ADHDの子どもで脳のお掃除機能が弱く、ことばの遅れと関連
- ADHDの子どもでALPS指標が低いと、ことばの遅れとどのように関連しますか?
- ALPS指標が低いほどことばの遅れが強く関連する可能性があり、グリンパティック・システムの弱さと関係しているとされていますが、因果関係は確定していません。
- 睡眠の質を整えることは、ADHDの言葉の発達にどのように影響しますか?
- 深い眠りの徐波睡眠で脳の清掃が活発になるため、睡眠リズムを就寝時刻を固定し刺激を避けるなど整えると、言葉の発達を間接的に支える可能性があります。
- 家庭や学校で実践できる言語支援の具体的な方法は何ですか?
- 短い言葉でのやりとり、指さし・身ぶりの併用、毎日の出来事を一緒に言葉にする、絵カードなどで伝えたい内容を見える化し、順番に話す練習を遊びに取り入れることが有効です。
注意欠如・多動症(ADHD)と診断される子どもたちは、落ち着きにくさや不注意の問題に加えて、ことばの発達に遅れをもつことが少なくありません。 親や先生からは「話し始めるのが遅い」「伝えたいことをうまく言葉にできない」「同じ年齢の子に比べて語彙が少ない」といった声がよく聞かれます。
こうしたことばの発達の遅れは、学校生活や人間関係に影響を与えるだけでなく、子どもの自己肯定感や学習意欲にも大きな影響を与えます。 しかし、その背景にある仕組みはこれまで十分には解明されてきませんでした。
今回、中国の首都医科大学を中心とする研究チームは、ADHDの子どもたちに見られる「ことばの遅れ」と脳のある重要な働きの弱さとが結びついている可能性を示しました。
その働きとは、脳の中の老廃物を流し出して掃除する仕組みで、専門的には「グリンパティック・システム」と呼ばれています。 グリンパティック・システムは比較的新しく発見された脳の機能で、脳の中にたまる不要な物質や老廃物を処理し、きれいに保つ役割を担っています。
血管の周囲を流れる液体が脳の組織のすき間に入り込み、いらなくなった物質を集めて運び出すという仕組みで、眠っているあいだに特に活発に働くことが知られています。 たとえるなら、夜間に働く清掃員が建物の中を掃除してくれるようなものです。この掃除がきちんと働くことで、脳は翌日も健康に活動できるのです。
研究チームは、この脳のお掃除システムがADHDの子どもでは弱まっており、それがことばの発達の遅れと関連しているのではないかと考えました。 その仮説を確かめるために、彼らはADHDの子ども56人と、同じ年齢や性別の定型発達の子ども33人を対象に調査を行いました。
子どもたちの年齢は6歳から14歳で、まだ薬物治療や行動療法を受けていない段階の子どもたちでした。
この研究で使われたのは、特別なMRIの方法です。 一般的なMRIが脳の形を映し出すのに対して、この方法は水分子の細かな動きを追いかけて分析します。 研究チームは、血管のまわりを流れる水分子の動き方を調べ、それを数値化することでグリンパティック・システムの働きを推定しました。 この数値はALPS指標と呼ばれます。ALPS指標は、「脳の血管のそばで水がどれだけスムーズに流れているか」を表すもので、流れが良いほど値が高く、流れが悪いと値が低くなります。
注射や造影剤を使わず、子どもを眠らせる必要もないため、安全に実施できるのが利点です。
調査の結果、ADHDの子どもたちのALPS指標は定型発達の子どもたちに比べて明らかに低いことがわかりました。 具体的には、ADHD群では平均1.503、定型発達群では平均1.591という結果で、統計的に有意な差がありました。
つまり、ADHDの子どもたちの脳では、お掃除の流れが弱まっていることが示されたのです。
さらに重要なのは、このALPS指標の値とことばの遅れの間に関係が見られた点です。 ADHDの子どもたちの中では、ALPS指標が低いほど、ことばの発達が遅れている割合が高いことが確認されました。 年齢や性別といった影響を取り除いても、この関係は残りました。
一方で、歩く、走る、跳ぶといった大きな体の動き(粗大運動)の発達とALPS指標との間には、統計的に意味のある関係は見つかりませんでした。
また、ADHDの症状そのものの重さとALPS指標の関係も分析されました。 その結果、ADHDの症状が強いほど、ALPS指標が低い傾向が見られました。
つまり、行動面の困りごとが大きい子どもほど、脳のお掃除の働きも弱い可能性があるということです。
ここで注目すべきなのは、グリンパティック・システムが睡眠と深く関わっている点です。
これまでの研究で、深い眠りの時間(徐波睡眠と呼ばれる状態)のときに、脳の中に脳脊髄液が流れ込み、老廃物を洗い流す働きが強くなることが明らかになっています。 ADHDの子どもは眠りの質やリズムに問題を抱えることが多く報告されており、このことがグリンパティック・システムの弱さとつながっている可能性があります。
つまり、眠りの質の低下が脳のお掃除を妨げ、それが言葉の発達にも影響を及ぼしているのではないか、という見方ができます。
もちろん、この研究が示したのはあくまで「関係がある」ということだけで、「原因と結果」を証明したわけではありません。 脳のお掃除システムが弱いからことばが遅れるのか、あるいはことばの発達に別の要因が影響していて、その結果として脳のお掃除の働きが弱まっているのかは、まだはっきりしていません。
研究者たちも、この点を強調し、より多くの子どもを対象にした長期的な研究が必要だと述べています。
この研究の方法にも限界があります。 まず、撮影は一度きりで、そのときの状態しか反映していません。 子どものことばの発達は成長に伴って大きく変わっていくため、時間を追って変化を記録することが重要です。
また、今回の調査は比較的小規模で、サンプル数が多いとは言えません。さらに、粗大運動との関係が見られなかったのは、今回測定した脳の領域が運動に関わるネットワークを十分に含んでいなかった可能性も考えられます。
それでも、この研究はADHDにおけることばの遅れを理解するうえで、新しい視点を与えています。 脳の片づけ機能とことばの発達という、一見つながりのなさそうな二つの領域が関係しているかもしれないという発見は、支援の方法を考える手がかりになるからです。
では、この知見をどう活かすことができるのでしょうか。 まず言えるのは、ことばの遅れが見られたときには、できるだけ早く支援を始めることの重要性です。
研究チームも、早期の介入がADHDの子どもの言葉の発達に良い影響を与える可能性を強調しています。
家庭では、短い言葉でのやりとりや、指さしや身ぶりを加えたコミュニケーション、毎日の出来事を親子で一緒に言葉にして振り返ることなどが役立ちます。 学校や療育の場では、絵や写真、キーワードカードなどを使って伝えたい内容を見える形にする工夫や、順番に話すルールを遊びの中で練習する活動が有効です。
また、睡眠を整える工夫も間接的に役立つ可能性があります。 就寝時刻を一定に保つこと、寝る前に強い光や刺激を避けることなど、眠りの質を底上げする取り組みは、脳が休み、整理される時間を確保することにつながります。
それは遠回りに見えても、ことばや行動の発達を支える基盤となり得るのです。
この研究は、「グリンパティック・システム」という新しい概念を子どもの発達の問題に結びつけた点で意義深いものです。 ADHDの子どもにおける言葉の遅れを、単に学習や行動の問題として片づけるのではなく、脳の環境や睡眠との関係から見直すことを促しています。
今後の研究によって、睡眠支援や生活リズムの工夫がどのように脳のお掃除システムと関わり、それが言葉の発達にどう影響するのかが明らかになれば、一人ひとりに合わせた支援の方法をより具体的に描けるようになるでしょう。
今回の研究は、ADHDの子ども56人と定型発達の子ども33人を対象に、MRIを用いて脳のお掃除システムの働きを数値化し、それとことばや運動の発達の遅れとの関係を調べたものです。 ALPS指標が低いほどことばの遅れが強いという関連が確認され、行動の困りごととの関係も示されました。 粗大運動との関係は見られませんでした。
研究者たちは、より長期的で大規模な調査が必要であると結論づけています。
この成果は、ADHDに伴うことばの遅れを理解し、支援するうえで新しい道をひらく可能性を示しています。 脳のお掃除システムという一見意外な側面から見えてきたこの知見は、子どもたちの成長を支えるための大切なヒントになるでしょう。
(出典:Frontiers DOI: 10.3389/fnhum.2025.1612997)(画像:たーとるうぃず)
意外な、でもそう言われると可能性はあるだろうと思う研究です。
効果的な支援につながる、さらなる研究を期待しています。
(チャーリー)