新刊「首都圏は米軍の『訓練場』」1章⑧ ビルから挟み撃ちで

東京・六本木の米軍施設「赤坂プレスセンター」で米陸軍ヘリ「ブラックホーク」に乗り込む迷彩服姿の男女=都内で2020年8月、大場弘行撮影(写真は動画から)

 9月に出版された「首都圏は米軍の『訓練場』」(藤原書店)のプロローグ及び1章を毎日新聞デジタルで全文配信します。

第1章 黒鷹<ブラックホーク>

⑧■二つのビルから挟み撃ちで狙う

 わたしたちは、二つの高層ビルのフロアから同時にブラックホークの低空飛行シーンを狙うことにした。

 一つは、都心中心部にある<撮影拠点>。約200メートルの高さにあり、赤坂プレスセンターのヘリポートだけでなく、新宿など都心の西側も見わたせる。

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 もう一つが都庁第一本庁舎の展望室。高さは202メートルで、想定通りなら、新宿を通過するブラックホークの機体を間近に見ることができるはずだ。

 二つの地点からヘリの機体を挟むように撮影すれば、低空飛行の証拠能力は格段に上がる。ただ、難点もあった。ブラックホークはいつどこから飛来するかわからない。飛来をキャッチするために何時間も空を見続けるのは肉体的にも精神的にもきつい。

 だからと言って取材時間を短くすれば、その分、ヘリに遭遇する確率は低くなる。撮影メンバーは、わたし、松本、加藤の3人。ほかの仕事も抱えており、2人がそろう日もそう多くない。そこでこんな作戦を立てた。

 わたしと松本のどちらかが<撮影拠点>から赤坂プレスセンターのヘリポートを見張る。ヘリの飛来の前兆となる送迎車の到着を確認したら、都庁展望室で待機している加藤に連絡を入れる。そこから警戒モードに切り替え、機影を見つけたらすぐに「渋谷方面から飛来」「池袋から新宿に向かった」などと伝え合う――

■イノシシを仕留めるような作業

 最も重要な都庁からの撮影を加藤に託したのは、いくつか理由があった。まず撮影の難易度が高いことだ。至近距離を飛ぶヘリは眼前を一瞬で通過する。その様子をカメラに収めるのは相当な腕が必要だ。しかも単なる映像ではなく、ヘリの高度や位置を割り出す証拠映像となる。映し込むビルの選択や飛行ルートの予測など緻密な計算がいる。撮影に不慣れなわたしや松本には荷が重い。

 加えて言えば、今回の仕事は、けもの道の脇に潜み、駆け抜けるイノシシを一撃で仕留めるようなものだ。特ダネをモノにしてきた加藤のハンター能力に賭けてみたいという思いもあった。

 張り込みは午前10時から午後5時ごろまでとし、2人体制が敷ける日に行うことにした。やってみると、想像以上にきつい作業だった。米軍ヘリはヘリポートに送迎車が来なくても飛来する。ヘリポートに立ち寄らないこともある。結局、見逃してはいけないと基地のある東京西部や神奈川方面の空を見続けることになる。

東京・六本木の米軍施設「赤坂プレスセンター」を飛び立った米陸軍ヘリ「ブラックホーク」=東京都内で2020年8月、大場弘行撮影(写真は動画から)

 しかも、民間ヘリや消防、警察のヘリが都心を頻繁に飛び、そのたびに「米軍ヘリか?」と確認作業に追われる。実際に送迎車がヘリポートにとまると、緊張は一気に高まり、そこからヘリが来て飛び去るまでしびれるような時間が続く。ひどく疲れるのだ。

■ブラックホークが向かう先に

 動きがあったのは、「新宿シフト」を敷いて3日目の2020年8月18日の朝だった。

 この日はわたしが赤坂プレスセンターのヘリポートの様子を見張る番だった。午前10時過ぎ、<撮影拠点>に着くなり、へリポートの脇に白色のワゴン車がとまった。すぐに都庁の展望室にいる加藤に連絡を入れた。

 ヘリポートに黒い機体が悠然と降り立ったのはそれから約40分後の午前10時51分。尾翼近くに「UNITED STATES ARMY」の文字が見える。ブラックホークだ。アスファルトの地面を滑るように移動して駐機スペースにとまると、側面のドアが開いた。ヘルメットをかぶった乗組員が姿を現し、誰かを探すようにキョロキョロしている。

 ヘリポートの脇には迷彩服姿の6人の若い男女がいた。3人は男性で、黒いショルダーバッグとクーラーボックスのような青い箱を持っている。女性たちに荷物はなく、スマホを見ている人もいる。アスファルトの上は暑いのだろう。どこかけだるそうだ。ヘリに向かってゆっくりと歩いていく。

 乗組員が機体から10メートルほど離れたところに立って誘導を始めた。6人は回転するプロペラの下をくぐるようにして機体に近づき、順番に乗り込んだ。ドアが閉まる。プロペラが高速で回り始めた。わたしは右手でビデオカメラを回しながら、左手でスマホを取り出し、加藤に電話をかける。

 飛び立ちそうだと早口で伝えると、加藤は「了解」とだけ言って電話を切った。「バタバタ」というプロペラ音が大きくなる。巨大な機体がウソのようにフワッと浮いた。

 飛び立ったヘリの背後からカメラを回し続けた。青山、表参道、原宿の上空を通過し、代々木公園の上空あたりで高度が一定になる。周囲の高層ビルと比べると、その高度は200メートルほどだ。するとブラックホークは突然、急カーブを曲がるように右に旋回し、北に進路を変えた。行く手に西新宿の高層ビル群がある。加藤がカメラを手に待ち構えている方向だ。すべてが狙い通りだった。<1章⑨に続く>

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