井上芳雄と歩く“最後の”帝国劇場「ダメ出しをされて籠もった場所は、忘れられない思い出のひとつ」

帝国劇場のロビーの大階段に佇む井上芳雄さん。「帝劇は歴史も長いし伝統もあるから、出るに際して、のしかかるものもある。でも、たくさんの方が携わってきたから、守ってくれる力も強いんじゃないかなと、みんな思っているというか、思いたいですね」(撮影:品田裕美) この記事の写真をすべて見る

 ミュージカルの殿堂として長く親しまれてきた現・帝国劇場が、建て替えのため、2月末日をもって59年の歴史に幕を下ろす。最終公演でセンターを務める井上芳雄とともに、劇場を歩いた。AERA 2025年3月3日号より。

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「世界には沢山の劇場がある」

井上芳雄の艷やかな歌声が会場いっぱいに響く。

「でもいちばん好きな劇場は…… 帝劇!」

「レ・ミゼラブル」「ミス・サイゴン」「エリザベート」……372もの作品が上演され、ミュージカルの殿堂として1966年から親しまれてきた現在の帝国劇場が、建て替えのため、59年の歴史に幕を下ろす。その最後を飾る、ミュージカル全53作品からの楽曲で構成されたコンサート「THE BEST New HISTORY COMING」が、2月末日まで上演されている。全公演を通して、0番に立つのが井上だ。

「僕の初舞台、キャリアのスタートは帝国劇場。ただの大学生だった自分が、プロとして世に出してもらった場所ですし、公演中は1カ月を超える長い時間を過ごしますから、本当に、第二の家みたいな雰囲気を、この帝劇には感じています」

 そう述懐する井上とともに、唯一無二の劇場をめぐった。

ダメ出しされトイレに

最終公演のオープニングは、

「これまでの帝劇のミュージカルを紹介するナンバー『THE帝劇』。僕たちの帝劇への思いを歌います、みんなが思っていることだけではなく、きっとお客様も経験した……トイレの列が長いとか(笑)、あるあるみたいな内容と、自分たち役者が帝劇に立つ喜びを、そのまま歌にした、壮大な、帝劇への愛情あふれる歌詞です」

作曲を担ったのは、甲斐正人。

「甲斐先生は『エリザベート』の音楽監督でもあり、僕が初めてオーディションを受けたときもいらっしゃって、すごく推してくださったと聞いた記憶があるので、お世話になった先生の作曲した楽曲を最後に歌えることも、うれしいですね」

井上のデビューは2000年。東京藝術大学2年時に、講義で知己を得た小池修一郎の勧めにより、小池が演出する帝劇のミュージカル「エリザベート」のルドルフ役のオーディションを受けたことがきっかけだった。

「ダンサーの方も含め、とにかくたくさんの人がオーディションに来ていて。みなさんプロの方ばかりだったので、その雰囲気に押されて、言われた通り、踊ったり歌ったりしてる間に、あれよあれよと決まった印象です。


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帝国劇場の舞台下にある大ぜりの根元に立つ井上芳雄さん。「普段は下(地下6階)までは来ないですね、役者は。最近は、作品ごとの演出を優先するので、そんなに使わないんですけど、最後のコンサートではフルに使うので、楽しんでもらえていたらいいですね」(撮影:品田裕美)

いま、帝劇の9階には稽古場とは別にプロデューサー室があるんですけど、そこに、ルドルフ役の候補が最後に3人残されて、この歌を歌ってください、知らないだろうから、ここで譜読みをしてくださいって言われて、30分ぐらい与えられたんです。僕は『エリザベート』もその曲も知っていたので、ほかのお二人に、こういう歌なんですよってお教えした気がします(笑)」

稀有な在学中デビューを果たした実力を持つ井上だが、忘れられない帝劇の思い出のひとつに、ダメ出しをされてトイレに籠もったというものがある。

「『エリザベート』の再演のときですね。翌年の01年かな。同じルドルフ役で、2回目だからうまくできるかと思いきや(苦笑)。先生に、まだ学生に戻れるぞ、みたいに言われて。それまで、あまりダメ出しされた経験がなかったので、ちょっとショックで。そんなこともあって、いまや、ダメ出し大嫌いになっちゃった(笑)」

最も井上の印象に残っている作品は

そんな井上にとって、帝劇で最も印象に残っている作品は、今回のコンサートでも自身が歌う「ルドルフ ザ・ラスト・キス」、ウィーン版の演出(12年)だ。

「いまだに共演者たちと、あれ、よかったね、って話しますね。もう全部がよかったんですけど、ウィーンから持ってきた、電動の大きなカーテンでシーンを変えていく装置がすごく難しくて。初日開けるまでも壊れたりして大変そうで。上演中もうまくいったりいかなかったりしていたんですけど、千秋楽で、ばさっと落ちるはずが、残っちゃった。残念ではあったんですが、でも、終わりたくないという気持ちがカーテンにもあったんじゃないか、って思った記憶があります(笑)。

いまでこそミュージカルが人気を得て、お客様がたくさん来てくださるけれど、当時は帝劇を1カ月1人で埋めるっていうのはなかなか大変なことで。新作はどんなに評判がよくても常に満席ってふうにはいかなくて。そんなちょっと悔しい思いも含め、強く印象に残っていますね」

(編集部・伏見美雪)

現・帝国劇場の最終公演を飾るコンサート「THE BEST New HISTORY COMING」で0番(センター)を務める井上芳雄さん。オープニング曲「THE 帝劇」では、帝劇でこれまでに上演されたミュージカル53作品のタイトルを出演者が歌いつないだ(撮影/上田泰世・写真映像部)

【後編はこちら】さようなら帝国劇場 堂本光一と行った地下の中華に、蕎麦屋、喫茶店…劇場だけではない、井上芳雄が語る思い出

AERA 2025年3月3日号より抜粋

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