『簿記も経理もAIで済む』時代に、日本の教育は何を教えるべきか(秋元祥治)
今日、私が教える武蔵野大学アントレプレナーシップ学部で、オープンキャンパスが開かれました。全国から高校生とその保護者が集まり、キャンパスは一日中にぎわいました。
印象に残ったのは、高校生からは、自分で何かを始めてみたい、AIの時代に何を学べばいいのか、という声が上がったことでした。
AIが当たり前になり、だれもが瞬時に調べ物をできる時代。課題としてレポートを出しても、やはりAIがまたたく間にレポートを仕上げてしまう現実。こうした中で、勉強して覚えることは、本当に大事なのか。ノートを取り、板書を写し、暗記して試験に臨む。長く当たり前とされてきた学びのかたちが、いよいよ問い直されているように思うのです。
私の原点は岐阜にあります。岐阜市柳ヶ瀬が地元で、二十五年前に街中を活性化するNPO法人G-netを立ち上げたのが活動の出発点でした。その縁もあって、今はこの学部で教えています。
アントレプレナーシップとは、日本語にすれば起業家精神です。自分で問いを立て、仮説を持って、とにかくやってみる。そういう人を増やそうと、五年前に日本で初めて立ち上がった学部です。学部長は「一分で話せ」の著者である伊藤羊一さん、教員には自分で事業を起こしてきた起業家や経営者が並びます。
ここで言うアントレプレナーシップとは、自分で会社を起こすことだけを指すのではありません。会社の中で課題を見つけ、解決しようと動く。それも立派な起業家精神です。この学部、昨年に一期生、今年三月に二期生が卒業しました。約百二十名の進路を追ってみると、大学を出てすぐ就職という一般的な道とは少し違う絵が見えてきます。すでに自分で起業した学生が二割。休学しながら事業を始めている学生まで含めると、全体の三分の一弱が、自分で手を挙げて動き、事業をつくる側に回っているのです。二十二、三歳で会社を起こす。そういう若者が次々に生まれています。日本で初めての学部ということもあり、今では各地から大きな注目を集める存在になりました。
注目したいのは、この動きが全国に広がっていることです。今年、京都産業大学にアントレプレナーシップ学環が立ち上がりました。少しさかのぼれば、徳島県の山あいの神山町には、2023年に神山まるごと高専が開校しています。テクノロジー、デザイン、そして起業家精神の三つを一つの学科で複合的に学ぶ私立の高専で、卒業生の四割が起業家になることを目標に掲げ、全国から志願者を集めました。2024年には、FC今治高校里山校も開設されています。
4月に行われたFC今治高校里山校の入学式(撮影:筆者)その流れは、岐阜にも届いています。瑞浪市の麗澤瑞浪高校にアントレプレナーシップコースが、今年開設されました。高校三年間で百人を超える地域の起業家やリーダーが学校に関わり、生徒がどんどん地域に出てインターンや事業づくりを体験します。
そしてもう一つ、飛騨です。古川町に飛騨初の四年制大学、コーイノベーション大学、通称COIUが生まれました。慶応大学教授で岐阜出身の宮田裕章さんが特別顧問に、岐阜大学で長く活躍された高木朗義さんが学長に就き、民間で実績を積んだリーダーが教員に加わっています。集まった学生のおよそ四分の一が岐阜県内や愛知県の出身で、逆に言えば四分の三は全国各地から飛騨に学びに来ています。一年目は飛騨古川でじっくり学び、二年目には全国各地へ半年間の長期インターンに散り、授業はオンライン。三、四年生になると自分でプロジェクトを立ち上げる。机に向かって座学を重ねるだけの大学とは、ずいぶん姿が変わってきています。
ではなぜ、こうした変化が今いっせいに起きているのか。世の中が大きく変わっているからではないでしょうか。皆さんも生成AIを使うようになってきたのではないでしょうか。チャットGPT、ジェミニ、クロード。半年前と比べれば、比較しようもないくらいに今のほうが賢くなっていると感じます。確からしいことは調べればすぐ教えてくれ、これまで半日かかった調べ物が十分で返ってきます。その上で分析し、仮説を立て、記事まで書いてくれるようになりました。
だからこそ、今あらためて問われているのは、そもそもAIに何を聞くのか、という点です。何を課題とするのかという課題設定力。これが第一に大事になります。問いさえ立てれば、AIが調べ、仮説をいくつも出してくれる。けれども、その仮説を実行するのはAIではありません。AIには体がないからです。動くのは人間です。
だからこそ、次に重要になるのは、さっさとやってみる行動力です。やってみれば、仮説と結果の間に必ずずれが生まれます。そのずれこそが学びの種です。早く修正して、二度三度と挑む。問いを立て、仮説を立て、行動する。これはアントレプレナーシップ(起業家精神)そのものであり、AIが当たり前になったからこそ求められているのだと思います。
一昔前にはトライアンドエラーという言葉がありました。これを一段進めた、今注目のキーワードがエラーアンドラーンです。やってみて、失敗から学び直し、また次の挑戦につなげる。これを掲げているのが、元サッカー日本代表監督の岡田武史さんです。岡田さんは今、愛媛県今治市でFC今治高校の学園長を務めていて、この高校のコンセプトに掲げられているのが、エラーアンドラーンなのです。
教育の現場も動いています。岐阜新聞デジタルの独自企画では、県内の高校五十校ほどが取材されてきました。私たちが高校生だった頃と決定的に違うのが、探求という授業です。どの高校もここに力を入れ、先生方が口をそろえて大事だと言うのが「問いを立てる力」。地域の課題を自分で見つけ、調べ、地元の人に話を聞きに行き、解決策を考えて発表する。そんな学びが、教室の中で当たり前になりつつあります。調べることも仮説を立てることも、企画を考えるところまでAIが手伝ってくれる時代だからこそ、問いを立て、やってみて、振り返って次につなげる。その重心の移り変わりを、現場の先生方が肌で感じているのだと思います。
一方で気がかりな数字もあります。岐阜新聞デジタルの記事によれば、県内の中小企業の半数以上が、いまだにAI導入に慎重だといいます。情報流出への不安や、働き方をどうマネジメントするかという戸惑い。その気持ちは分かります。それでも、もうAI前提の社会です。完璧な使い方を待つのではなく、まずはやってみて、そこから次につなげればいい。問いを立て、試し、学び直す。その姿勢は、大企業より小回りのきく中小企業にこそ向いているはずです。
そこで、日本の教育に一つ提案をしたいのです。例えば、地元岐阜では岐阜市立女子短大の四年制大学化が議論されています。私はここを、アントレプレナーシップをど真ん中に据える大学(アントレプレナーシップを、ただ強化する大学ではなく)にしてほしいと思っています。起業家精神教育ファーストでカリキュラムを組み立てるのです。
市立岐阜商業高校も同じです。簿記や経理はAIで済むようになっていく。専門知識はもちろん大切ですが、その商いの知識を持って自分で事業をつくれる人を育てる場へと、捉え直してほしいのです。若者が流出すると言われ続けてきた岐阜にとって、自分で問いを立て事業を起こせる人が地元から育ち、戻ってくる流れをつくれるかどうかは、街の未来そのものに関わります。教育を変えることは、地域を変えることでもあるのです。
生成AIは失敗しません。正確には、失敗を認めません。失敗しなさそうなことを示しているだけです。実際にやってみて、振り返り、次に活かす。そういう人を育てることが、AIが中心になる時代だからこそ求められます。変わるなら早いほうがいい。早く変わったものから先へ進んでいきます。岐阜も変わりつつありますが、他の地域も変わろうとしています。いち早く動き、とにかく挑戦する。そんな教育の未来に期待しています。