ネアンデルタール人が4万年前に残した「赤い点」の謎
これを塗ったネアンデルタール人のみが知る。
スペインで見つかった岩に付いた赤い点が歴史を塗り替えるかもしれません。この赤い点は約4万3000年前の鉱物製の顔料で描かれ、その上にはおよそ4万年前に絶滅したと言われるネアンデルタール人の指紋が残っていたと報告されています。
人類最古の指紋の可能性大、だそうです。
Image: Álvarez-Alonso et al. 2025; CC BY 4.0顔に見える?
大きなジャガイモのような形をしたこの石。長さは約21センチ。端っこにはうっすらと眉のような窪みがあります。今回、科学誌『Archaeological and Anthropological Sciences』に論文を発表した研究チームは、その「眉」の下に意図的に赤い点(鼻)が加えられたことで、この小石が人間の顔を表現したものへと変わったと説明しています。
スペイン国立研究評議会(CSIC)は声明で、「この発見は世界で最も完全かつ最古の人類の指紋の証拠であり、ネアンデルタール人によるものであることが明確で、顔料を象徴的な目的で意図的に使用したことを示しています」と述べています。
これまでネアンデルタール人は象徴的思考や芸術的表現能力がなかったと考えられてきたため、この発見は定説を覆す可能性があります。
一方で、「この赤い点が芸術目的で付けられた確証はない」と指摘する学者もいます。オハイオ州ケニオン大学の人類学者・考古学者ブルース・ハーディ氏は「赤い点は明らかに指紋とともに意図的に塗られているが、私には顔には見えなかった。象徴性は見る人の目に宿る」と語っています。
世界最古の指紋も発見
ちなみに、この赤い点を意図的につけたその人の指紋が残っていたんです。マルチスペクトル撮影などの法医学的解析により、指紋はネアンデルタール人のもので、リッジ幅などから成人男性である可能性が示唆されています(確定的ではありませんが)。このジャガイモみたいな小石は、近くの川から意図的に遺跡に持ち込まれたとのこと。
研究チームは論文の中で、「この小石は、その見た目から選ばれ、さらに赤い鉱石で印をつけられたという事実は、人間の心が象徴化、想像、理想化、そして自らの思考を物体に投影する能力を持っていたことを示しています」と説明しています。
Image: Álvarez-Alonso et al. 2025; CC BY 4.0見る人の主観によるもの
ネアンデルタール人が象徴的な芸術を作っていたかどうかについての議論は、何十年も前から考古学者の間で続いてきたことです。
イギリスのケンブリッジ大学とリバプール大学に所属する旧石器時代考古学者であり、著書『Kindred: Neanderthal Life, Love, Death and Art(Kindred:ネアンデルタール人の暮らし、愛、死、そして芸術)』(2020年)の著者であるレベッカ・ラグ・サイクス氏は、Live Scienceの取材に対して、「研究チームが顔の鼻を表していると考えているその点も、逆さにすれば人のへそに見えるかもしれません。つまり、それが本当に何を意味しているのかは、私たちにははっきりとは言えないのです」と述べています。
確かに、描いた人の意図が不明な以上、その意味は見る人の主観に委ねられますよね。
Image: Álvarez-Alonso et al. 2025; CC BY 4.0鼻なのか、ただの偶然か
ダラム大学の考古学者ポール・ペティット氏は、この岩にて「ネアンデルタール人が赤い顔料を使った明確な例」だと述べています。また、ネアンデルタール人が洞窟の壁や持ち運びできる物体に繰り返し痕跡を残していたことを示していると評価しています。ただし、この赤い点が本当に何かを象徴しているかはわからないとも語っています。
また、先史時代の洞窟芸術に詳しい考古学者で心理学者でもあるデレク・ホッジソン氏は、「この岩は他に何の目的もないように見える。そして、『鼻』のような印が加えられて初めて顔に見えるのです。この発見は、ネアンデルタール人が作った非実用的な物体として、近年増えつつある資料群に加わりますね」とLive Scienceの取材に答えています。
Source: Live Science, Springer