微小な「穴(ナノポア)」を自律的に開閉する世界初の技術。次世代AIなどへの応用も。大阪大学などの研究(石田雅彦)
イオンが出入りする細胞の微小な穴のような機能を再現する世界初の技術を大阪大学などの研究グループが開発した。高精度センサーやニューロモルフィック・コンピューティングなどへの応用が期待される。
イオン電流を計測するための穴とは
原子はプラスである陽子とマイナスの電子のバランスが取れている状態(中性)にあるが、帯電して電子を放出してプラスになったものを陽イオン、電子を受け取ってマイナスになったものを陰イオンという。そのため、陽イオンは元の原子より小さく、陰イオンは電子の分、元の原子よりも大きい。
元の原子は、ナトリウム、カルシウム、鉄、マグネシウム、カリウム、塩素、酸素、フッ素などだ。元素周期表に記載されたほとんどの元素は、条件によってイオンになる。また、陽イオンはナトリウムの場合にNa+、陰イオンは塩素の場合にCl−と表記し、プラスの電荷を持つ陽イオンとマイナスの電荷を持つ陰イオンが移動すると電気の流れであるイオン電流が発生する。
このイオン電流を計測することで、化学、工学、医学、生物学、薬学などの広い分野に役立てることができる。例えば、ウイルスやDNA、タンパク質などを迅速に計測できたり細胞膜のイオンチャネルの機能を把握したりすることが可能となる。
イオン電流の計測では、ナノポアという原子サイズの微小な穴を作ることが重要な技術だ。ナノポアへウイルスやタンパク質など、その特性を把握したい物質を通過させ、イオンの流れからの信号を検出し、サイズや形状といった物理的な情報を得ることができる。
自ら開閉する世界初のナノポア
大阪大学などの研究グループは、細胞膜を通るイオンチャネルと同じ程度のサイズのナノポアを化学的に作り出し、自律的に開閉などの反応を誘発する技術を開発し、国際的な科学雑誌に発表した(※)。特定の条件下で溶液に電圧をかけ、自ら開閉するナノポアの実現は世界初という。
生物の細胞膜のイオンチャネルも生体内のナノポアであり、ナトリウムイオンやカルシウムイオンを細胞の内外へ出入りさせることで細胞を興奮させたり沈静化させたりするコントローラーの役割を持つ。そのためにはナノポアを閉じたり開けたりしなければならないが、これまで作製された人工的なナノポアは大きさが固定され、サイズの調整や開閉などの動作をさせることはできなかった。
同研究グループは、髪の毛の1/1000程度の大きさである直径約100ナノメートルの穴を持つ窒化シリコン膜を作製し、膜の両側に異なった2種類の水溶液(例えば電解質液の塩化マンガン水溶液と中性のリン酸を含む生理食塩水)を入れ、電圧を加える実験をした。すると、穴の内部でマンガンを含む溶液とリン酸を含む溶液が混ざり、固まり(沈殿)が生じて穴を塞ぐことを観察した。
そして、電圧の向きや強さによって固まりが生じて穴が閉じたり、固まりが溶けて穴が開いたりし、まるで蓋のように機能した。さらに、一定の電圧を保った状態にすると、閉じる→溶ける→開くという流れがあたかも呼吸するように自律的かつ周期的に繰り返されることがわかった。
シリコン膜に直径約100ナノメートルのナノポアを作製、両側を水溶液(酸性液と中性液)で満たす(中央)。電解質液側をプラス、中性液側をマイナスのように電圧の向きを設定すると、イオンがナノポアの内部へ流れ込み、固体の沈殿が形成され、ナノポアは完全に塞がれた状態になる。ナノポアが閉じるとイオンの流れが止まり、沈殿も止まる。その代わりに酸性側の沈殿が溶け始め、ナノポアの穴が復活する。穴が開いてイオンの流れが再び生じると沈殿も形成されて穴が塞がれ、このプロセスが繰り返される。大阪大学産業科学研究所のリリースより。費用対効果も精度も格段に向上
開閉の範囲は非常に細かく、条件によっては分子1個の通り道をコントロール可能な1ナノメートルより小さいオングストロームという単位になることも推測された。また、反応の関わる金属イオンの種類や液体成分により、開閉の速さや起こりやすい条件を変えることができ、用途の応じた動作設計の可能性が示された。
固体で作られた構造が自ら動き、電気だけで開閉する事例が観察されたのは世界初であり、同研究グループは分子の自動ドアとも呼べる仕組みだという。従来のナノポア作製は高価であり、一つのナノポアで穴のサイズを変えることができれば、分析の効率も精度も格段に上がることが期待できる。
オングストロームレベルの精密な開閉により、DNAやアミノ酸などの小さな生命分子を計測できる精密なセンシングが可能となる。また、特定の条件下で開閉する機能を応用すれば薬剤の効果の最適化やドラッグデリバリーの基盤技術となる。
さらに、基本的な素材と原理による動作なため、大型装置や複雑な制御系が不要であり、半導体の製造プロセスやコンピューティングなどへそのまま組み込めるという。これにより、ヒトの脳を模したニューロモルフィック・コンピューティングなどの次世代AI技術への貢献も期待できそうだ。
※:Makusu Tsutsui, et al., "Chemistry-driven autonomous nanopore membranes" nature communications, Vol.17, Article number:1496, 18, February, 2026