【毎日書評】学力テストやIQでは測れない。「非認知能力」が40歳をすぎてからの収入に影響する
子どもの教育にはかなりのお金や時間がかかりますが、それに見合うような効果があるのか確認することは決して容易ではありません。そこで参考にしたいのが、『科学的根拠で子育て 教育経済学の最前線』(中室牧子 著、ダイヤモンド社)。著者は、「教育経済学」を専門にしている研究者です。
教育経済学とは、教育にかかるお金や時間、意思決定や成果を経済学の観点で分析する学問分野。分析に際しては、多くの「データ」を使用するのだそうです。
たとえば最近では何十万人、何百万人もの子どもたちの成績、行動、進路などが含まれるデータが存在し、ひとりの人間が生まれたときから長期にわたって調査の対象にし続けたデータの蓄積も進んでいるというのです。
これによって、子どもの頃のある時点で受けた教育が、大人になってからの就職、収入、昇進、結婚、健康、そして幸福感などに与える影響を明らかにすることができるようになりました。1人の人間の一生のみならず、親、子、孫と3世代を連続で調査したデータまで出てきて、祖父母が孫に与える影響までもが研究の対象になっています。(「はじめに」より)
そこで本書において著者は、さまざまなデータを駆使することによって得られた科学的根拠(エビデンス)に基づき、教育や子育てに有益な提案をしているわけです。
教育や子育ては、短期的な成果よりも長期的な成果のほうが重要です。たとえば、社会に出てから華々しく活躍していれば、小学校のときの成績不振や中学受験の失敗など、過去の笑い話に過ぎなくなるからです。
ですから本書は、成績や受験といった「学校の中での成功」だけをゴールにはしません。学校を卒業したあとにやってくる、人生の本番で役に立つ教育とは何かを問うていきます。(「はじめに」より)
そんな本書のなかから、きょうは第2章「学力テストでは測れない『非認知能力』とは何なのか?」に焦点を当ててみたいと思います。
「将来しっかり稼ぐ大人に育てる」ための方法のひとつとして、著者は子どもたちの「非認知能力」を伸ばすことの大切さを説いています。近年の経済学においては、非認知能力の重要性を強調するエビデンスが多く蓄積されているというのです。しかし、そもそも非認知能力とはなんなのでしょうか?
学力テストやIQテストで計測することのできる能力を「認知能力」と呼びます。その「認知能力」に「非(あら)ず」というわけです。
英語では、noncognitive skillsと表現されますので、「能力」というよりは、「スキル」と表現するほうが正確なのですが、日本では非認知能力という呼び方が定着していますので、ここではそれに倣って非認知能力と呼ぶことにしましょう。(43ページより)
具体的には、忍耐力、リーダーシップ、責任感、社会性などがこれにあたります。とはいえ非認知能力の中身や測り方はさまざまで、ひとくくりにはできないようなのですが、それでも経済学者が非認知能力に関心を持つことには理由があるそう。
かつては認知能力が重要だと考えられてきたのですが、2000年前後から、「認知能力が将来の収入の変動の一部だけしか説明できない」ことを示すエビデンスが増えてきました。
たとえば、学力テストの個人差は、将来の収入の個人差のせいぜい17%程度しか説明することができないし、IQの個人差に至ってはたった7%程度しか説明できないというのです。(44ページより)
つまり経済学者の探究は、将来の収入の個人差を説明できる“認知能力以外のなにか”を突き詰めようとしたところから始まったわけです。そして、それをひとことで表現するため「非認知能力」という単語が生まれたということ。(43ページより)
非認知能力は、中年以降にこそ重要
ところで私たちはしばしば、「勉強だけできても役に立たない」と口にしたりします。実際のところ負け惜しみのように聞こえなくもありませんが、このセリフが正しいことは多くのデータによって証明されているのだといいます。
日本経済団体連合会(経団連)が実施している「新卒採用に関するアンケート調査」(2018年度)で、「選考にあたって特に重視した点」を見ても、1位はコミュニケーション能力(82.4%)で、以下、主体性(64.3%)、チャレンジ精神(48.9%)、協調性(47.0%)、誠実性(43.4%)と続きます。「学歴」や「学力」はほとんど重視されていません。(43ページより)
また、企業が採用にあたって重視しているのも非認知能力であるようです。2000年にノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学のジェームズ・ヘックマン教授も、「非認知能力の重要性は、文化、地域、社会によらない」と主張しているというのです。
ヘックマン教授らは、非認知能力が30歳時点の収入に与える影響を学歴別に算出したそう。その結果、大企業で働くホワイトカラーが多い大卒の男性よりも、女性や高卒、短大・専門学校の男性にとって非認知能力の価値が高いことがわかったのだとか。
それは、スウェーデンのデータを用いた研究にも明らか。軍隊入隊時事心理学の専門家によって行われる面接において計測された非認知能力のデータを分析したところ、所得分布で下位10%に位置する人々にとっては、非認知能力の影響は、認知能力の2.5〜4倍もの大きさであることがわかったというのです。
理由は、非認知能力の高い男性は、失業する確率が低く、失業したとしても失業期間が短いから。つまり非認知能力は、経済的に不安定な人々が、失業のような不測の事態に見舞われたときに早く復活することを助ける力だということ。
高学歴の労働者についてのデータとしては、アメリカで上位5%の子どもたちを、1920年代初頭から追跡してきた「ターマン・サーベイ」という調査が参考になるといいます。18〜75歳という長い人生スパンのなか、非認知能力と将来の収入の関連が何歳くらいのときに大きくなるのかを調べた結果、40〜60歳のあいだでもっとも大きくなることがわかったそうなのです。
非認知能力はIQの高い男性にとっても重要であり、具体的には「勤勉性」や「外交性」の影響が大きいことがわかります。
仮に私たちに馴染みのある(平均50で分散が10の)偏差値で大きさをあらわすとすれば、勤勉性の偏差値が10上昇すると、生涯収入の16.7%に相当する8550万円(57万ドル)、外交性の偏差値が10上昇した場合は14.5%に相当する約7350万円(49万ドル)も生涯収入が高い傾向があります。(50ページより)
これは、非常に興味深いデータではないでしょうか。(46ページより)
本書の内容はすべて、国際的に権威のある学術雑誌に掲載された信頼性の高いエビデンスに基づいたもの。
著者は自身の経験を活かし、それらをできるだけわかりやすく説明しています。本当の意味で役立つ教育をするために、ぜひとも参考にしたいところです。
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Source: ダイヤモンド社