「ハダカデバネズミ」の複雑な社会が「長寿の秘密」か? 熊本大学などの研究
特異な免疫システムと並び、長寿でも知られるハダカデバネズミ。その社会性に関する新たな研究成果が発表された。それは彼らの長寿の仕組みを理解する手がかりになるかもしれない。
我々ヒトもそうだが、複雑な社会を持つ生物は多い。アフリカのハダカデバネズミもその一つだ。この不思議な生物が発見されて以来、多くの仮説や俗説が提唱されてきたが、依然として謎の多い存在とされている(※1)。
特に哺乳類は身体のサイズと寿命に相関があるが、ハダカデバネズミは身体のサイズに比べてかなりの長寿だ(※2)。その平均寿命は約24年とされ、中には40年近く生きる個体もいて、その平均寿命は小型マウスの9倍と考えられている。
遺伝子、後天的遺伝子修飾、抗酸化機能、免疫機能、幼形成熟(ネオテニー)などが、他の生物と異なるハダカデバネズミの特徴と考えられている。だが、長寿の理由については依然として議論が続いている(※3)。
アフリカの乾燥地帯の地下に穴を掘って生息し、主に植物の地下茎を食べるハダカデバネズミは、血縁関係を基盤とした平均75個体ほどのコロニー(最大295個体)を形成し、ヒト以外ではきわめて珍しい高度な社会性を持つ哺乳類として知られている。
嗅覚と聴覚が発達し、コロニーの仲間とコミュニケーションを取り、自分のコロニーの仲間と別のコロニーの個体を区別できる。また、コロニー内では兄弟姉妹が協力して子の世話をし、親は子の世話をしないと考えられ(※4)、こうした社会性を支えるのがコロニー内の階層構造である。
ハダカデバネズミのコロニーは、一匹の女王(複数の場合も)と繁殖相手の数頭のオス以外は、ワーカーと呼ばれる働きネズミと巣を守る兵隊ネズミなどに分かれて形成される。ワーカーは生殖機能が抑制されており、子を産むことができない。その理由として、フェロモンを感知する鋤鼻器の発達不全や、女王が放出するフェロモンの影響が考えられている(※5)。
一方、ハダカデバネズミの近縁種であるダマラランドデバネズミも社会性を持つコロニーを形成するが、ダマラランドデバネズミのワーカーには勤勉な働き手と怠惰な個体がいて、怠惰な個体は普段はほとんど餌を食べるだけで過ごす。しかし、なぜかダマラランドデバネズミの社会で怠惰な個体は制裁を受けない(※6)。
社会性と長寿に関係があるかどうかは議論が続いているが、一般的に社会性を持つ生物は互いに協力し合い、生存のための負担が軽減され、これにより病気の抵抗力が高まるなどの分子生物学的な影響もおよぼす。また、こうした生物集団は女王と労働者のような階層構造を持つことが多いが、興味深いことにハダカデバネズミでは女王も労働者もいずれも長寿であることが特徴だ(※7)。
こうした社会性の詳細を明らかにするため、最近の研究が個体レベルの行動追跡に取り組んでいる。これまでハダカデバネズミに関する研究は多かったが、特にその社会でそれぞれの構成メンバーがどのように活動し、繁殖をになう女王と繁殖相手のオス、そしてワーカーとの関係がどのようなものかについてはよくわかっていなかった。
そのため、熊本大学などの研究グループ(※8)は、RFIDという個体識別タグを用いてコロニー内のすべての個体を30日間追跡し、行動や社会関係を網羅的に解析、その成果を科学誌に発表した(※9)。
使用した個体タグ技術は、無線によって個体を識別できるシステムであり、同研究グループは自動追跡の仕組みを独自に開発した。そして、実験用に飼育されているハダカデバネズミの五つのコロニー(個体数17から22匹、平均約20匹)の合計102匹の個体を、30日間にわたり24時間記録し、時空間的な行動を継続的にモニタリングした。
また、分析を効率化するため、擬似的な巣として単純な飼育システムを作成した。これは、平らな面に九つのアクリル箱を正方形に配置し、各箱をアクリルパイプで接続し、ハダカデバネズミはそれぞれの箱を、居住する巣、休憩場所、トイレ、ゴミ置き場などとして使い分けた。
モニタリング解析の結果、女王と繁殖相手のオスは、短い休憩を繰り返したり他の個体を追いかけたりする行動が目立ち、特に女王はコロニー全体の秩序を監視する役割を果たしていることがわかった。
一般に休憩中や睡眠中のハダカデバネズミは身体を寄せ合って過ごすことが多いが、女王と繁殖相手のオスは活動のリズムを他の仲間と合わせ、活動中は仲間と同じ場所にいることが多く、コロニーの中心的存在であることが示された。また、女王と繁殖相手のオスは、コロニーの中で特に強い結びつきを持つ関係性を築いていた。
これに対し、繁殖ができないワーカーは、少なくとも六つの行動タイプに分かれ、活発に活動するタイプ(働き者)、あまり活動しないタイプ、部屋をよく行き来するタイプなど、多様な役割をになっていることが明らかになった。ワーカーの行動の違いは、年齢や身体の大きさと関係しており、個体ごとに一貫した行動タイプを持っていた。
こうした行動タイプの違いは、仲間との関わり方にも影響を与える。部屋をよく行き来する個体は他の個体に追従されやすく、逆に移動の少ない個体は活動的な仲間と同じ場所で活動するのを避ける傾向があった。
例えば、巣穴を掘る作業は複数個体の協力が効率的である一方、餌探しでは単独行動の方が効果的とされる。ワーカーのこうした行動は、巣穴掘りや餌運びなどの場面に応じ、相互作用や距離感を調整している可能性を示唆していると同研究グループは考えている。
同研究グループは、今後より詳細な行動がわかる画像データと個体タグを組み合わせたり、コロニーのサイズを大きくするなどの実験を続け、さらにハダカデバネズミのコロニーの社会構造を意図的に変えたり、外敵の侵入などの実験を行い、その社会性の堅牢さや脆弱さなどを解明していくとしている。
今回の研究はハダカデバネズミの長寿には直接、触れていない。だが、ハダカデバネズミのこうした社会性そのものが、ストレスの抑制やエネルギー効率の向上、行動の秩序維持といった安定的協調(ホメオスタシス)をもたらし、それが長寿や抗老化のメカニズムに関与している可能性を示唆する研究といえる。
※1-1:Stan Braude, et al., "Surprisingly long survival of premature conclusions about naked mole-rat biology" Biological Reviews, Vol.96, issue2, 376-393, April, 2021
※1-2:Rochell Buffenstein, et al., "The naked truth: a comprehensive clarification and classification of current ‘myths’ in naked mole-rat biology" Biological Reviews, Vol.97, Issue1, 115-140, February, 2022
※2:Rochelle Buffenstein, "Negligible senescence in the longest living rodent, the naked mole-rat: insights from a successfully aging species" Journal of Comparative Physiology B, Vol.178, 439-445, 8, January, 2008
※3-1:Chuanfei Yu, et al., "RNA Sequencing Reveals Differential Expression of Mitochondrial and Oxidation Reduction Genes in the Long-Lived Naked Mole-Rat When Compared to Mice" PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0026729, 3, November, 2011
※3-2:Kaitlyn N. Lewis, et al., "The Naked Mole-Rat Response to Oxidative Stress: Just Deal with It" Antioxidants & Redox Signaling, Vol.19, No.12, 4, October, 2013
※3-3:Vladimir P. Shulachev, et al., "Neoteny, Prolongation of Youth: From Naked Mole Rats to “Naked Apes” (Humans)" Physiological Reviews, Vol.97, Issue2, 699-720, April, 2017
※3-4:Kaori Oka, et al., "The Naked Mole-Rat as a Model for Healty Aging" Annual Review of Animal Biosciences, Vol.11, 207-226, February, 2023
※3-5:Konstantin V. Gunbin, et al., "Features of the CD1 gene family in rodents and the uniqueness of the immune system of naked mole-rat" Biology Direct, Vol.19, article number 58, 29, July, 2024
※3-6:Wenjing Yang, et al., "Fighting with Aging: The Secret for Keeping Health and Longevity of Naked Mole Rats" Aging and Disease, Vol.16, Issue1, 137-145, February, 2025
※4:Rochell Buffenstein, et al., "The Extraordinary Biology of the Naked Mole-Rat" Advances in Experimental Medicine and Biology, Vol.1319, 24, August, 2021
※5-1:Timothy D. Smith, et al., "Growth-deficient vomeronasal organs in the naked mole-rat (Heterocephalus glaber)", Brain Research, Vol.1132, 78-83, 9, February, 2007
※5-2:Melissa M. Holmes, et al., "Neuroendocrinology and Sexual Differentiation in Eusocial Mammals" Frontiers in Neuroendocrinology, Vol.30, Issue4, 519-533, October, 2009
※6:M Scantlebury, et al., "Energetics reveals physiologically distinct castes in a eusocial mammal" nature, Vol.440, 795-797, 6, April, 2006
※7-1:Eric R. Lucas, Laurent Keller, "The co-evolution of longevity and social life" Functional Ecology, Vol.34, Issue1, 76-87, January, 2020
※7-2:Pingfen Zhu, et al., "Correlated evolution of social organization and lifespan in mammals" nature communications, 14, Article number: 372, 31, January, 2023
※7-3:Vincenzo Iannuzzi, et al., "Stay social, stay young: a bioanthropological outlook on the processes linking sociality and ageing" GeroScience, Vol.47, 721-744, 11, November, 2024
※8:熊本大学大学院生命科学研究部の山川真徳博士研究員、東京大学定量生命科学研究所の奥山輝大教授、九州大学大学院医学研究院の三浦恭子教授(兼:熊本大学大学院生命科学研究部 客員教授)、総合研究大学院大学の沓掛展之教授ら
※9:Masanori Yamakawa, et al., "Quantitative and systematic behavioral profiling reveals social complexity in eusocial naked mole-rats" Science Advances, Vol.11, Issue41, 8, October, 2025