「そこは絶対に忘れたくない」それでもファジアーノ岡山に戻ってきた。本山遥に湧き上がる感情「やっぱりこれだな」【コラム】

 明治安田J1リーグの第21節、横浜F・マリノス対ファジアーノ岡山は0-1で岡山が勝利した。わずか半年で岡山に復帰した本山遥は、チームの約1ヶ月ぶりの勝利に貢献した。出場機会に飢えていた男の帰還は、岡山のチャレンジャー精神をさらに大きなものにしていく。(取材・文:難波拓未)

6月10日に電撃復帰した本山遥「スタートラインに立てた」

【写真:Getty Images】

 1カ月ぶりの勝利を告げるホイッスルが鳴った瞬間、ファジアーノ岡山に関わる全ての人が感情を爆発させた。木山隆之監督は弾ける笑顔でコーチングスタッフと抱き合い、木村太哉をはじめハードワークを続けた選手はピッチに倒れ込む。ベンチから戦況を見つめた選手は、勢いよく飛び出していく。日産スタジアムに駆けつけたサポーターは、この日一番の歓声を上げ、万雷の拍手を送った。

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 熱狂の渦に包まれる中、サポーターの方に身体を向け、冷静に手を叩く者がいた。83分から途中出場した本山遥だ。非常に落ち着いた姿が、異質に見えた。

 試合後に話を聞くと、照れくさそうに心境を教えてくれた。

「スタートラインに立てたぐらいの感覚でした。自分にとってJ1の試合で勝つというのは、今日が初めてだったので。『ここからもっと頑張らなきゃな』というふうに思っていました」

 6月10日に電撃復帰した本山は、自身の“再出発”を噛み締め、その瞳は次の戦いを見据えていた。

 岡山は日産スタジアムに、血気盛んに乗り込んだ。前半がキックオフすると、前線からアグレッシブなプレスを仕掛け、相手コートでプレーすることを目指す。“他所は他所、ウチはウチ”を感じさせるほど、いつも通りのスタンスを表現していく。

 だが、左ウイングバック(WB)だけは、“いつも”と違った。FC東京から育成型期限付き移籍で加入し、右WBを主戦場にしてきた佐藤龍之介が起用されたのだ。指揮官は抜擢の意図を次のように明かした。


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「(加藤)聖が今日はプレーすることができなかったので、誰を左に使おうかと考えた時にいくつかアイデアはあったし、練習で試しましたけど、(松本)昌也を本来の右に置いて、佐藤を左に回した時がトレーニングの中で一番良かった。あとは相手の強力なウイングの選手をできるだけ攻撃で押し込めたいっていう意味も含めたら、彼が一番、左に適任なのかなと思いました」

 イレギュラーにもかかわらず、18歳はいとも簡単に適応してみせた。キレのあるドリブルで突破し、江坂任や神谷優太とテクニカルな連係を繰り出す。特に前半は攻撃力と連続性で、サイドの主導権を掌握するパフォーマンスを見せた。試合後に「特に指示はなかったです。練習で『左、行けるか?』と言われて、『行けます』と言ってやりました」と口にするから大したものである。

 後半は横浜F・マリノスがギアを上げてきたことで、守勢に回らざるを得なかった。佐藤も5バックの一員として耐えるシーンが続いたが、「かなり夏場特有の環境を感じました。その中でも工藤(孝太)選手がしっかりと身体を張りながら自分を動かしてくれたのでやりやすさはあった。自分としては体力を90分やろうという気持ちではなく、100%を出し切って次のオプションにバトンを渡すイメージだったんです」と、自分の責務を全うした。

 サッカー日本代表にも初選出された後輩からバトンを受け取った本山は、チームメイトを鼓舞しながらピッチに駆け出す。移籍後初出場となった前節のアビスパ福岡戦はボランチでの起用だったが、今節はベンチから最も遠い左WBの位置に入った。左サイドでのプレーは、今季の開幕時に所属したヴィッセル神戸でのデビュー戦となった「FUJIFILM SUPER CUP2025」以来で、実に4カ月ぶりだった。

 プレーするサイドが変われば、身体の向きやボールを置く位置なども変わるため、難しさはある。さらに本山は神戸で思うように出場機会を得られず、J1リーグには1試合も出場できなかった。試合勘を取り戻すことの必要性も意識していただろう。しかし、そんなものがちっぽけに感じるほど、木山監督が絶大な信頼を寄せている。


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「遥については、今週もいろいろなことを想定しながらトレーニングをして。実際にあのポジション(左WB)でプレーしていなかったと思うけど、『まあ遥だったらやってくれる』という、ある意味、確信もありました」(木山監督)

 ぶっつけ本番の起用にも、全力で応える。それが岡山の本山遥という選手だ。試合が再開されると、マリノスは本山のサイドをこじ開けようと攻勢を強めてくる。左足で中央へのカットインを何度も狙ってきたヤン・マテウスには、素早いアプローチで正面を塞ぎ、切り返しにも食らいつく。

 ワンツーで深い位置への進入を狙ってきた加藤蓮のプレーは、「完全に読んでいた」。先に身体を当ててバランスを崩させ、突破を阻む。逆サイドから移ってきた井上健太には、一瞬のスピードで入れ替わられそうになったが、最後まで身体をぶつけてチャンスメイクを許さず。完封というミッションを完遂してみせた。

 今節は木山監督が「今の状況を考えた時にやっぱり負ける訳にはいかない」と形容した試合だった。そして、後半はマリノスが死に物狂いで攻めてくる中、途中出場の選手はなんとしても1点のリードを守り切らなければならない。“クロージング”は決して簡単な役割ではない。

 本山は戦況を敏感に察知できる力と責任感の強さを持っている。だからこそ、「すごく緊張した」状態でのプレーだった。それでも、無失点での勝利に貢献できたのは、大卒後に岡山でプロになってから様々なポジションでプレーした経験と、培ってきた準備力があるからだ。

「どこかのポジションだと決めつけずに試合に入るようにしています。あとは試合の流れで、誰と交代するのか、それぞれの選手の状態を見ながら、『この状態だったらここで出るだろう』ということを頭で考えながらウォーミングアップをしています」

 その言葉通り、「正直ヤン・マテウス選手とゴール前でマッチアップすることは多くなかったし、彼もかなり疲れていて、足を攣っていた。自分としてはラッキーな展開だったと思う」と冷静だった。


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 最後まで粘り強くプレーし、勝利をもぎ取る。チームの真骨頂と言える戦いをピッチ上で体現することができ、湧いてきた感情は「やっぱりこれだな」という懐かしさや安堵に似たものだった。

 昨季のJ1昇格プレーオフで2試合連続ゴールを決め、岡山に悲願達成をもたらした直後、「乗るべき列車は一度しか通らない」という決断のもとで神戸に移籍。だが、全くと言っていいほど試合に絡めなかった。「サッカー人生の中で1、2を争うほど」苦しい半年を過ごし、並々ならぬ覚悟で復帰をしたからこそ生まれてきた気持ちだった。

「神戸は『行きたい』と思って行ったクラブだし、岡山が同じカテゴリーのJ1に上がって移籍をした身なので、半年間で戻るというのは、いろいろな人から『このタイミングで戻るんだ』と思われるだろうなとは思いましたけど、木山監督や強化部の方がずっと気にしてくださって、すごく必要としてくれました」

「神戸では正直サッカー選手としてはすごく難しい立場にいた。自分が神戸で一生懸命やって1年、2年頑張ってもしかしたら光が見える、というのを待った方が良いのかもしれないとも思うこともありましたが、サッカー選手でいられる期間やキャリアを考えると…。岡山には大卒から3年間いましたし、共にJ1に上がったクラブなので、(神戸にいた時も)正直、試合は見ていました。その中でこうやって話をもらえたので、全力でやりたいなと思って(復帰を)決断しました」

 岡山で身体に染み込ませたマンツーマンディフェンスと神戸でのゾーンディフェンスには、「大きなギャップ」があり、それは“カルチャーショック”と言えるほどのものだった。それでも、J1リーグを2連覇したチームでの経験は、自分の血肉にしなければならない。そのことは本人が誰よりもわかっている。


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「基準を知れたのは間違いなくプラスですし、あの基準の中でサッカーをした半年間はすごく濃いものだった。(岡山と神戸は)やり方は違うんですけど、(共通して)意識できる部分はたくさんあると感じたので、そこは絶対に忘れたくない」

 クラブ創設22年目で初のJ1を戦っている岡山は、チャレンジャー精神を原動力に半年間をたくましく過ごしてきた。20番目からのスタートにもかかわらず、国内最高峰に食らいつくことができているのは、J1未経験者の野心が大きい。念願だったトップリーグでプレーできる幸せを噛み締め、自分ができることを最大限に発揮し、爪痕を残そうと必死に挑み続けている。それが特に序盤戦の躍動を支えてきた。

 酸いも甘いも体感しながら後半戦に突入したからこそ、自分たちのできることやできないことなどが明確になってきている。良くも悪くもJ1の水に慣れていると言える状況だ。そのタイミングで、試合出場に飢えて帰還し、15日にJ1デビューを飾った26歳が携える“J1に対するフレッシュな気持ち”は、チームの中枢で燃えるチャレンジャー精神の火をより大きくするに違いない。

「相手に知った名前の選手がたくさんいるのでワクワクしながらプレーできるし、J1ならではの発見もある。楽しみながらできた」とJ1の1試合目を戦った男は、ルーキーイヤーと同じ26番を背負い、J1の2試合目で再スタートを切った。

(取材・文:難波拓未)

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【了】

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