だからマナーの悪い外国人観光客が激増した…深刻化するオーバーツーリズムで政府が今すぐ断行すべき政策 地域住民のための公共サービスを旅行者が破壊している
日本各地でオーバーツーリズムが問題になっている。一橋大学名誉教授の野口悠紀雄さんは「日本政府の『訪日外国人旅行者が多ければよい』という基本的発想を根本から考え直す時が来ている。質の悪い観光客はお断りという姿勢を示すべきだ」という――。
※本稿は、野口悠紀雄『日銀の限界』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。
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訪日外国人旅行客数が爆増したシンプルな理由
政府観光局(JNTO)の2024年3月の発表によると、3月の訪日外客数(推計値)は308万1600人で、これまで過去最高だった2019年7月の299万人を上回った。過去最高の更新は、4年8カ月ぶりだ。1〜3月の累計でも855万8100人となり、1〜3月として過去最高になった。年間の訪日外客数が最も多かった19年の3188万人を超えるペースだ。
3月の訪日外客の国・地域別の上位は、韓国66万人、台湾48万人、中国45万人、アメリカ29万人、香港23万人だった。
一方、3月に海外へ出国した日本人数は約122万人で、19年同月比63%にとどまった。
訪日外国人旅行客数は、2007年から12年までは年間800万人台だったが、2013年に急増して1000万人を超え、2019年には3188万人となった。
これは、日本の観光地の価値が急に高まったからではない。外国人にとって日本への旅行や買い物が安くなったために起きたのだ。それは、2013年に大規模金融緩和が導入されて、円安が進んだからだ。
「東京のホテルは1泊7万円で、とても安い」
2023年にも急激な円安が進んだ。その結果、ドル円レートは、2019年の1ドル=110円程度から、2024年4月末には155円まで円安になった。このおかげで、外国人は、2019年当時より、4割程度豊かになった。このため、前項で述べたように、2024年に外国人旅行客が急増したのだ。
要するに、日本は、世界に向けて、歴史的なバーゲンセールをやっているのだ。安い商品やサービスを求めて、全世界から観光客が日本に押し寄せるのは、当然のことだ。
このため、ホテルは外国人で一杯。高級ホテルは、いまや日本人には高くて泊まれなくなってしまった。ところが、ヨーロッパからの観光客は、「東京のホテルは1泊7万円で、とても安い」と言っているそうだ。
ホテルの近くのレストランでは海鮮丼が5000円。日本人の旅行客はびっくりして、「ゼロが一つ多い」と嘆いていた(テレビ朝日ニュース、2024年3月7日)。
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24年の初めから、為替レートは急激に円安になった。これによって外国人旅行客数が増えたのだ。ただし、コロナ以前の1ドル=110円程度の為替レートでも、外国人観光客は多く、オーバーツーリズムが問題となっていた。
したがって、今後仮に本格的な円高への転換が進むとしても、それだけで問題が解決できるとは思えない。オーバーツーリズム、なかんずく外国人旅行客による日本の公共インフラの使用問題について、抜本的な対策を講じることが必要だ。
公衆トイレなどの公共的な施設の設置と維持には、コストがかかる。その負担は、日本人が負っている。そして、外国人旅行客は、負担なしでそれらの施設を使っている。
地域住民の税金でまかなわれている社会基盤が、外国人観光客によって過剰に利用されているのだ。いわば、「ただ乗りの利用」を認めていることになる。
その反面で、サービス供給の費用を負担している日本人が使えなくなる。こうした費用を、民間の営業主体であるコンビニが負担するのは、さらにおかしい。
だから特別な税を作って外国人旅行客に課税し、それを公共施設の設置と維持のための財源とすることが必要だ。トイレの場合について言えば、コンビニが対応するのではなく、公衆トイレを増設するのだ。
一石二鳥の観光税
オーバーツーリズムの問題に悩んでいるのは、日本だけではない。そして、それへの対策として、世界のいくつかの都市や地域で、「観光税」が導入、あるいは検討されている。これは、宿泊料金や航空運賃に上乗せする形で徴収される。
現在、世界の約60カ国や地域で観光税が導入されている。ベネチアの入島税やバルセロナの観光税はよく知られている。
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日本では、2019年以降、日本から出国する旅客から、出国1回につき1000円を「国際観光旅客税(出国税)」として徴収している。航空会社がチケット代金に上乗せして、国に納付する。
国税庁の説明によれば、これは、「観光先進国実現に向けた観光基盤の拡充・強化を図るための恒久的な財源を確保するため」のものだ。沖縄県は、2026年度をめどに観光税を導入する考えを示している。
日本でも、主要な大都市では「宿泊税」を導入している。京都市は、2026年をめどに宿泊税を引き上げる方針だ。
これらとは別に、以上で述べたような対策の費用に充てるための財源として、「観光税」を創設することが考えられる。それは、単に、公共サービスの対価というだけのものではない。来日することのコストを高め、質の低い旅行者をカットするという意味もある。つまり、これによって質の高い旅行者を選別するのだ。
なお、大阪府の吉村洋文知事は、24年の3月6日、外国人観光客に対して、「宿泊税」以外に、観光資源の保護などを目的に負担してもらう「徴収金」の導入の可否を検討する意向を表明した。
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オーバーツーリズム問題は深刻だ。
静かな住宅地で夜中まで飲酒して騒ぐ、個人の敷地に無断で入り込む、写真を撮ろうと信号を無視して道路に出る、街を歩く女性にしつこく絡む、等々。
これまで無名だった場所が、SNSで紹介されたことから突如として世界的に有名な観光地になってしまい、住民の日常生活が乱されて、厳しい対策を取らざるを得なくなった例もある。
こうした被害を受けている方々は、まったくお気の毒だ。
以下では、オーバーツーリズム問題のうち、外国人旅行客による公共サービスや施設の過剰利用、不適切利用という問題を取り上げたい。
京都など外国人旅行客が集中する観光地では、道路は混んで、地元の人はバスにもタクシーにも乗れず、通勤や買い物などの移動に支障をきたしているという。
ゴミの不法投棄(ポイ捨て)も増えるので、処理が大変だ。地方自治体のゴミ処理費用も増える。
これまで地域住民の利用を想定して作られていた公共サービスが、外国人旅行者の利用増加によってパンクしているのだ。
観光地のトイレの問題も深刻だ。JR鎌倉駅近くのコンビニエンスストアでは、トイレ待ちの行列が店外まで伸び、買い物客の入店を妨げることもあるという(朝日新聞「コンビニはトイレを貸すべき? 観光地・鎌倉でマナー違反続き利用制限」2024年7月18日)。
質の悪い外国人が増えた
利用者が増えているだけでなく、マナーも極めて悪い。使い捨てカイロやカップ酒のプラスチック製のふたがトイレに流されることも度々という。
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便器が詰まるたびに修理を余儀なくされ、清掃に追われて、店員が他の業務に手が回らなくなった。水道代が月約10万円にのぼったこともあったという。
「銭洗弁財天」のトイレでは「アイスキャンディーやだんごのスティックをトイレに流すと故障の原因になります」と、日本語だけではなく、韓国語や中国語も併記して注意を呼びかけている、という。
外国人旅行者数は、2013年から急激に増加しているが、2024年になってからの急激な円安で、それが加速した。1ドル=160円近くになって、外国人の目から見れば、日本への旅行は極めて安くなってしまったのだ。
現在の日本には、外国人観光客が過剰だ。数が多すぎるだけでなく、費用が安くなったために、質の悪い旅行者が増えている。右に述べたような問題を起こしているのは、質の悪い旅行者だ。
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私は、外国人旅行者が日本に来ること自体は望ましいことだと思う。問題は、政府の政策が、安売りによって数を増やすだけのものになってしまっていることだ。
野口悠紀雄『日銀の限界』(幻冬舎新書)
日本政府は、これまでも、外国人旅行者の総数を増やすことを政策目標としてきた。いまは、2030年までに6000万人とすることを目標にしている。しかし、現在の観光公害の状況を見れば、6000万人を受け入れることは、到底不可能だ。「訪日外国人旅行者が多ければよい」という基本的発想を根本から考え直す必要がある。
「私有地に無断で入ったり、写真を撮るために交通規則を無視したり、通行する女性に付きまとったり、深夜まで騒いだりする観光客はお断り」ということを、はっきりと宣言すべきだ。
そして、質の高い観光客を求めるべきだ。それこそが観光立国ということの内容であるべきだ。
観光税は、すでに述べたように、公共施設の利用料という意味もあるのだが、それだけではなく、旅行者の質を高めるためにも必要な施策だ。