煽り系メディア・学者評論家層の国際問題論評について

ジャーナリズムRussia and Ukraine War and peace summit symbol as cracks in cement for the Ukrainian and Russian nation as a European security concept due to political dispute and finding a diplomatic agreement in a 3D illustration style.

wildpixel/iStock

欧米のメディアの政治的偏向は、以前から問題視されていた。欧米に関する記事が多すぎて非欧米の記事が少なく、欧米中心主義的な見方で事態を断定したり論評したりする傾向のことだ。

これが最近は、いっそう深刻化しているように思われる。というのは、メディア側がかなり感情的に意固地になっているように見える場面が多々あるからだ。

一つの理由は、ロシア・ウクライナ戦争が、欧米メディアに当事者意識を作り出したことだろう。「ウクライナは勝たなければならない」を自分事として取り扱い過ぎて、期待した通りに進んでいかない現実が受け入れられない。そこで、感情的に苛立っている人々の存在が目立つ。そこにトランプ大統領が登場した。世界の良心としてのメディアの役割を、アメリカの大統領が否定する場面が頻繁に起こる。それに感情的に反発する場面も目立つようになった。

ここ数年で特に目を引くのは、学者・評論家層にも、感情的な事情による偏向が目立ってきていることだ。ロシア・ウクライナ戦争の勃発以前には見られなかった現象だろう。

ホワイトハウスでゼレンスキー大統領が、トランプ大統領とバンス副大統領との間で口論になったとき、「ロシア寄り」のトランプ大統領憎し、の声が巻き起こった。「アメリカを見捨てて、日・欧同盟を結んで、ロシアをやっつけよう」といった呼びかけを学者「専門家」層が行っているのが、話題となった。

ところが、その後、バチカンでトランプ大統領とゼレンスキー大統領が、二人きりで15分話した画像が出回ると、ゼレンスキー大統領を絶賛する声が巻き上がっただけでなく、「これで潮目が変わった」といった解説を繰り返す学者・評論家層が出現した。

欧米メディアが欧州の「匿名政治家」の話として、「アメリカは制裁に参加してくれる」という報道をすると、「識者」の方々から、「遂にバカなトランプでも事実がわかったらしい、これでいよいよロシアも崩壊だ」といった解説が出回り始めた。

ところが、5月12日を期限とした「30日間停戦」をロシアが拒絶した後も、なかなか約束された制裁は実施されなかった。それどころか、5月20日になってようやく「第17弾(!)」となる対ロシア制裁パッケージをEU理事会が発表した後も、アメリカの参加はなかった。

独・仏・英首脳の「コカイン騒動」まで引き起こしたリラックスした格好でのリラックスした表情での電車移動キーウ出張時の「余裕しゃくしゃく」の発言では、ロシアが「30日間停戦」を拒絶するなら、停戦交渉も行わず、ただ制裁だけを行ってロシアを叩き潰すかのような話だったにもかかわらず。

ところが、「停戦なければ交渉よりも制裁」の話は思い出されることはなく、なぜ制裁なしで停戦交渉が行われるのかは全く論評されることなく、話題は次に、「ゼレンスキー大統領がプーチン大統領のイスタンブール交渉への参加を要求! いよいよ首脳会談か」に移った。

ロシアは単に最初からこの「要求」を全く相手にしていなかっただけだったのだが、5月16日イスタンブール交渉の際には「プーチンは逃げた、臆病者だ」の大合唱が起こった。そして「ロシアの要求は絶対のめない!交渉拒絶で、戦争継続だ」の解説が見られた。

ところが実際には、今のウクライナに余裕はない。いっこうに交渉そのものを拒絶するような声明は、ウクライナ政府からは出てこなかった。そこで次に関心の対象になったのは、「次はバチカンで停戦協議か」だった。

想像たくましく膨らんだ法王調停なるものが話題になった。その根拠は、トランプ大統領が、5月19日のプーチン大統領との電話会談の後にSNSに書き込んだ「ローマ法王に代表されるバチカンも、交渉をホストするのに関心がある(The Vatican, as represented by the Pope, has stated that it would be very interested in hosting the negotiations.)と述べた」という一文だけだった。

しかし、これは、「さあ、早く交渉を始めよう、多くの人々が期待している、バチカンも期待してくれている」といったことを、停戦機運を盛り上げるためにトランプ大統領が書き込んだだけの文章であったことは、文脈からは明らかだった。トランプ大統領ですら、現実的可能性がある、などとは、一言も書いていなかった。盛りたいメディアが、飛びついて盛っただけだった。

ところが、ロシアがバチカンにおける交渉の可能性はないことを表明すると、なぜそのような話題になっていったのかの検証などはなく、全てはトランプ大統領の勘違いだった、という話に戻ることになった。

今度は「複数の関係者の話」として、19日に行われた米露首脳会談直後にトランプ大統領が「私は、ウラジーミルは和平を望んでいないと思う」と述べたといったことを、いかにも大ニュースであるかのように取り上げている。これで「バカなトランプも遂にわかったか」の地点に戻ったということで、無限ループの完成のようである。

メディアも商業ベースで仕事をしており、「盛る」といった操作がなければ、やっていけないことは当然だ。だが学者や評論家層までいっしょになって「盛る」活動だけに専心している様子は、控えめに言って、異様だと感じてしまう。ただし、もちろん「異様だ」というのは、私の主観的な印象であり、少なくともそうした「専門家」の方々が少数派、ということではないのは、よく知っている。

国際情勢分析を『The Letter』を通じてニュースレター形式で配信しています。

篠田英朗国際情勢分析チャンネル」(ニコニコチャンネルプラス)で、月2回の頻度で、国際情勢の分析を行っています。

関連記事: