ヒトの血液を「蚊を殺す毒」にする薬を発見、新たなマラリア対策

ヒトの血液を「蚊を殺す毒」にする薬を発見、新たなマラリア対策

希少な遺伝性疾患の薬「ニチシノン」が殺虫剤に、イベルメクチンを上回る効果

2025.04.02

メスのガンビエハマダラカ(Anopheles gambiae)は、マラリア原虫を媒介する。画像は蛍光色素を含む餌を摂取した個体。蛍光色素が紫外線下で緑色に光ることにより、蚊の血リンパ系を見て取ることができる。(Photograph by Dr. Lee Haines)

 マラリアによって亡くなる人は、世界で毎年60万人以上にのぼる。マラリアは蚊によって媒介される数多くの致命的な疾患のひとつだが、もしわれわれの血液を、蚊にとって有害なものに変えられるとしたらどうだろう? まるでSF小説のように聞こえるかもしれないが、実はさほど荒唐無稽なアイデアではない。

 2025年3月26日に学術誌「Science Translational Medicine」に掲載された研究により、「ニチシノン」という薬には、人間の血液を蚊にとって極めて有毒なものに変える作用があることがわかった。この薬を比較的少量しか服用していない患者の血液でも、それを摂取した蚊は、数時間以内に死んでしまうという。さらに驚くべきことに、その効果は、ヒトへの最初の投与から最大約16日間にわたって持続する。

 注意したいのは、ニチシノン自体にマラリア感染を防ぐ効果があるわけではないという点だ。しかし、産卵する前の蚊を殺してしまうことにより、この薬は病気を媒介する蚊の数を減らし、感染の連鎖を断ち切る可能性を持っている。

 この方法のポイントは、個人がマラリアに対する免疫を持つことではなく、集団免疫を確立するワクチンと同じく、地域社会が協力して感染拡大を食い止めることにある。

 研究者らは、ニチシノンは蚊が媒介する病気を完全に根絶するためのツールではないが、殺虫剤入りの蚊帳、マラリア予防薬、ワクチンといったその他の戦略と組み合わせることで、有効な対策になり得ると述べている。

 今回の新たな手法は、ほかの治療法に対して蚊がすでに耐性を持っている地域で特に大きな効果を発揮する可能性がある。

「この手法で注目すべきは、希少な遺伝性疾患の治療薬として、すでに米食品医薬品局(FDA)の承認を得ている薬を使っている点です」と、論文の共著者で、寄生虫学者・媒介生物学者のアルバロ・アコスタ・セラーノ氏は述べている。(参考記事:「もしも世界から蚊を根絶させたら何が起こるのか、科学者に聞いた」

ニチシノンの数奇な成り立ち

 オーストラリア原産のブラシノキ属の植物に含まれる毒素から着想を得たニチシノンは、もともと除草剤として使うことを想定して開発された。この薬は、チロシンというアミノ酸を代謝する経路に働くことで効果を発揮する。

 高チロシン血症1型やアルカプトン尿症などのまれな遺伝性疾患は、体内でチロシンが代謝される途中にできる毒性のある物質を分解できないことで発症する。ニチシノンは、チロシンが代謝される経路をそれより上流で止めてしまうことで、毒性のある物質が体にたまるのを防ぐ。

 ニチシノンが有効な治療法になり得ることが判明すると、FDAは1992年にヒトへの使用を承認した。

次ページ:「この薬があるからこそ、命をつなぐことができています」

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