裕弘著、中公新書) <あわせて読みたい>

◇竹中半兵衛役・菅田将暉さんインタビュー 「強者と戦いたい、勝ちたい、という野心の持ち主」「戦争の怖さ、むごさを常に意識しているキャスト」

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