働かずに酒、「おばさん」と呼ばれても…夫に内緒で10年にわたり「二重生活」 実母とともに殺害、絞殺事件の真相
夫がいながら、別の男性と10年間にわたって二重生活を送っていた女が、交際相手を殺害。そこには被害者の実母も加担していたという、この事件の真相を追った。
露木康子被告は、夫と2011年ごろ職場で知り合い、2015年に結婚。神奈川県松田町に夫と同居していた。しかし結婚前、露木被告には、20代の頃から交際を続けていた男性がいた。それが今回殺害されたAさんだ。
露木被告とAさんとの出会いは約33年前、知人の紹介で交際を始めた。露木被告は結婚後も、結婚したことを隠し交際を続けた。Aさんは独身だった。Aさんは母親と2人暮らし。その母親が、今回殺害の共犯とされた天野松江被告だ。
露木被告は夫と暮らしながら、自宅のある神奈川とAさんの自宅がある静岡に週に1〜4回程度通っていた。このようないわば「二重生活」は、事件まで10年ほど続いていた。
露木被告とはどんな人物だったのか、被告の自宅周辺で取材したところ、近所の住人は「顔合わせればお辞儀はしたけど、直接会話を交わすってことは、多分どこのご家庭もないと思う」「朝会ったりすると、スイカだのみんなやったりしている。旦那の方はある程度わかっているんですよ。(旦那は)おとなしい人。奥さんのほうがどっちかと言うと強い」と証言した。
一方、Aさんの自宅周辺では、近所の住人が「昔(露木被告と)一緒に働いたことあるから、御殿場で。すごい現代っ子で、元気のいい子。性格もよくて、私は絶対その女の子(露木被告)は変な子じゃないと思った。なんか行ったらあの子がいるじゃない、あそこ(Aさんの家)に。『何あんたここの息子と良くなったの?』と言うと、『う〜ん』なんて言って、もう2年も3年も経ったから、『あんたいつまでも結婚するならするで、ちゃんと決まりをつけちゃいなよ。そんないつまでもダメだよ』と、私が大きなお世話を焼いた。そうしたら『う〜ん』なんて言って、それがいいとも悪いとも、するともしないとも……何年か前に」と振り返った。
そんな二重生活に変化があらわれたのは、露木被告が結婚して3年後の2018年ごろ。Aさんは仕事を辞め、無職となり家に引きこもるようになる。露木被告はAさんの世話を続けた。週に数回、Aさんの自宅を訪れ、酒、タバコ、食料を買って持って行き、携帯電話の料金まで支払い、洗濯までしていたという。
Aさんの態度は少しずつ変わっていく。「当初は『お金ばっか使わせて悪いな』と感謝していたが、だんだんと横柄な態度を取るようになった。買ってきた物が違うと難癖をつけたり、割り箸をもらい忘れただけで『馬鹿にされてんじゃねぇの』。被告人のことを『おばさん』と呼んだりし、被告人の存在を軽んじるような発言をするようになった」(検察の冒頭陳述)。
2025年、仕事の忙しさも重なった露木被告のストレスは限界を迎え始める。Aさんから「お前は皆から馬鹿にされてるんじゃないの?」と言われた露木被告は、検察側の冒頭陳述によると、「Aがいなくなれば、私の生活が楽になる」「Aが死んでくれたらいいのに」と感じた。そして露木被告は、Aさんを殺害することを決意する。
Aさんの実の母親である天野被告も、こんなことを口にしたという。「Aと同じ家にいるのが辛い」「働いている時間のほうが、気晴らしになる」「面倒を見てもらって申し訳ない」。
Aさんの自宅周辺で話を聞くと、「お母さんは普通だよ。ただ、あの子(Aさん)がちょっと何も働かなかっただけに、お母さんが(その事を)言ったら、そうするとすぐ反発がくるから。『しょうがねぇ』と言っていた。『文句ばっか言ってんだ』なんて、そういうことはよく言った」と、近隣住民が話した。
また別の住人は、「もうちょっと、お母さんが『困ったよ』とか言ってくれれば、皆も協力して、『じゃあこうしなよ、ああしなよ』とかアドバイスできるけど…絶対に言わない。だからどっちもどっちなんだよね」と振り返る。
犯行の前日、露木被告は自宅で保管していた1本のネクタイを、自らのカバンに入れるなどして準備。露木被告の携帯電話には、Aさんから「今日は来なくていい」とのメッセージが届く。しかし露木被告はAさんの自宅へ向かった。
自宅ではAさんの世話に来たことを装うかのように、Aさんの母・天野被告にお菓子と飲み物を渡したという。Aさんの部屋に入った露木被告は持参したネクタイで、突然、背後からAさんの首を絞めた。
Aさんはうめき声を上げたが、死んではいなかった。露木被告は殺害を「手伝ってもらおう」と考え、天野被告を部屋に呼んだ。
息子の苦しむ声を聞いた天野被告は、救急車を呼ぼうと提案したが、露木被告に拒否された。そしてこう言った。「中途半端に首を絞めたから、逆に苦しいのかな」。これに天野被告は「絞めた方がいいのかな。中途半端だから苦しいのかな」と返し、露木被告は再びネクタイで首を絞める。
天野被告は息子の首に、ネクタイの上からタオルを巻いた。そして2人で、ネクタイとタオルで首を絞めて殺害。Aさんの体は弱っていて、抵抗の跡はなかったという。犯行後2人は、Aさんの遺体を押し入れの中に隠した。
露木被告の自宅では、露木被告の様子がおかしいことに夫が気づき、繰り返し問い詰める。そして夫に犯行を告白。夫に付き添われ、警察署に向かった。
露木被告はなぜ結婚の事実を切り出さず、殺害に及んだのか。「夫の存在や別れを告げれば、Aが逆恨みをして危害を加えてくるかもしれないと思った」。検察によれば、20年以上Aさんからの暴力はなかったという。
犯罪心理学者の出口保行氏は「かなり自己中心的な犯行である。今回その二重生活というものが破綻しないうちは、自分の欲求を最優先させて生活をしていた。ただ今度は自分の思い通りではなくなってきた。それに対して不満を募らせるというような形をとっていった。最終的には殺意を持って死に至らしめる。要するに、こういうような関係性がなかったことにしようとするような思いが非常に強い」と推測する。
さらに出口氏は、被告に世間に対する社会性があったからこそ、逆に誰にも相談できなかったのではと指摘する。「社会性がなければ、誰かに相談するとかできるのかもしれないが、(露木被告は)かなりいい顔を他の人には見せていた。まさか自分がそんなこと(二重生活)をしているというようなことを、誰かに相談することは一切できなかったのだろう」。
また、「実行するか、しないかの時に、人間は“リスク”と“コスト”という2つを考える。実行してしまえば検挙されてしまうリスク。もう1つがコスト、その犯罪を実行することによって、自分が失ってしまうものの大きさだ。『それでも自分は相手を殺害したい』という思いを抑えられなかった。よほど強い殺意があったのだろう」とも語る。
検察は、露木被告の「二重生活」をこう断じた。「被告人が始めた二重生活は、永続可能なものではなく、いずれ限界に達するもので、破綻は必至だった」「ストレスの原因となっていたことは理解できる」(検察の論告より)。このように一定の理解を示した上で、そのことを誰にも相談せず、問題を先送りした結果だと断罪した。
事件のもうひとつの謎が「なぜ実母が息子の殺害に加担したのか?」だ。出口氏は「事件当時、とっさに事件に加わることを依頼されている。本人にしてみれば、本当に右も左もわからない興奮状態で、是非の弁別力があまりないうちに、基本的に事件に関わってしまったのではないか。その時にやはり『この息子が目の前からいなくなれば、少しは楽になるのかな』というような思いは頭をよぎった。それはあるとは思う。加担をしていくっていうのは、それなりに本人に否定的な感情があったからこそ、加担したと考えるべきだ」と語った。
検察は、判例と被告の反省の態度を考慮した上で、拘禁刑15年を求刑した。弁護側は、Aさんから暴力や脅迫を受けていたとして、拘禁刑6年が相当と主張した。そして下ったのは、拘禁刑12年の実刑判決だった。
裁判長は、被告の強い殺意を指摘した上で、「経緯には同情すべき面もあるが、誰かに相談するなど取りうる手段があったが取らなかった」と述べた。
(『ABEMA的ニュースショー』より)