ささいな音も耐え難い「ミソフォニア」、成人の2割との推定も

ミソフォニアの人にとって、食べ物をすすったり噛んだりする音などの日常的な音は、闘争・逃走反応を引き起こす原因になる。研究者はその原因解明に取り組んでいる。(Photograph By Jennifer Tang)

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 何かの音をうるさいと思うことは誰にでもある。マイクとスピーカーがつくるキーンという甲高い音にはぎょっとするし、窓の外の工事現場からガガガガと聞こえるドリルの音にはうるさいと叫びたくなるだろう。しかし、それらとは違ってごく小さな音に苦しんでいる人たちがいる。

 ギリシャ語で「音への嫌悪」(音嫌悪症)を意味する「ミソフォニア」の人にとって、人が飲み食いする音や何かを軽く叩く音、鼻をすする音といった日常よくある音は、不快感だけではなく、強い闘争・逃走反応(脅威と闘ったり逃げたりするのに体の準備を整える反応)を引き起こす原因となる。

 その症状は、神経系を乗っ取り、ごくささいな音さえも耐えがたく感じさせる。研究によれば、 成人の5~20%がこうした過敏な反応をすると推定されているが、ミソフォニアへの理解はまだ低い。

「若い頃、私がすごく気持ち悪く感じたのは、ハトがポーポーと繰り返し鳴く声でした」と、英オックスフォード大学の心理学者ジェーン・グレゴリー氏は言う。氏自身もミソフォニアだ。

「寝室の窓の外がハトのすみかになっていて、寝室で勉強していた私は集中できませんでした。学校では、ペンをカチカチ鳴らす音がすごく嫌でした。4色ボールペンをカチカチする音が2秒おきに聞こえてきて、頭がおかしくなりそうでした」

 米国心理学会はミソフォニアを正式に疾患と認めていないが、医療関係者の間では徐々に認識が広がりつつある。2024年10月、米ミソフォニア研究基金は研究プロジェクトに250万ドル(約3億7000万円)の資金を投入すると発表した。

「長い間、ミソフォニアは誤解されてきました。研究も十分ではなく、これに悩む大勢の人々は適切な解決策も支援も得られないままになっています」と、同基金エグゼクティブ・ディレクターのローレン・ハート・ハーグローブ氏は語る。

 特定の音がなぜ過敏な反応を引き起こすのか、どう対処したらよいのかを解明するべく、現在行われている研究を紹介する。(参考記事:「天気が悪いと頭痛や関節痛に、「気象病」は本当? 対策は」

ミソフォニアの原因

 ミソフォニアの原因についてはまだ解明中だが、隠れた脅威を察知する脳の本能から発達したという説がある。

 例えば、狩猟採集時代の人々は、ごくわずかな危険の兆候に耳をそばだてることで生き延びてきたのかもしれない、と心理学者で研究者のジェニファー・ブラウト氏は言う。氏は、米ミソフォニア研究ネットワーク(現在は支援団体soQuietの一部)の設立者でもある。

「ほかの人には聞こえない咀嚼(そしゃく)音が聞こえると、だれかが自分の食料を盗んだか、あるいは肉食動物が近くで咀嚼していて、次に自分が狙われる、ということを意味したのかもしれません」と氏は説明する。

 また、「進化心理学の観点からすると、咳やくしゃみ、鼻をすする行為、咳払いは、病原体の存在を示唆しているのかもしれません」と付け加える。

 しかし現代となっては、そうした神経の配線が、無害な音を耐えがたく感じさせている可能性がある。「脳が無害な音を危険あるいは有害な音と間違って解釈しているようなものなので、音が気になり続けます。ほかの人のように、意識から追いやることができないのです」と説明する。(参考記事:「デジタルネーティブ世代がいま最も求める贅沢、それは「静寂」」

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