大川原冤罪対談/上 記者と青木理さんが語る「残された最大の謎」
大川原化工機事件と警察庁長官狙撃事件という二つの事件を通じ、警視庁公安部の実態を調査報道で追及してきた毎日新聞社会部東京グループの遠藤浩二・専門記者による著書「追跡 公安捜査」(毎日新聞出版)の舞台裏を披露する毎日新聞のオンラインイベントが6月にあり、公安捜査に詳しいジャーナリストの青木理さんと遠藤記者が対談した。
その内容を2回に分けて送る。前半は、「事件の最大の謎」とされる問題を2人が語り合う。
記事の主な内容は次の通りです。 ・「騒がなかった」メディア ・事件の背後に見えた思惑 ・経済産業省の方針を変えたのは誰か
後編はこちら
青木さん「騒がなかったメディア」
遠藤記者 私は2019年から警視庁公安部を巡る調査報道を続けています。著書の「追跡 公安捜査」は25年3月に出しました。
青木さん 僕は大学卒業後、1990年に共同通信社に入社。警視庁公安部の担当記者を94~96年くらいにやりました。「日本の公安警察」(講談社現代新書)という本を書いたのが00年。06年からフリーになり、公安警察のウオッチを続けています。
遠藤記者 青木さんは雑誌「世界」の22年3月号で「町工場VS公安警察」という長編のルポを書かれました。
青木さん 大川原化工機の社長ら3人が逮捕されたことは新聞の小さな記事で読みました。中国や韓国に軍事転用可能な噴霧乾燥器を不正輸出したという内容で、「そうなのか」と思った程度でした。
その後、21年7月に検察が起訴を取り下げたという記事を見てびっくり仰天した。しかも初公判の4日前。僕も事件取材は長くしているが、検察が一度起訴したものを取り下げるなんてことは異例だし、ましてや初公判前の取り下げは異例中の異例。公判前に「冤罪(えんざい)でした」と白旗を揚げたのに等しい。
(メディアは)かなり騒ぐだろう、当然騒がなくちゃいけないだろうと。ところが、問題視する報道が出なかった。
遠藤記者「反応できず、反省」
遠藤記者 起訴取り消しの紙面はそんなに大きくなかった。
青木さん そうですね。その後、大川原化工機のみなさんが国家賠償請求訴訟を起こすわけです。僕自身も真相を知りたかったし、あんまりメディアもきちんと報じているようには見えなかったので、一度きちんと取材をして書くべきだろうと。それで世界に原稿を寄せたという感じですね。
遠藤記者 新聞も反省点というか、ビビッドに反応できなかった。起訴取り消し後、大川原化工機側が記者会見を開いたんですけど、私自身、社会面にちょっと載る記事を書いたのみで、その後ろにあるものまで取材しようと思わなかったんですよね。訴訟の1審で現役の警察官が「捏造(ねつぞう)」という発言をするまではたいして取材をしなかった。
青木さん 遠藤さんが言ったように、この事件の大きな転換点は、23年6月に現職の公安部員が訴訟の証人として出てきて、事件について「まあ、捏造ですね」と証言したこと。僕もひっくり返ったし、あそこから新聞も大きく報じるようになった。
遠藤記者が備忘録に感じた悪意
遠藤記者 私もここから捜査員の朝駆け夜回りを始めました。それでは事件の本題に入ります。まず、でたらめな調書の問題です。大川原化工機元取締役の島田順司さんは、不正輸出を認めるような供述調書がつくられました。
島田さ…