歌舞伎俳優になりたい人集まれ! 映画「国宝」ヒットで「国立劇場養成所」が注目 講師の中村萬壽、中村芝翫に聞く

 ヒット中の映画「国宝」で歌舞伎が話題になる中、歌舞伎俳優を育てる「国立劇場養成所」が注目され始めている。1970年に始まり、経験ゼロの者を2年間でプロのスタートラインに立てるまでに育成してきた。現在約300人いる歌舞伎役者の約3分の1が養成所出身者。いまや不可欠な存在だ。実際に授業の様子を見せてもらうとともに、主任講師・中村萬壽(まんじゅ、70)、23年から講師に加わった中村芝翫(59)に話を聞いた。(内野 小百美)

 2年に1度の募集が、20年度から毎年に。大改革だ。尽力したのが18年間指導してきた主任講師の萬壽。女形の代表格の一人として知られる。「隔年だと中学、高校生がタイミング的に募集がなくてチャンスを逃す子もいた。国立劇場にはいろんな提案をしていますが、遅々とした進みに怒ることも。私は嫌われ役でいい。すべて歌舞伎のためだと思ってやっていますから」。言葉に覚悟がにじむ。

 1970年に始まって55年。いま歌舞伎役者は約300人いるが、その3分の1(99人)が養成所出身者で占められる。後進育成がいかに大事か。養成所があったからこそ、歌舞伎界はいまの盛り上がりを見せ、常時、全国各地での上演も可能なのだ。

 昔は1回の募集で15人ほど生徒が集まった時期も。それがいまは少子化の影響もあって第29、30期生がそれぞれ2人の計4人。歌舞伎の家庭でなく、一般家庭に育った者がほとんど。平日午前10時~午後6時まで2年間みっちり。演技、発声、所作、衣装の着付け、化粧とあらゆる歌舞伎の基礎を学び、プロのスタートラインに立てるまでにする。

 「歌舞伎が好きで入ってくる者もいれば全くの未経験者もいます。2年間一生懸命やれば、必ず実力がつくようにします。ここを出てから見違えるほどの上達を見せる者も。半年に1度は面談で本人の意思確認をしますが、『役者に向いてないのでは』と言わなくて本当によかった、と思う子もいたりね」

 取材日は「毛谷村」の授業だった。萬壽自ら実演しながらほとんどマンツーマンでの指導。研修生も真剣だが、何とぜいたくな環境だろう。濃密な空間、豊かな時の流れの中で伝統芸能は継承されていた。

 「最近はビデオを見て覚える人もいますが、直接教わるのとでは、やっぱり全然違うんですね。私の場合、どうしても女形中心になりますから。立役(男役)の講師を(中村)芝翫に打診したら、快く引き受けてくれた。人一倍、芝居が好きだし、古典の型もいろんな家に教わっていて詳しい。教え子たちの情報交換もよくやるんですよ」

 芝翫は「教える」ことを通し、発見や驚きの連続だという。「役者に何か教えるとき、経験者で下地のある者ばかりだった。それが彼らは真っ白な状態。原石を磨くような気持ちですよ」。そして教えることは「自身も学ぶ場」だと気づいた。「基本を振り返る中、果たして自分はどこまでできていたのか、と自問自答する機会が増えました」

 授業を見学すると「絵本太功記」尼ケ崎閑居の場を稽古中だった。芝翫の発する声がよく通って響く。研修生の食らいつくようなまなざし。萬壽が「セリフが言えるようになるだけで1年かかる」と言っていたが、発する前の呼吸から違う。やはり容易ではない。

 8月に還暦を迎える芝翫は立役のリーダー的存在。「6月に若手全員で集まりましてね。(市川)團十郎さん、(8代目尾上)菊五郎さん、(片岡)愛之助さんとも養成所の話になった。できることは協力します、と。地方公演でも募集の告知をしては、の意見も。うれしかったですね」。このままでは役者の数が減る一途で10年、20年後には多くで激しく争う大立ち回りのシーンなどの見せ場ができなくなる可能性も否めないという。

 「教えるのは本当に難しく根気も必要。萬壽の兄貴を見ていてすごいと思う。教え子をすごくよく見ている。芸のような無形のものを教えるのに100%正しいことってないんですからね」と責任の重さを感じている。「映画『国宝』の人気で歌舞伎を知ってもらい、その延長線上にある本当の歌舞伎の世界に興味を持って、やってみたいと思う人が増えれば。いつか自分の教え子が歌舞伎座の看板俳優に。そんな時が来るのが夢でしょうか」

 ◆国立劇場養成所 能楽・文楽の後進も育成。歌舞伎は名脇役だった2代目中村又五郎さんらが貢献し、初期に市川笑也、中村芝のぶらを輩出。現在、国立劇場閉場中のため研修生は東京・渋谷区の国立オリンピック記念青少年総合センターで学ぶ。研修の様子はYouTubeでも紹介されている。受講料は無料。今年の募集は10月開始。原則として23歳以下の男子。経験不問。作文、簡単な実技、面接で選考。問い合わせはTEL03・3265・7105。

 17日から「かさね」 〇…萬壽と芝翫は17日から国立劇場歌舞伎鑑賞教室「色彩間苅豆―かさね―」(26日まで、東京・ティアラこうとう)に出演。清元の名曲に合わせて恋模様や惨劇を描く舞踊劇。二枚目の男、与右衛門を芝翫。与右衛門を恋い慕う美しいかさねを演じる萬壽は「私は今年古希ですがまだまだ元気。最後の殺しの場面など2人でいっぱい動きたい。初役時、坂東玉三郎の兄さんに教えていただいたことを大切に」。芝翫は「与右衛門はナルシストでなければ。自分がいい男であるということをすり込んで出ようと思います」と話した。

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